そしてそのまた翌日、昼休み――
教室で、鞄から弁当箱を出して机に置くと
いきなりズンズンと私の前に歩いてきた五木が、私の机にドンっと手をついた。
「おい、ちょっと来い。」
「な、なに?」
驚く私を無視して、五木はそのまま私を強引に廊下に引っ張り出す。
「ちょっと、一体何なの…?」
周囲の視線が気になって声を抑えつつも抗議すると、彼は人気のない階段の踊り場まで私を連れていき、振り返って睨みつけてきた。
「お前さ、俺にああ言われたぐらいでよう知らん男とイチャつけんのか?」
「は、はあ?イチャつくって、なんのこと?」
「あ?昨日だよ、菅野とニコニコしやがって。あいつに媚び売ってたんだろ?」
「媚び売ってたって…ただ同じ日直だから教材運んでただけなんですけど!?」
あまりの言いがかりに思わず声を上げる。
私の反論に、五木はさらに語気を強めて言い返してきた。
「どうだか、お前って優しくされたらコロッといっちまいそうだもんなぁ?」
「なにそれ、そんなこと言う為だけにわざわざ呼び出したわけ?まさか本当に私の事好きとか?嫉妬ですかー?」
思わず皮肉っぽくそう言うと、五木の顔が一瞬固まり、それから赤くなるのが見えた。
「なっ、嫉妬なんかするかよ。ただ、そーやってヘラヘラしてるのがムカつくだけだわ!」
「ヘラヘラしてるって…何よそれ! 別に誰と話そうが私の勝手でしょ!」
「はっ…なんだあんなんで絆されとんのか、チョロすぎ」
「だから違うっての! 太陽くんはただのクラスメイトだし!」
「どさくさに紛れて名前呼びしてんじゃねーか。ったく、お前のそーいうとこがムカつくんだよ」
五木が声を荒げた瞬間、私もついカッとなって言い返した。
「五木こそ、私のことそんなに嫌いなら…見なきゃ、関わんなきゃいいでしょ…!」
「は?……別に俺は…」
「とにかく! あんたには私の交友関係に口出しする権利なんかないから!」
「……チッ、もうええわ」
五木はそう吐き捨てると、ポケットに手を突っ込んで私に背を向け、教室に戻っていこうとする。
「ねえ、私のこと嫌いなのはよく分かるよ。でも、なんでなのかな。」
「…なんだよ」
背を向けたまま、階段で足を止める五木に、続けて言う。
「なんで、急に変わっちゃったわけ?昔はもっと、優しかったじゃん。いつき」
久しぶりにちゃんと呼んだ、イツキという名前。
「……っ、知るかよ」
「私、いつきに、知らないところでなにか酷いことしちゃったの?そういうことでしょ」
視界が歪んで、あ、涙出てるのかって認識したら、更に溢れてきてしまった。
「だからお前にゃ関係な…」
「関係なくなんかないでしょ!」
涙声のまま私は言い返した。
「私だってバカじゃない。ずっと考えてたんだよ。なんで、あんなに優しかったいつきが、こんなにキツく当たってくるようになったんだろうって」
「それからだった、五木が怖くなって、近づきがたいのに、喧嘩腰でも話せるのがまだ救いだった」
五木はその言葉に反応するように、ようやくこちらを振り返った。
瞬間、五木はさっきとは顔色を変えて、でも言葉を失ったかのように何も言わないで私を見つめてきた。
「いい加減本当のこと教えて。きっと、私のせいなんだよね?私が、邪魔になった?」
声を絞り出すように言った私に、五木はしばらく何も言わなかった。廊下の窓から差し込む陽光が、彼の後ろ姿を照らしているだけだった。
「……お前のせいじゃねぇよ。」
低く抑えた声で、五木がぽつりと言った。
「お前には関係ねぇ。」
「なにそれ…関係あるでしょ!」
五木は肩を震わせるようにため息をついた。そして目を伏せたまま、少しだけ俯いて言った。
「……お前が変わったんだよ、雫。」
「え?」
「昔みたいに泣き虫で、俺に頼ってくるような女じゃなくなった。なんか一人で全部やろうとして、知らない男とヘラヘラして…俺の入り込む隙なんてねぇじゃねぇか。」
その言葉に、思わず息を飲んだ。
「だから…ムカついてたんだ。ガキなのはわーってる。でもなんでか、お前が俺以外のヤツと楽しそうにしてるの見てっと無性にイラついて、どうしようもなくなっちまって」
「酷いことしか言えなくなっちまってた」
「……今まで悪かった、じゃすまねえことお前にしてきた。今もそうだ、泣かせたかったわけじゃねぇのに…たくさん傷付けた」
彼の言葉を聞きながら、私は不思議と心が軽くなるのを感じた。
「ま、待って?いつき…それって、ヤキモチ……」
「……っ、なわけ」
耳まで真っ赤にして否定する五木に、私は思わず笑ってしまった。
「な、なんだよ!」
「だって、そういうのって普通、好きな子にする態度じゃない?」
「~~っ!言っとくが自惚れんじゃねぇぞ!」
五木が顔を覆って誤魔化す姿を見て、私は涙が止まったのを感じた。そして、静かに言葉を続けた。
「…私もさ、昔のいつきのこと、好きだったよ。」
その言葉に、五木は顔を覆った手をそっと下ろし、驚いたように私を見つめた。
「けど、今のいつきのことは…ちょっと、ううん、超苦手。でもね、もしまた普通に関わってくれるなら…きっとまた、好きになれると思う。」
五木は少し口を開けたまま固まり、やがて不器用に笑った。
「…なんだよそれ。お前、ほんとズルいな。」
「お互い様…でしょ?」
そう言いながら笑う私に、五木は少しだけ照れくさそうに目を逸らし、ぼそりと呟いた。
「……分かったわ。」
その言葉に、私は静かに微笑んだ。
昔のような彼の笑顔に、私は少しだけ暖かい気持ちになった。
きっと、昔の二人に少しずつ戻れる気がして。
