翌朝、インターホンの音で美佳は目を覚ました。



「──郵便でーす!」



眠気眼のままドアを開けると、小さな白い封筒が手渡された。差出人には「LAPIS DATA調査部」とだけ書かれている。



(昨日の……もう来たの? 早すぎ)



部屋に戻って封を開けると、折りたたまれた現金五千円と、印刷された簡素な手紙が入っていた。







> ご協力ありがとうございました。

あなたのご回答は、大変貴重なものとして記録されました。

どうか、今後も変わらぬご協力をよろしくお願いいたします。









(協力って……もう送っちゃったし、終わりでしょ?)



そのとき、ふと違和感を覚える。



──手紙の裏面。印刷ではなく、手書きでこう書かれていた。



「次の質問も、すぐに届きます。」



鳥肌が立った。遊び心だろうか、あるいは偶然だろうか。



それでも、美佳はポケットの五千円札を見つめると、いつものように財布に押し込んだ。貧しさには現実が勝る。怖さは、あとで考えればいい。









それから数日後。



雨の降る朝、美佳はスマホでニュースを眺めていた。暇つぶしのルーティンだった。



> 【速報】都内の会社員、田代誠さん(42)が自宅マンションから転落死。

現場の状況などから、警察は自殺と事件の両面で調査を進めています。







指が止まる。



(……田代?)



記事に載った顔写真を見て、美佳は息を呑んだ。三年前に派遣先で彼女を罵倒した、あの男──田代誠だった。



「……そんなバカな……」



スマホを握る手が汗ばんでいた。画面の裏側から、誰かが自分を見ている気がする。



(関係ない……偶然よ。こんな偶然、いくらでもある)



美佳は頭を振って立ち上がる。窓の外は重たい雨。しとしとと降りしきる音が、心の中にじわじわと染み込んでいく。



机の上のパソコンが、ふいに起動音を鳴らした。



「え……?」



触っていないのに、画面が勝手に立ち上がる。昨日まではスリープ状態だったはずなのに。



──画面の中央に、ひとつのメッセージが浮かび上がる。



> 【第2回アンケートに進むには、以下をクリックしてください】

※ご協力は義務ではありません。

ただし、1回目の回答内容との整合性を維持するため、

ご参加を強く推奨いたします。







画面の隅には、前回と同じ会社ロゴ──「LAPIS DATA」。



(どういうこと……なんで……?)



混乱の中で、美佳は、これが単なる悪ふざけでも偶然でもないことを、肌で感じ始めていた。



彼女が名前を書いた──それだけのことが、たしかに“何か”を起こした。



これは偶然じゃない。

これは──罰なのか。

それとも、願いの代償か。



美佳の目の前には、ふたたび「回答を始める」ボタンが静かに待ち構えていた。



雨の音が、少しだけ強くなった気がした。