翌週

「それで?その後は普通に駅前で別れたと?…はあ~~本当に五木くんって、雫に惚れてるね〜」

私はいつものように購買近くの自販機で缶のココアを買って、美羽の手には白い湯気を立てるブラックコーヒー。

「いや、普通だって…!」

近くの椅子に座って、二人で恋バナをしていた。

「ふーん?てか結局その後はどうなのよ?なにか進展ぐらいないのー?」

「ないない、ていうかそんなに急ぐものでもないでしょ!」

私は顔を俯かせた。

「えー、やっぱ人それぞれってやつぅ?五木くん手早いと思ってたけど」

思わず苦笑いを浮かべながら、私も缶の縁に口をつける。

「で?次はどこ行くの?」

「…いや、まだ決めてないけど…」

そんなとき「おい」っと聞きなれた声が耳に入った。

「っ、わ!びっくりした……」

いつのまにか近くにいたのは、まさに今話題に上がっていた人物で。

「お前さ、来月の24空けとけよ」

「え?あ、うん」

「ん。じゃあまた連絡するわ」

五木はそう言うと、私たちに背を向けてその場を後にした。

「もーなになに!?今の絶対クリスマスのお誘いじゃ~ん!」

美羽が愉快に言う。

「だ、だと思う…!けど、私が25日に補習入ってるの知ってたのかなアイツ…」

「え?まじ?理解度神じゃん。それでわざわざ24日空けとけなんて…理想の彼氏すぎるって!!」

そのとき、五木が立ち去る前に私に見せた笑顔を思い出して、思わず頬が熱くなる。

私は紅潮した顔を隠すために、ココアを一気に飲み干した。


翌日

教室の片隅で、私は机に顔を突っ伏していた。

五木が誘ってくれたということもあるが、美羽の言葉が頭の中でぐるぐるとリフレインして、どうにも落ち着かない。

「なにかあるかも、か……」

少し顔を上げて、どこかに行っているのか、空席になっている五木の座席に目をやる。

24日。

まだ少し先のはずなのに、五木が言ったその言葉がずっと耳から離れない。

再び私は机に腕を置いて枕替わりにしては、そこに顔を埋めた。

「おい、マヌケ面」

小生意気な口調に思わず顔を上げて、私はその声の主をキッと睨んだ。

「なによ、人の顔見て失礼ね」

「お前今日の昼ヒマか?」

五木は私の前の席に座ると、背もたれを跨ぐように座って足を組んだ。

「昼?特に予定もないけど…」

思わず声量が落ちる私に、五木は口元を緩めた。

「じゃあ屋上集合な」

「え?」

「いーから」

そう言うと、五木は早々に教室を出ていった。

「え、ちょっと……!」

取り残された私は一人呆然としていた。


そして昼休み。

五木に言われるがまま屋上に上がると、すでにそこに五木の姿があった。

「来たか」

フェンスに背を預けて立ちながら、なんとも可愛らしいいちごミルクのパックを片手にした五木が私を迎えた。

付近のベンチに五木と横に並ぶ形で腰掛けると、早速弁当を取り出し、パカッとあけてみせる。

私の弁当は、ミニハンバーグやタコさんウィンナーに卵焼きなど定番のおかずが並んでいて、我ながらなかなかの出来栄えだった。

まあ、ほぼ卵焼き以外は冷凍食品なのだけど。

そんな私を横目に見る五木の手元には、購買の焼きそばパンがあった。

「五木っていっつもお昼パンじゃない?」

「まあな、こっちのが美味ぇし楽だかんな」

「とかいいつつ他に理由あんじゃなくて?ていうかおばさんは?」

私は思わず眉を顰めた。

「今は仕事でいねぇんだよ」

「…あ、そういえばそっか」

確か五木の両親はこの時期は海外に仕事に行ってるんだっけ……。

「ならさ、私がお弁当作ってきてあげようか?」

「あ?」

「ほら、いつも購買やコンビニだと味気ないじゃない?だから私が作ってあげようかって言ってるの」

「お前が?」

「何よ、私だって少しは料理できるんだからね」