それからしばらくの間、五木との関係は微妙な空気の中、少しずつ変化していった。
翌日、登校すると五木がいつになく早く教室に来ていて、自席に座っていた。
いつもはふらっと遅れてくるのに珍しいこともあるものだ、と少し驚きながら、私も席に着く。
なんか気まずくて、声はかけなかった。
すると、それを察したのか
「おい、はようぐらい言えや」
五木がいつもの調子で言ってくる。
私は苦笑しながら答えた。
「おはよう、五木。てか、なんで今日はこんなに早いの?」
「別に理由なんかねぇよ。ただ早く来ただけだ」
そっけない返事。でも前よりは、いいかもしれない。
「そうなんだ……」と軽く流そうとしたそのとき、教室の後ろからひときわ明るい声が響いた。
「おはよう! 二人とも、朝から仲良しだねぇ」
声の主はクラスメイトの安藤夏美。
元気で明るく、誰にでも分け隔てなく接する彼女は、みんなに好かれる存在だ。
安藤さんと五木は高1の頃に体育祭でわりと話す仲になったんだとか
それで思い出したが、1年の頃に付き合ってるんじゃないかと噂もよくされていた気がする。
「はーー…朝からうっせぇのが来た」
五木が少しだけ眉をひそめながら返す。
「あら、ひどーい。せっかく気持ちよく挨拶したのに」
安藤さんは全然気にしていない様子で笑い、私の隣にやってきた。
「それにしても、二人ってほんとに仲がいいよね。やっぱり幼馴染っていいな~」
夏美の言葉に、私は思わず「そ、そんなことないよ」と否定する。
そんな私に、彼女は目を輝かせて近づいてきた。
「え~? もしかして、ほんとにただの幼馴染じゃないとか?」
「お前面白がってんだろ」
私が口を開く前に、五木が即答する。
その態度に、安藤さんは悪戯に笑った。
「ふふ、じゃあ今は何もないんだ。でも、これからどうなるか分かんないよねー?」
安藤さんが意味ありげな視線を私と五木に向ける。
私は居心地の悪さを感じながら視線をそらし、五木は「なんもねぇよ」と言うだけだった。
でも、それから数日後。
安藤さんに、話したいことがあると言われお昼ご飯に誘われた。
「それで…安藤さん?話ってのは…」
「んもう!夏美でいいって~クラスメイトなんだから!」
「そ、そう?じゃあ、夏美ちゃんで。」
「よろしくね、雫ちゃん!今日はね、雫ちゃんに聞きたいことがあったの」
「聞きたいこと?」
「ええ、単刀直入に聞くのだけど、雫ちゃんは五木くんのこと好きなの?」
「えっ?…好きって、そりゃあ友達としては好きだよ…?」
「え~じゃあ私が五木くんと付き合ってもいいってことよね?!」
「え…?」
「だって、友達的な意味なんでしょ?それに…ほら、私の方が五木くんとお似合いだと思うし、そういうことなら雫ちゃん、応援してくれるでしょ?ね?」
私はその圧に、笑顔を作って頷くしか無かった。
その放課後……
珍しく、五木がちょっと付き合えと言ってきて、久しぶりに一緒に帰ることになった。
夏美ちゃんは私の横を通り過ぎるときに
「幼馴染だからってさ、あんま五木くんにベタベタしないでね」
と低いトーンで耳打ちされ、背筋が凍った。
「おい、どした」
五木は私の様子を不審に思ったのか聞いてきたが、私は「ううん、なんでもない」と答え
足早に、なんだかんだ満更でもなさそうな感じで夏美ちゃんと下校する五木を追い越して、帰路についた。
そして、私はある考えにたどり着いた。
夏美ちゃんは私が邪魔だと言うこと。
夏美ちゃんの友達なのか、私にわざわざ「五木くんの隣に相応しくない」「この泥棒猫!」なんて言いがかりしてくる女子までいるのだから。
私を敵視しているのは言うまでもなかった。
だとしたら…これから夏美ちゃんが更に何かをしてくるかもしれない……
不安になったが、さすがに五木に言えるわけは無い。
私がすべきことは夏美ちゃんのために五木と最低限関わらないことだ
でも、せっかく昔みたいに関わり始められたというのに、こちらからそれを台無しにしたくはなかった。
それに、どうしてなのか
五木が夏美ちゃんと親しそうにしていたり
笑いあっているだけで、胸がチクチクと傷む感じがしていた。
そうは言っても夏美ちゃんに監視されている感じがあり、夏美ちゃんの前で二人きりになるのを極力避けていた。
「ねぇ、雫ちゃん。昨日五木くんにお弁当分けてなかった?」
夏美ちゃんがそう問い詰めてきた。
「え?あ、あぁ……まあ、あれは、五木が…」
「……ふーん。ね、ちょっとお話ししない?」
そうして連れていかれたのは、屋上だった。
放課後である今なら誰もいない。
なんだか嫌な予感がする。
と、そのとき夏美ちゃんが言った。
「ねぇ雫ちゃん~五木くんのこと好きなの?」
「前、違うって言ったでしょ…?」
「ふーん、なら近寄んなよ」
「え……」
「私はね、五木くんのことが好きなの。だから、雫ちゃんみたいな子邪魔なの」
「大体、幼馴染の分際で彼女面しないでよ?」
「そ、そんなこと…!」
「だからさぁ……消えてくんない?あは、大丈夫!私優しいからさ~ 五木くんに嫌われるお手伝いぐらいはしてあげるよ?」
有無を言わせぬ圧と声色に、何も返せずにいた。
そんなとき、後ろから聞き覚えのある声が低い声を響かせた。
「何言ってんだお前」
「はっ、五木くん……?」
夏美ちゃんは明らかに動揺していた。
「雫になに吹き込んでんだ」
「吹き込むだなんてそんな!なんもしてないよ~?ただの世間話してただけ!ね、雫ちゃん?」
なにも言わない私に、五木は納得していないようだった。
そして、五木は私の手を引いて歩き出した。
「え、ちょっ、五木?」
助けて…くれた?
