「そんなの……惨めなだけなのに……!」

私はもう、立っていられなかった。

「でも、でも……行かないと……実家に帰されるって……」

ふらりと膝をついた。

白い裾が床に広がり、体の力が抜けていく。

「弟を……役人にしたかっただけなのに……それだけで、ここに来たのに……」

嗚咽が漏れる。

涙は止まらなかった。

そのときだった。

視界の先に、すっと差し出された手が見えた。

「……そんなことだったら――行くな。」

景文の声は、低く、そして鋭く震えていた。

顔を上げると、彼は本気の目で、まっすぐ私を見つめていた。

「こんな夜に、涙を浮かべながら男のもとへ行くなんて――そんなこと、俺は許さない。」

「景文……」

「――俺と共に来い。」

強く、でも優しく。

その手が、私を暗闇から引き上げようとしていた。

誰かの“代わり”じゃなく、
一晩限りの“身体”でもなく、
一人の女・翠蘭として求められた、その瞬間だった。