「…朝に面倒だろ」

「別にいいよ?彼氏の弁当作るぐらい……べ、別に普通、だし」

自分で言っといて、いざ五木のことを彼氏と呼ぶのは気恥しいものがあって、つい口ごもってしまった。

誤魔化すために話題を変える。

「あっそれはそうと、今日はなんでわざわざ屋上呼んだの?」

「あ?まあなんだ、教室だと外野がうるせぇだろ」

「外野?」

「俺とお前が付き合ってんのを冷やかしてくるような連中だよ、鬱陶しいだろ」

私は思わず目を丸めた。

「えっ」

「……んだよ」

「意外とそういうの気にするんだ?」

「お前との時間邪魔されんのが気に食わねぇだけだわ」

五木は苦虫を噛み潰したように私を睨んだ。

「ふふ…っ、なにそれ」

そんな五木に思わず笑みが溢れると、なにがおもしれぇんだ?あ?といつもの調子で両頬を摘むと両端に引っ張ってくる。

「いひゃいいひゃい!」

五木は私の頬から手を離した。

「ったく」

「い、いきなりはやめてよ!」

「うるせぇ、お前が悪い」

「理不尽!」

「とりあえず明日作ってくるから!いいよね?」

「……好きにしろや」

五木はフンと鼻を鳴らして焼きそばパンを頬張り続けた。

* * *
翌日。私は早起きをして二人分のお弁当を作っていた。

卵焼きにタコさんウィンナー、さつまいもシュガーバター、からあげ

材料的には同じようなものだが、お揃いのお弁当なんて、なんて恋人らしいんだろうと思わず頬が緩んだ。

* * *
昼休み

「腹減った、早く行こうぜ」

「うん…!」

私は教室で五木に話しかけられ、一緒に屋上に上がった。

「はい、これ」

五木に弁当箱を渡す。

「お〜すげぇじゃん」

五木は弁当の蓋を開けると、感嘆の声を上げた。

「唐揚げはナイス」

「まあね!」

私の反応に満足したのか五木はニッと歯を見せて笑った。

思わずきゅん……となる胸を抑えながら自分の分のお弁当を取り出すと、早速箸を持って手を合わせて食べ始めた。

私も一口食べると

「ん〜♡」

思わず頬に手を当てた。

「美味ぇじゃん」

「ふふ、でしょ?」

「あの頃パンの生地焦がしまくってたやつとは思えねぇな」

「あー!それ五木が私に悪態つき始めた頃でしょ!!」

「あーそうだな」

「いやそこは否定してよ!傷付くじゃん」

「こー見えても反省してんだよ」

「もう……!」

そんな会話をしつつ、二人であっという間に完食してしまった。

私はふと、五木に聞くことにした。

「そういえばさ、クリスマス…よかったら、プレゼント交換とかしたいなぁって」

「あ?」

「いや、ほら、そういうのもクリスマスの醍醐味だし!」

「別にいいけどよ」

「え!ほんと!?やった!!」

思わずガッツポーズをしてしまう。

そんな私を五木はバカにするように笑った。

「はしゃぎすぎだろお前」

「ご、五木だってクリスマス誘ってきたってことはそういうことでしょ?」

「は?」

五木は怪訝そうな顔をした。

「だから、五木も私とクリスマスデートしたかったってことでしょ?」

「あ?」

その横顔は少し赤くなっているように見えたが、すぐにこちらを向き直して口を開いた。

「悪ぃかよ?」

ぶっきらぼうに答えながら目を逸らす五木を見て私は思わず「全然」っと笑ってしまった。

そんな日々が続いて、あっという間に月日が流れ、いよいよ12月24日。

クリスマスイブ当日を迎えたのだった

「五木!今日めっちゃ寒くない?!」

「ったり前だろ今-2°だぞ?」

「ひぇ…通りで」

駅前で五木と待ち合わせをして、そのまま二人で街へと繰り出す。

薄手のダウンを羽織ってきたのに、それでも寒いってどういう事なの……。

そしてそのまま、私の手を引いて歩き出す。

その横顔はどこか楽しげで、私も自然と笑みが溢れる。