五木に問いかけるも歩みは止まらない。
「うるせぇな……お前、アイツになんか言われてただろ。」
「いや……まあそうだけど……」
「…そんで俺の事ちょくちょく避けてたんか」
「……えっと、気づいてたんだ…?」
「気づくわボケが」
「いや、私、五木と夏美ちゃんが付き合ってるって聞いて…」
「しょうもな」
「なっ、しょうもなって…!?」
「……噂に踊らされてんじゃねえよ。俺はお前が俺のこと避けてたのが気に入らねぇ…」
「五木だって、」
「あぁ?見てたんか」
「違う、けど、いやだった。なんか、胸が痛くなるの。意味わからないと思うけど…五木が夏美ちゃんとかと一緒にいるとこ見たら…」
「……っ、それ、お前な…っ」
「と、とにかく…お前は俺の隣に居りゃいいんだっつーの。昔っからそーだろうが」
五木はそう言って私の手を離して、また歩き出した。
「ねえ、もしかしてだけど心配して、助けに来てくれたの…?」
「たり前だろ…つーかお前の事だからどうせ我慢してんだろうなと思っただけだわ」
私はしばらく動けずにいたけど、我に返って慌てて五木の後を追ったのだった。
それから数日後の昼休みのこと。
私はいつも通り屋上でベンチに座り、昼食をとっていたのだが、そこにどうしてか五木がやってきた。
「え、五木……?えっなになに珍しいじゃん」
「別にいいだろ」
そう言って五木は私の隣に座ったので、私は慌てて
「いや、良いけど…また焼きそばパン?」
「悪ぃかよ」
「いや、別に…?…あ、私飲み物買ってくるね!」
そう言って私は五木を置いて屋上を出た。そして自販機でお茶を買い、屋上に戻ると、どうやら五木とクラスメイトの男子が何か話しているのが見え、思わず身を隠した。
内容は、ギリ聞こえる。
「桧山ってぶっちゃけ可愛くね?」
「寝言は寝て言えや」
「いや、本気だって!正直俺もワンチャンあるくね?」
「……は?お前何言ってんの」
「顔だけは可愛いからなぁ~俺も狙っちゃおっかな」
「おい、それ以上言ったら殺すぞてめぇ」
そんな会話が聞こえてきて、私は思わず息を飲んだ。
そして五木が男子を殴る音でハッと我に返る。
「ってぇ、冗談だっての…!本当に五木って桧山のことなるとおっかねぇよな」
「うるせぇ。早くどっか行けよ」
男子が屋上から出ていくのを確認すると、私も今出てきたことを装って五木の元に駆け寄った。
「五木ってやっぱ優しいね」
「は?なんだよ急に」
「さっき男子と話してるの、つい盗み見ちゃって」
「いたんかよ」
五木の耳が少し赤くなっている。
私はそれがなんだか嬉しくて、つい笑みがこぼれたのだった。
「ふふ、私、五木の優しいところ好きだよ?」
「なっ……」
五木はなんだか赤くなって、少しふてくされたように言った。
「あんまそういうこと言うなや」
「……え?どういうこと?」
「……なんでもねーよ」
五木はそう言って、また焼きそばパンを食べ始めたのだった。
その日の放課後、教室で帰り支度をしていると、突然太陽くんが話しかけてきた。
「ねぇ、桧山さん。今日一緒に帰らない?」
「えっ……う、うん!いいよ?」
すると彼は嬉しそうに笑った。
「じゃあ校門のとこで待ってるね」
「分かった!」
そんな会話をして、下駄箱に向かうと五木がいた。
「あれ?五木も今帰り?」
「……ああ」
なんだか少し機嫌が悪いように見える。
でも気のせいだろうと思った。
そのまま五木はスタスタと歩いて行ってしまったので、私は約束していた太陽くんの元に向かうことにした。
「ごめん、おまたせ」
「全然いいよ。じゃあ行こっか」
太陽くんはそう言って歩き出したので私も並んで歩く。
すると突然彼は言った。
「桧山さんと一度こんな風に話してみたかったから、一緒に帰れて嬉しいよ」
「え……?そ、そうだったんだ。私も太陽く…じゃなくて菅野くんと話すの楽しいよ!」
「太陽でいいよ」
「そ、そっか」
私は少し動揺しながらもそう返した。
駅に着くと、改札付近で彼は急に立ち止まり、真剣な顔で私を見つめて言った。
「俺さ……桧山さんのこと好きなんだよね」
「…え?!」
そんな突然の告白に私は思わず固まってしまった。
「だから、もしよければ俺と付き合って欲しいんだ。駄目かな?」
「えっと……」
私は動揺していた。まさか太陽くんに告白されるとは思ってもみなかったからである。
「今日は、それを伝えたかっただけだから…いつでもいいから返事待ってるね」
「あっ、太陽くん……!」
私は呼び止めようとしたが、彼はそのまま改札を通ってホームの方へと走っていってしまった。
どうしよう……太陽くんは良い人だけど、急すぎて、頭が追いつかない。
その日は頭の中はそのことばかりで、あまり眠れなかった気がする。
翌日、一通りの少ない立入禁止という張り紙が掛けられた階段の前で
「はぁ……」
思わずため息がこぼれた。
すると突然後ろから声がした。
「おい」
「え?五木…?」
「お前昨日、菅野と帰ってたろ」
「あ、うん。そうだけど……」
「あいつのこと、好きなんかよ」
「はっ、はあ?!そんなわけないでしょ!ただ、話してみたかったって言われただけで」
「へぇ…」
五木はなんだか不機嫌そうだ。
「それに、太陽くんはいい人だよ…」
「なんだそれ、アイツになんか言われたんか」
「そんなんじゃないし、五木には関係ないこと…!」
「ま、世間話ってとこか。アイツがお前のこと女として見てるわけねぇしな」
「……っ、告白、されたの」
「は……?」
「だから、告白されたの!でも、結構戸惑ってて…昨夜も太陽くんのことばかり考えちゃって、返事はいつでもいいって言ってくれたけど…だって、太陽くんに好きって言われるとか思ってもみなくて…!」
すると突然五木は私の両腕を掴み、私を横の壁にドンッと押し付けてきた。
「なっ、なにするの…!」
「お前、あんま他の男に尻尾振ってんじゃねえぞ」
その低い声に思わずドキッとする。
「なんで、五木にそんなこと言われなきゃ…」
「「てか、いい加減離して!」と声を荒らげようとしたその時、暖かい唇の感触が私に衝撃を与えた。
五木は私の唇を強く奪い、快感と困惑が、私の心を掻き乱した。
「あ……」
そして五木は名残惜しそうに唇を離し、私を解放すると、私の目をじっと見て言った。
「……分かったかよ」
「……っ…か、からかうのもいい加減に…」
すると五木は目を伏せながら答えた。
「…からかってねえ、だから他の男のとこ行くなや。お前のこと本気で好きなやつがここにいんだろうが。」
「は、はあ?!うそ…え、冗談でしょ…っ?」
私が聞き返そうとしたそのとき、チャイムが鳴り響き、彼は先に教室に戻って行った。
五木にキスされるなんて、思ってもみなくて、私は呆然と立ち尽くしてしまう。
が、なんとか私も急いで教室に向かい、席に着く。
暫くして担当の先生がきて、授業が始まった。
どうしよう、授業が始まるというのに、五木のせいで全く頭に入ってこない。
そんなとき、携帯に一通のメールが届いた。
送り主は……太陽くんだった。
「明日の放課後、屋上に来て」
短い文だったけど、きっと告白の返事を聞きたいんだと悟った。
そして次の日の放課後
屋上に行くと既に太陽がいた。
「来てくれたんだね」
「うん……」
「返事、聞かせてくれるかな?」
「……ごめんなさい!」
私がそう言うと彼は一瞬驚いたような顔をしたがすぐに笑顔になって言った。
「そっか……でも、雫さんならそう言うと思ってたよ」
「え……?」
「雫さん、犬神が好きなんでしょ?」
「え、いや違うよ!?あいつは本当に……生意気な幼馴染ってだけ、で…」
「昨日、二人がキスしてるところ見えちゃったんだ」
「……っ!」
私が動揺していると彼は続けて言った。
「だから、犬神が雫さんのこと好きなのはなんとなく分かってた。でも、ごめんね?俺、雫さんのこと……諦めたく無い」
「え…っ」
すると突然彼は私の手首を掴み強引に引き寄せて壁に押し付けた。
そして至近距離で私を見て言った。
「犬神より、俺を見て……?」
そのときだった。屋上の扉がもの凄い勢いと音を立てて開かれた。
「菅野、お前……っ」
五木だった。
そして太陽くんと私の間に割って入る。
「コイツに気安く触んな」
一瞬驚いたような顔をした太陽くんは、また笑顔になって
「まぁいいや。雫さん、いつでも僕は待ってるからね」と最後に一言付け足し、胸の前で手を振って、屋上から出ていった。
残された私と五木の間に沈黙が流れる中、五木と目が合い、先に口を開いたのは五木だった。
「…で、なんであんなことになってんだよ」
「そ、それは……」
私は今までの経緯を説明した。
「この前の告白断ったんだけど……そしたらあんたとキスしてるとこ見ちゃったって言われて…」
すると五木は深いため息をついて、言った。
「……お前さ、無防備すぎんだわ。俺がいなかったら今頃どうなってたと思ってんだ?」
「な、なんで私が説教されなくちゃ!…まあ、五木が来てくれて助かったけどさ…」
ムカムカとした表情のままの五木をチラチラと機嫌を伺うように見ながらそう言った。
「でも、あのときのキス…どういう意味だったのか聞きたいの」
「は……?」
「だって、五木、それだけで、まともに告白もしてくれてないじゃん!」
「太陽くんは五木が私のこと好きなの知ってたみたいなこと言うし!もうワケわからなくて…」
「わ、わかったから落ち着け…ちゃんと説明すっから」
「ただでさえ五木ってなに思ってるかわかりづらいんだからね?」
「……」
五木はバツが悪そうに暫く黙ったあと、小さく呟いた。
「……好き…でしかねぇだろーが。キスする意味なんて」
「えーなんか薄いな~、太陽くんみたいに堂々と言って欲しいんだけど?じゃないと私太陽くんの方に行っちゃうかもな~」
「おいあんま調子乗んなよ?行ったら殺すぞ」
「だったら言ってよ?ね?」
もうこんな横暴な言い合い慣れている。
すると彼は続けた。
「はあ、言えばいんだろ……言ったるわそんぐらい…」
五木は一息ついてから、真剣な顔で再び口を開いた。
「お前を独り占めしてぇの、他の男なんか見んじゃねえ、お前のこといっちゃん理解してんのも好きなんも俺なんだよ。……全部本音だわクソが。…これならいいんか?」
私は思わず目を見開いてしまった。
だって、あの五木が、顔を赤くしながらそこまで私に想いをぶつけてきたから。
「え……うっ、うん…てか、言い過ぎ…もうお腹いっぱいだから」
「んだよわがままな女だな」
その瞬間、こちらまで顔に熱が篭もるのを感じた。
それを見られるのは恥ずかしくて顔を覆ってしまう。
「おい、雫。顔見せろ」
そんな私を見て五木が私の腕を掴んで顔から引き剥がそうとしてくるが、必死に抵抗する。
「はあ?絶対見せない!」
「あ?なんでだよ」
「…今、確実に見せらんない顔してるから」
すると突然腕を掴んでいた手が離れたかと思うと、今度は身体ごと引き寄せられて
私は彼の胸の中にすっぽりと収まってしまった。
「ちょ、ちょっと……!」
顔なんて覆ってる場合じゃなくて、私が慌てて離れようと手で押してみるが、五木はさらに強く抱きしめてきた。
「そんな顔のまま行かせるかよ、わーったら予鈴なるまでこのままでいさせろや」