そうして暫く歩いていると、不意に彼が立ち止まった。

不思議に思って五木の方に顔を向けると、彼は言った。

そしてそのまま私の手を引いて歩き出す。

私は五木と繋いでいる手にぎゅっと力を込める すると、五木もそれに応えるように握り返してきた。

その横顔は少し照れ臭そうで、私も頬に熱が篭もるのを感じた。

それから暫くシャーベット状の雪の上を歩いて到着したのは、駅前から歩いて15分ほどの広い公園の近くで開催されているXmasフェア(屋台)だった。

たくさんの人ごみを掻き分けて二人で屋台を見回っていると、揚げ物が多いせいか暖かい空気に包まれる。

そこには様々な種類のドリンクや軽食、珍しい食べ物もあって。

どれにしようか迷っていると五木はホットコーヒーとフランクフルトを頼んだので

私は悩んだ末に、チキンとカフェモカを店主に注文した。

店主から交互に頼んだものを渡され代金を払うと

「高校生さん?デートかい?いいねえ…めい一杯楽しむんだよ!」なんて茶化されるから

照れ臭くなりながらもお礼を言った。

そうして食べ歩きながら屋台の間を歩いていく。

肉汁たっぷりのチキンは骨もなく、噛み心地もバッチリで、芯まで温めてくれるような優しい味がした。

美味しいなぁと声に出すと、不意に五木が言った。

「一口くれよ」

「えー!やだ」

「なんでだよ」

「だって、絶対五木の一口ってデカイじゃん!」

「マジで一口だけだっての」

「もう、仕方ないなぁ…」

そんなやり取りをしつつ、結局五木の口元にチキンを近づけ、一口あげることに。

すると、私が持っている持ち手部分に手を添えてくるものだからついびっくりしてしまう。

「うめぇ…」

「んだよ、こんぐらいで顔赤くしてどーすんだ?」

「う、うるさい……ばか!」

「はっ、馬鹿面だな」

そう言って笑う彼を見て、余計に顔が熱くなる。

それを誤魔化すようにパクパクと残りのチキンを食べ進めていく。

それから暫く歩いて、何個か食べ物を買って、一度休憩しようと近くのフードコートに移動した。

五木と対面する形で座ると少し温くなったカフェモカのカップをテーブルの上に置くと、先程屋台で追加で買った唐揚げに目を落とした。

一口噛み締めれば、衣はサクッとしていて、中に入っている鶏肉はジューシーでとっても美味しい。

ふと五木に目をやると、彼はまだ暖かいホットコーヒーを啜っていて、追加で買ったたこ焼きをパクパクと頬張っている。

「さっきチキン上げたんだから、たこ焼きちょっとくれてもよくなーい?」

物欲しそうにそう言うと、五木は「仕方ねぇな……」と言って

たこ焼きを一つ爪楊枝に刺して「ほれ」と差し出してきた。

たこ焼きの前まで顔を近づけぱくりとそれを咥えると、口内にソースの甘さが広がった。

「んー!おいひい」

「はっ、食いながら喋んなっての」

そう言いながら可笑しそうに眉を下げる五木。

なんだかその表情に思わず見蕩れてしまい、慌てて顔を逸らす。

「あ?火傷でもしたんか?慌てて食うからだろ」

「は!?ち、違うし!」

数十分後…

ゆっくりと立ち上がった五木は「ちょっとトイレ」と言って席を離れていった。

私は五木の帰りを待ちながら、少なくなってきたカフェモカを最後の一滴まで啜った。

すると突然後ろから声をかけられた。

振り返るとそこには見知らぬ男子が立っていて。

多分、同世代、五木と変わらないぐらいの背丈だ。

嫌な予感がしたけれど、無視するわけにもいかない。

「あの、なんですか?」

そう言うとその男は徐に私の隣に腰掛けてきた。

その距離の近さに思わず後ずさるけれど、今は五木も席を外れていて頼れる人間がいない。

それどころかどんどん詰め寄られてしまう。

「いいじゃん。俺と一緒に遊ぼうよ」