教室で、鞄から弁当箱を出して机に置くと
いきなりズンズンと私の前に歩いてきた五木が、私の机にドンっと手をついた。
「おい、ちょっと来い。」
「な、なに?」
驚く私を無視して、五木はそのまま私を強引に廊下に引っ張り出す。
「ちょっと、一体何なの…?」
周囲の視線が気になって声を抑えつつも抗議すると、彼は人気のない階段の踊り場まで私を連れていき、振り返って睨みつけてきた。
「お前さ、俺にああ言われたぐらいでよう知らん男とイチャつけんのか?」
「は、はあ?イチャつくって、なんのこと?」
「あ?昨日だよ、菅野とニコニコしやがって。あいつに媚び売ってたんだろ?」
「媚び売ってたって…ただ同じ日直だから教材運んでただけなんですけど!?」
あまりの言いがかりに思わず声を上げる。
私の反論に、五木はさらに語気を強めて言い返してきた。
「どうだか、お前って優しくされたらコロッといっちまいそうだもんなぁ?」
「なにそれ、そんなこと言う為だけにわざわざ呼び出したわけ?まさか本当に私の事好きとか?嫉妬ですかー?」
思わず皮肉っぽくそう言うと、五木の顔が一瞬固まり、それから赤くなるのが見えた。
「なっ、嫉妬なんかするかよ。ただ、そーやってヘラヘラしてるのがムカつくだけだわ!」
「ヘラヘラしてるって…何よそれ! 別に誰と話そうが私の勝手でしょ!」
「はっ…なんだあんなんで絆されとんのか、チョロすぎ」
「だから違うっての! 太陽くんはただのクラスメイトだし!」
「どさくさに紛れて名前呼びしてんじゃねーか。ったく、お前のそーいうとこがムカつくんだよ」
五木が声を荒げた瞬間、私もついカッとなって言い返した。
「五木こそ、私のことそんなに嫌いなら…見なきゃ、関わんなきゃいいでしょ…!」
「は?……別に俺は…」
「とにかく! あんたには私の交友関係に口出しする権利なんかないから!」
「……チッ、もうええわ」
五木はそう吐き捨てると、ポケットに手を突っ込んで私に背を向け、教室に戻っていこうとする。
「ねえ、私のこと嫌いなのはよく分かるよ。でも、なんでなのかな。」
「…なんだよ」
背を向けたまま、階段で足を止める五木に、続けて言う。
「なんで、急に変わっちゃったわけ?昔はもっと、優しかったじゃん。いつき」
久しぶりにちゃんと呼んだ、イツキという名前。
「……っ、知るかよ」
「私、いつきに、知らないところでなにか酷いことしちゃったの?そういうことでしょ」
視界が歪んで、あ、涙出てるのかって認識したら、更に溢れてきてしまった。
「だからお前にゃ関係な…」
「関係なくなんかないでしょ!」
涙声のまま私は言い返した。
「私だってバカじゃない。ずっと考えてたんだよ。なんで、あんなに優しかったいつきが、こんなにキツく当たってくるようになったんだろうって」
「それからだった、五木が怖くなって、近づきがたいのに、喧嘩腰でも話せるのがまだ救いだった」
五木はその言葉に反応するように、ようやくこちらを振り返った。
瞬間、五木はさっきとは顔色を変えて、でも言葉を失ったかのように何も言わないで私を見つめてきた。
「いい加減本当のこと教えて。きっと、私のせいなんだよね?私が、邪魔になった?」
声を絞り出すように言った私に、五木はしばらく何も言わなかった。廊下の窓から差し込む陽光が、彼の後ろ姿を照らしているだけだった。
「……お前のせいじゃねぇよ。」
低く抑えた声で、五木がぽつりと言った。
「お前には関係ねぇ。」
「なにそれ…関係あるでしょ!」
五木は肩を震わせるようにため息をついた。そして目を伏せたまま、少しだけ俯いて言った。
「……お前が変わったんだよ、雫。」
「え?」
「昔みたいに泣き虫で、俺に頼ってくるような女じゃなくなった。なんか一人で全部やろうとして、知らない男とヘラヘラして…俺の入り込む隙なんてねぇじゃねぇか。」
その言葉に、思わず息を飲んだ。
「だから…ムカついてたんだ。ガキなのはわーってる。でもなんでか、お前が俺以外のヤツと楽しそうにしてるの見てっと無性にイラついて、どうしようもなくなっちまって」
「酷いことしか言えなくなっちまってた」
「……今まで悪かった、じゃすまねえことお前にしてきた。今もそうだ、泣かせたかったわけじゃねぇのに…たくさん傷付けた」
彼の言葉を聞きながら、私は不思議と心が軽くなるのを感じた。
「ま、待って?いつき…それって、ヤキモチ……」
「……っ、なわけ」
耳まで真っ赤にして否定する五木に、私は思わず笑ってしまった。
「な、なんだよ!」
「だって、そういうのって普通、好きな子にする態度じゃない?」
「~~っ!言っとくが自惚れんじゃねぇぞ!」
五木が顔を覆って誤魔化す姿を見て、私は涙が止まったのを感じた。そして、静かに言葉を続けた。
「…私もさ、昔のいつきのこと、好きだったよ。」
その言葉に、五木は顔を覆った手をそっと下ろし、驚いたように私を見つめた。
「けど、今のいつきのことは…ちょっと、ううん、超苦手。でもね、もしまた普通に関わってくれるなら…きっとまた、好きになれると思う。」
五木は少し口を開けたまま固まり、やがて不器用に笑った。
「…なんだよそれ。お前、ほんとズルいな。」
「お互い様…でしょ?」
そう言いながら笑う私に、五木は少しだけ照れくさそうに目を逸らし、ぼそりと呟いた。
「……分かったわ。」
その言葉に、私は静かに微笑んだ。
昔のような彼の笑顔に、私は少しだけ暖かい気持ちになった。
きっと、昔の二人に少しずつ戻れる気がして。
それからしばらくの間、五木との関係は微妙な空気の中、少しずつ変化していった。
翌日、登校すると五木がいつになく早く教室に来ていて、自席に座っていた。
いつもはふらっと遅れてくるのに珍しいこともあるものだ、と少し驚きながら、私も席に着く。
なんか気まずくて、声はかけなかった。
すると、それを察したのか
「おい、はようぐらい言えや」
五木がいつもの調子で言ってくる。
私は苦笑しながら答えた。
「おはよう、五木。てか、なんで今日はこんなに早いの?」
「別に理由なんかねぇよ。ただ早く来ただけだ」
そっけない返事。でも前よりは、いいかもしれない。
「そうなんだ……」と軽く流そうとしたそのとき、教室の後ろからひときわ明るい声が響いた。
「おはよう! 二人とも、朝から仲良しだねぇ」
声の主はクラスメイトの安藤夏美。
元気で明るく、誰にでも分け隔てなく接する彼女は、みんなに好かれる存在だ。
安藤さんと五木は高1の頃に体育祭でわりと話す仲になったんだとか
それで思い出したが、1年の頃に付き合ってるんじゃないかと噂もよくされていた気がする。
「はーー…朝からうっせぇのが来た」
五木が少しだけ眉をひそめながら返す。
「あら、ひどーい。せっかく気持ちよく挨拶したのに」
安藤さんは全然気にしていない様子で笑い、私の隣にやってきた。
「それにしても、二人ってほんとに仲がいいよね。やっぱり幼馴染っていいな~」
夏美の言葉に、私は思わず「そ、そんなことないよ」と否定する。
そんな私に、彼女は目を輝かせて近づいてきた。
「え~? もしかして、ほんとにただの幼馴染じゃないとか?」
「お前面白がってんだろ」
私が口を開く前に、五木が即答する。
その態度に、安藤さんは悪戯に笑った。
「ふふ、じゃあ今は何もないんだ。でも、これからどうなるか分かんないよねー?」
安藤さんが意味ありげな視線を私と五木に向ける。
私は居心地の悪さを感じながら視線をそらし、五木は「なんもねぇよ」と言うだけだった。
でも、それから数日後。
安藤さんに、話したいことがあると言われお昼ご飯に誘われた。
「それで…安藤さん?話ってのは…」
「んもう!夏美でいいって~クラスメイトなんだから!」
「そ、そう?じゃあ、夏美ちゃんで。」
「よろしくね、雫ちゃん!今日はね、雫ちゃんに聞きたいことがあったの」
「聞きたいこと?」
「ええ、単刀直入に聞くのだけど、雫ちゃんは五木くんのこと好きなの?」
「えっ?…好きって、そりゃあ友達としては好きだよ…?」
「え~じゃあ私が五木くんと付き合ってもいいってことよね?!」
「え…?」
「だって、友達的な意味なんでしょ?それに…ほら、私の方が五木くんとお似合いだと思うし、そういうことなら雫ちゃん、応援してくれるでしょ?ね?」
私はその圧に、笑顔を作って頷くしか無かった。
その放課後……
珍しく、五木がちょっと付き合えと言ってきて、久しぶりに一緒に帰ることになった。
夏美ちゃんは私の横を通り過ぎるときに
「幼馴染だからってさ、あんま五木くんにベタベタしないでね」
と低いトーンで耳打ちされ、背筋が凍った。
「おい、どした」
五木は私の様子を不審に思ったのか聞いてきたが、私は「ううん、なんでもない」と答え
足早に、なんだかんだ満更でもなさそうな感じで夏美ちゃんと下校する五木を追い越して、帰路についた。
そして、私はある考えにたどり着いた。
夏美ちゃんは私が邪魔だと言うこと。
夏美ちゃんの友達なのか、私にわざわざ「五木くんの隣に相応しくない」「この泥棒猫!」なんて言いがかりしてくる女子までいるのだから。
私を敵視しているのは言うまでもなかった。
だとしたら…これから夏美ちゃんが更に何かをしてくるかもしれない……
不安になったが、さすがに五木に言えるわけは無い。
私がすべきことは夏美ちゃんのために五木と最低限関わらないことだ
でも、せっかく昔みたいに関わり始められたというのに、こちらからそれを台無しにしたくはなかった。
それに、どうしてなのか
五木が夏美ちゃんと親しそうにしていたり
笑いあっているだけで、胸がチクチクと傷む感じがしていた。
そうは言っても夏美ちゃんに監視されている感じがあり、夏美ちゃんの前で二人きりになるのを極力避けていた。
「ねぇ、雫ちゃん。昨日五木くんにお弁当分けてなかった?」
夏美ちゃんがそう問い詰めてきた。
「え?あ、あぁ……まあ、あれは、五木が…」
「……ふーん。ね、ちょっとお話ししない?」
そうして連れていかれたのは、屋上だった。
放課後である今なら誰もいない。
なんだか嫌な予感がする。
と、そのとき夏美ちゃんが言った。
「ねぇ雫ちゃん~五木くんのこと好きなの?」
「前、違うって言ったでしょ…?」
「ふーん、なら近寄んなよ」
「え……」
「私はね、五木くんのことが好きなの。だから、雫ちゃんみたいな子邪魔なの」
「大体、幼馴染の分際で彼女面しないでよ?」
「そ、そんなこと…!」
「だからさぁ……消えてくんない?あは、大丈夫!私優しいからさ~ 五木くんに嫌われるお手伝いぐらいはしてあげるよ?」
有無を言わせぬ圧と声色に、何も返せずにいた。
そんなとき、後ろから聞き覚えのある声が低い声を響かせた。
「何言ってんだお前」
「はっ、五木くん……?」
夏美ちゃんは明らかに動揺していた。
「雫になに吹き込んでんだ」
「吹き込むだなんてそんな!なんもしてないよ~?ただの世間話してただけ!ね、雫ちゃん?」
なにも言わない私に、五木は納得していないようだった。
そして、五木は私の手を引いて歩き出した。
「え、ちょっ、五木?」
助けて…くれた?