「い、嫌です!離してくださいっ!」

力加減というものを知らないのか、男に強い力で手首を掴まれる。

「…っ!痛い!やめてったら…っ!」

そう言って精一杯の力で男の手を振りほどく。

「ちっ…痛ぇじゃねえかよ!!」

大きな声にビクっと身体を震わせたそのときだった。

「おい、てめぇ何してやがる」

五木の声がその場に響き渡る。

「げ…だ、誰だようるっさい声だな…」

「あ?うちの連れになんか用でもあんのか?」

五木は私達のところまでゆっくりと歩いてきて、男の腕を掴むとそのまま捻り上げた。

「な、なんでもないです!」

男は情けない声を上げて地面に倒れ込む。

「女に手上げてんじゃねえぞクズ」

そう言って五木は逃げるように屋台の奥に走り去っていった男を睨みつけるだけだった。

「雫。悪ぃ、大丈夫か」

名前を呼ばれてハッとする。

「う、うん。大丈夫…」

五木は私の顔を見るなり大きなため息を吐き出した。

「震えてんじゃねえか」

「だ、だって!急に大声出されて…」

「ったく、しゃあねえな」

そう言って五木は私の手を掴むとスタスタと歩き出した。

「え!ちょ、ちょっと…どこ行くの?!」

「いいから黙って着いてこい」

少し乱暴な口調だけど、手はしっかりと握られていて。

その手は確かに温かくて安心した。

そのまま暫く歩くと街のシンボルのように大きなクリスマスツリーが見えてきた。

それはライトアップされてとても幻想的で

思わず見惚れてしまう程に綺麗で、視界いっぱいにキラキラと輝くイルミネーションに思わず感嘆の息を漏らした。

「凄く、綺麗なツリー…」

五木はそんな私の様子を見て安堵したような、優しい声色で言う。

「震え、ちょっとは落ち着いたみてぇだな」

そう言って私の頭を撫でる手はやっぱり大きくて。

それがどこか心地よくて目を細めた。

それから暫くツリーの下のベンチに座って他愛ない会話をした。

そんな時間が楽しくて仕方がなくて、ずっとこうしていられたらいいのになんて思ったりして。

「そうだ、五木…!プレゼントって、ここで渡してもいい?」

不意に気になってそう尋ねたけど、すぐに口篭った。

ていうか、覚えてる?なんて聞くと、それを遮って「ん」とだけ言って目の前にクリスマス包装紙でラッピングされた細長い長方形の箱を差し出してきた。

「…持ってきとるわボケが」

「え!う、嬉しい…用意してくれてたんだ?」

「ったり前だろ、お前こそ俺のちゃんと持ってきとんだろーな?」

「あるし!ほら、これ。五木が気に入るものかは保証できないけどね」

そう言って私も用意していたプレゼントの入った紙袋を彼に渡す。

「お前から貰えりゃなんでもいーんだよ」

すると五木はどこか真剣な顔つきで

「サンキュ…もう開けてもいいんか?」

「うん、てか同時に開けよ!」

そう言って互いに貰ったプレゼントを開封する。

五木の渡してくれた包装紙を丁寧に剥いでいくと出てきたものは

愛らしいテディベアがセットになった、ハートのネックレスだった。

「うわ!これ友達の間で話題になっててめっちゃ欲しかったやつだよ…!えっなんで分かったの?!」

そう伝えると彼は照れくさそうに言う。

「あ?たまたまだわ」

そう言ってそっぽを向く五木だけど、それが照れ隠しだってことくらい長い付き合いなのだから分かってしまう。

そんな彼の様子が可愛くてつい笑みが溢れてしまう。

そして五木も私の上げたプレゼントを取り出して眺めると

「これ…腕時計か?」

「うん、五木に似合うかと思って」

そう言うと、彼は早速、利き手に腕時計を巻き付けた。

「気に入ってくれた?」

「…おう。あんがと、大事にするわ」

そう言って笑う彼の笑顔はやっぱり眩しくて、胸がきゅっと締め付けられた。

そして五木が不意に空を見上げる。