五木に問いかけるも歩みは止まらない。
「うるせぇな……お前、アイツになんか言われてただろ。」
「いや……まあそうだけど……」
「…そんで俺の事ちょくちょく避けてたんか」
「……えっと、気づいてたんだ…?」
「気づくわボケが」
「いや、私、五木と夏美ちゃんが付き合ってるって聞いて…」
「しょうもな」
「なっ、しょうもなって…!?」
「……噂に踊らされてんじゃねえよ。俺はお前が俺のこと避けてたのが気に入らねぇ…」
「五木だって、」
「あぁ?見てたんか」
「違う、けど、いやだった。なんか、胸が痛くなるの。意味わからないと思うけど…五木が夏美ちゃんとかと一緒にいるとこ見たら…」
「……っ、それ、お前な…っ」
「と、とにかく…お前は俺の隣に居りゃいいんだっつーの。昔っからそーだろうが」
五木はそう言って私の手を離して、また歩き出した。
「ねえ、もしかしてだけど心配して、助けに来てくれたの…?」
「たり前だろ…つーかお前の事だからどうせ我慢してんだろうなと思っただけだわ」
私はしばらく動けずにいたけど、我に返って慌てて五木の後を追ったのだった。
それから数日後の昼休みのこと。
私はいつも通り屋上でベンチに座り、昼食をとっていたのだが、そこにどうしてか五木がやってきた。
「え、五木……?えっなになに珍しいじゃん」
「別にいいだろ」
そう言って五木は私の隣に座ったので、私は慌てて
「いや、良いけど…また焼きそばパン?」
「悪ぃかよ」
「いや、別に…?…あ、私飲み物買ってくるね!」
そう言って私は五木を置いて屋上を出た。そして自販機でお茶を買い、屋上に戻ると、どうやら五木とクラスメイトの男子が何か話しているのが見え、思わず身を隠した。
内容は、ギリ聞こえる。
「桧山ってぶっちゃけ可愛くね?」
「寝言は寝て言えや」
「いや、本気だって!正直俺もワンチャンあるくね?」
「……は?お前何言ってんの」
「顔だけは可愛いからなぁ~俺も狙っちゃおっかな」
「おい、それ以上言ったら殺すぞてめぇ」
そんな会話が聞こえてきて、私は思わず息を飲んだ。
そして五木が男子を殴る音でハッと我に返る。
「ってぇ、冗談だっての…!本当に五木って桧山のことなるとおっかねぇよな」
「うるせぇ。早くどっか行けよ」
男子が屋上から出ていくのを確認すると、私も今出てきたことを装って五木の元に駆け寄った。
「五木ってやっぱ優しいね」
「は?なんだよ急に」
「さっき男子と話してるの、つい盗み見ちゃって」
「いたんかよ」
五木の耳が少し赤くなっている。
私はそれがなんだか嬉しくて、つい笑みがこぼれたのだった。
「ふふ、私、五木の優しいところ好きだよ?」
「なっ……」
五木はなんだか赤くなって、少しふてくされたように言った。
「あんまそういうこと言うなや」
「……え?どういうこと?」
「……なんでもねーよ」
五木はそう言って、また焼きそばパンを食べ始めたのだった。
その日の放課後、教室で帰り支度をしていると、突然太陽くんが話しかけてきた。
「ねぇ、桧山さん。今日一緒に帰らない?」
「えっ……う、うん!いいよ?」
すると彼は嬉しそうに笑った。
「じゃあ校門のとこで待ってるね」
「分かった!」
そんな会話をして、下駄箱に向かうと五木がいた。
「あれ?五木も今帰り?」
「……ああ」
なんだか少し機嫌が悪いように見える。
でも気のせいだろうと思った。
そのまま五木はスタスタと歩いて行ってしまったので、私は約束していた太陽くんの元に向かうことにした。
「ごめん、おまたせ」
「全然いいよ。じゃあ行こっか」
太陽くんはそう言って歩き出したので私も並んで歩く。
すると突然彼は言った。
「桧山さんと一度こんな風に話してみたかったから、一緒に帰れて嬉しいよ」
「え……?そ、そうだったんだ。私も太陽く…じゃなくて菅野くんと話すの楽しいよ!」
「太陽でいいよ」
「そ、そっか」
私は少し動揺しながらもそう返した。
駅に着くと、改札付近で彼は急に立ち止まり、真剣な顔で私を見つめて言った。
「俺さ……桧山さんのこと好きなんだよね」
「…え?!」
そんな突然の告白に私は思わず固まってしまった。
「だから、もしよければ俺と付き合って欲しいんだ。駄目かな?」
「えっと……」
私は動揺していた。まさか太陽くんに告白されるとは思ってもみなかったからである。
「今日は、それを伝えたかっただけだから…いつでもいいから返事待ってるね」
「あっ、太陽くん……!」
私は呼び止めようとしたが、彼はそのまま改札を通ってホームの方へと走っていってしまった。
どうしよう……太陽くんは良い人だけど、急すぎて、頭が追いつかない。
その日は頭の中はそのことばかりで、あまり眠れなかった気がする。
翌日、一通りの少ない立入禁止という張り紙が掛けられた階段の前で
「はぁ……」
思わずため息がこぼれた。
すると突然後ろから声がした。
「おい」
「え?五木…?」
「お前昨日、菅野と帰ってたろ」
「あ、うん。そうだけど……」
「あいつのこと、好きなんかよ」
「はっ、はあ?!そんなわけないでしょ!ただ、話してみたかったって言われただけで」
「へぇ…」
五木はなんだか不機嫌そうだ。
「それに、太陽くんはいい人だよ…」
「なんだそれ、アイツになんか言われたんか」
「そんなんじゃないし、五木には関係ないこと…!」
「ま、世間話ってとこか。アイツがお前のこと女として見てるわけねぇしな」
「……っ、告白、されたの」
「は……?」
「だから、告白されたの!でも、結構戸惑ってて…昨夜も太陽くんのことばかり考えちゃって、返事はいつでもいいって言ってくれたけど…だって、太陽くんに好きって言われるとか思ってもみなくて…!」
すると突然五木は私の両腕を掴み、私を横の壁にドンッと押し付けてきた。
「なっ、なにするの…!」
「お前、あんま他の男に尻尾振ってんじゃねえぞ」
その低い声に思わずドキッとする。
「なんで、五木にそんなこと言われなきゃ…」
「「てか、いい加減離して!」と声を荒らげようとしたその時、暖かい唇の感触が私に衝撃を与えた。
五木は私の唇を強く奪い、快感と困惑が、私の心を掻き乱した。
「あ……」
そして五木は名残惜しそうに唇を離し、私を解放すると、私の目をじっと見て言った。
「……分かったかよ」
「……っ…か、からかうのもいい加減に…」
すると五木は目を伏せながら答えた。
「…からかってねえ、だから他の男のとこ行くなや。お前のこと本気で好きなやつがここにいんだろうが。」
「は、はあ?!うそ…え、冗談でしょ…っ?」
私が聞き返そうとしたそのとき、チャイムが鳴り響き、彼は先に教室に戻って行った。
五木にキスされるなんて、思ってもみなくて、私は呆然と立ち尽くしてしまう。
が、なんとか私も急いで教室に向かい、席に着く。
暫くして担当の先生がきて、授業が始まった。
どうしよう、授業が始まるというのに、五木のせいで全く頭に入ってこない。
そんなとき、携帯に一通のメールが届いた。
送り主は……太陽くんだった。
「明日の放課後、屋上に来て」
短い文だったけど、きっと告白の返事を聞きたいんだと悟った。
そして次の日の放課後
屋上に行くと既に太陽がいた。
「来てくれたんだね」
「うん……」
「返事、聞かせてくれるかな?」
「……ごめんなさい!」
私がそう言うと彼は一瞬驚いたような顔をしたがすぐに笑顔になって言った。
「そっか……でも、雫さんならそう言うと思ってたよ」
「え……?」
「雫さん、犬神が好きなんでしょ?」
「え、いや違うよ!?あいつは本当に……生意気な幼馴染ってだけ、で…」
「昨日、二人がキスしてるところ見えちゃったんだ」
「……っ!」
私が動揺していると彼は続けて言った。
「だから、犬神が雫さんのこと好きなのはなんとなく分かってた。でも、ごめんね?俺、雫さんのこと……諦めたく無い」
「え…っ」
すると突然彼は私の手首を掴み強引に引き寄せて壁に押し付けた。
そして至近距離で私を見て言った。
「犬神より、俺を見て……?」
そのときだった。屋上の扉がもの凄い勢いと音を立てて開かれた。
「菅野、お前……っ」
五木だった。
そして太陽くんと私の間に割って入る。
「コイツに気安く触んな」
一瞬驚いたような顔をした太陽くんは、また笑顔になって
「まぁいいや。雫さん、いつでも僕は待ってるからね」と最後に一言付け足し、胸の前で手を振って、屋上から出ていった。
残された私と五木の間に沈黙が流れる中、五木と目が合い、先に口を開いたのは五木だった。
「…で、なんであんなことになってんだよ」
「そ、それは……」
私は今までの経緯を説明した。
「この前の告白断ったんだけど……そしたらあんたとキスしてるとこ見ちゃったって言われて…」
すると五木は深いため息をついて、言った。
「……お前さ、無防備すぎんだわ。俺がいなかったら今頃どうなってたと思ってんだ?」
「な、なんで私が説教されなくちゃ!…まあ、五木が来てくれて助かったけどさ…」
ムカムカとした表情のままの五木をチラチラと機嫌を伺うように見ながらそう言った。
「でも、あのときのキス…どういう意味だったのか聞きたいの」
「は……?」
「だって、五木、それだけで、まともに告白もしてくれてないじゃん!」
「太陽くんは五木が私のこと好きなの知ってたみたいなこと言うし!もうワケわからなくて…」
「わ、わかったから落ち着け…ちゃんと説明すっから」
「ただでさえ五木ってなに思ってるかわかりづらいんだからね?」
「……」
五木はバツが悪そうに暫く黙ったあと、小さく呟いた。
「……好き…でしかねぇだろーが。キスする意味なんて」
「えーなんか薄いな~、太陽くんみたいに堂々と言って欲しいんだけど?じゃないと私太陽くんの方に行っちゃうかもな~」
「おいあんま調子乗んなよ?行ったら殺すぞ」
「だったら言ってよ?ね?」
もうこんな横暴な言い合い慣れている。
すると彼は続けた。
「はあ、言えばいんだろ……言ったるわそんぐらい…」
五木は一息ついてから、真剣な顔で再び口を開いた。
「お前を独り占めしてぇの、他の男なんか見んじゃねえ、お前のこといっちゃん理解してんのも好きなんも俺なんだよ。……全部本音だわクソが。…これならいいんか?」
私は思わず目を見開いてしまった。
だって、あの五木が、顔を赤くしながらそこまで私に想いをぶつけてきたから。
「え……うっ、うん…てか、言い過ぎ…もうお腹いっぱいだから」
「んだよわがままな女だな」
その瞬間、こちらまで顔に熱が篭もるのを感じた。
それを見られるのは恥ずかしくて顔を覆ってしまう。
「おい、雫。顔見せろ」
そんな私を見て五木が私の腕を掴んで顔から引き剥がそうとしてくるが、必死に抵抗する。
「はあ?絶対見せない!」
「あ?なんでだよ」
「…今、確実に見せらんない顔してるから」
すると突然腕を掴んでいた手が離れたかと思うと、今度は身体ごと引き寄せられて
私は彼の胸の中にすっぽりと収まってしまった。
「ちょ、ちょっと……!」
顔なんて覆ってる場合じゃなくて、私が慌てて離れようと手で押してみるが、五木はさらに強く抱きしめてきた。
「そんな顔のまま行かせるかよ、わーったら予鈴なるまでこのままでいさせろや」