私もそれに倣って上を見上げると、綺麗な星空が目に入ったけど、それよりも私の目を奪ったのは彼の横顔だった。

ああ……私って本当に、五木が好きなんだなって思う。

腕時計をあげた理由だってクリスマスにプレゼントする物の「腕時計」の意味が

「あなたと一緒にいたい」「これからも同じ時間を過ごしたい」というものだったからだ。

わざわざ検索して調べて選んだんだから、五木に惚れているということを自覚せずにはいられない。

直接言うなんて負けた気がして無理だけど、重いかな?と不安になるぐらいに好きなことは確かなんだろう。

五木は多分、そんな意味なんて考えずに渡してきたんだろうけど

恋人に渡すネックレスの意味は「あなたは私だけのもの」っていう独占的な想いが込められているらしい。

もし、そう考えて、渡してくれたとしたら、すごく嬉しいな…。

そして暫く沈黙が続いた後、ヒューと風が通り抜けていき、手が悴む。

「急に、寒くなってきたね…」

すると、徐に五木が口を開いた。

「なあ」

「なに?」

「手ぇかせや」

言われるがままに手を差し出せば、五木は私の指の間に自分の指を絡ませてきて、ぎゅっと握ってきた。

突然の恋人繋ぎに思わず心臓が跳ねるけれど、それに構わずに彼は続けた。

「こうしてりゃあったけーだろ」

「は、恥ずかし……んだけど」

私がそう言うと五木はこちらに視線を向けた。

その瞳はまるで獲物を狙う獣のような鋭さで、私は思わず息を呑む。

そんな私の様子を見てニヤリと口角を上げて言った。

「知っとる」

心臓に悪すぎる表情と言葉に、頭がパンクしそうになる。

「いっ、意地悪…!」

そう返すと、彼はまた可笑しそうに笑うだけ。

(ああもう!本当にずるいんだから…っ、なんか、負けた感じするし…!)

それから暫くして私達は帰路についた。

駅に着き、電光掲示板を確認する。

次の発車時刻まで十分ほど空いていたため、ホームのベンチに腰掛けた。


私は五木の肩に頭を預けて、そっと目を閉じる。
でも何故か文句も聞こえてこなくて

頭を離してチラッと五木の様子を伺えば、ムスッとした顔をしていた。

けど耳は真っ赤で、それが寒さのせいだけじゃないと思うと、頬が緩む。

「ねえ、五木の乗るのってここじゃなくて四番線の方でしょ?ここにいていいの?」

「あ?知っとるわ。この方がおめぇと長く居られんだろーが」

その言葉にドキッとして

「そっか…そうだね」なんて

小学生みたいな言葉しか出てこなくなった。

すると、離した頭を再び五木の大きな手によって肩に傾けられて、その手は離れることなく私の頭を固定した。

それが心地よくて、ずっとこうしていたいと思ってしまう程に幸せだった。

暫くして私の乗る電車が到着するアナウンスが流れ始めると、私達はゆっくりと立ち上がった。

「んじゃ、気ぃ付けて帰れよ」

「うん、今日はありがとね…!おやすみ!」

「おう」

別れの挨拶をかわし、電車に乗れば、もう8時という事で座席は満員だ。

心を落ち着かせるためにも角っ子の壁に腰をかけて席が空くまで立っていることにした。

もう五木は自分の番線に向かったと思うけど、さっきまでの温もりが消えてふと我に返る。

(今日…最高すぎた、やばい、まだ興奮が抑えられない)

私は自分の胸に手を当てて、深呼吸をした。

それから暫くして席が空いたのでそこに座り込むと、どっと疲れが押し寄せてきたのか瞼が重くなってくる。

そしてそのまま眠りについてしまった。

次に意識が浮上したのは降りる駅に電車が止まった時だ。

慌てて荷物を持ってホームに降り立つと、冷たい風が頬を掠めた。

家に着いて、自室のベッドに体を沈ませれば

ボフン!という音と共に私は顔を枕に沈ませ、幸せな気分のまま眠りについた────。