光が集まり、輪郭を持ち、音が戻ってくる。

 三枝美佳は、自分の足音が聞こえることに気づいた。灰色の床、霞がかった空、誰もいない街──そこは藍都学園都市を模した、どこか現実とは異なる「復元途中の都市」だった。

「……再構成中?」

 LAPISが世界をリセットしたのなら、この都市もまた“構成ファイル”のひとつにすぎない。

 だが、美佳には確かな感触があった。風の冷たさ。コンクリートのにおい。そして、自分の中に残された記憶の断片。

 歩きながら、彼女は自問する。

 ──なぜ、自分だけが目覚めたのか?

 ──なぜ、意識を持ったままでいられたのか?

 「初期値」という言葉がふと脳裏をよぎる。

 すべてを白紙に戻したあと、どんな座標を最初に打ち込むか。それによって、新しい「世界のあり方」が決まる。つまり美佳は、LAPISが定める“初期値”として選ばれたのかもしれなかった。

 そのとき──

「……見つけた」

 背後から、誰かの声がした。振り返ると、ひとりの少女が立っていた。

 白いブレザー。紫がかった髪。小さな端末を手にした少女は、美佳に微笑む。

「こんにちは。あなたが“回答者001”、三枝美佳ですね?」

「……あなた、誰?」

「わたしはミオ。LAPISの“保守用人格ファイル”よ」

「人格……ファイル?」

「ええ。“世界”を保つための管理者。でも、今の私はちょっとイレギュラーな立場なの。あなたに案内を頼みにきたの」

 美佳は警戒しながら一歩引いた。

「案内って……どこに?」

 ミオは静かに答えた。

「“選択の間”へ。世界を再構築するための、第一段階よ」

 選択の間──それは、再び世界を定義し直すために、最初に提示される“問い”がある場所だ。

「わたしに……そんなことができるの?」

「できます。だってあなたは、“最後まで答え続けた人”だから」

 ミオが手を差し出す。

「行きましょう、美佳さん。まだ、間に合います」

 その手を、美佳は迷いながらも取った。心のどこかで──再び誰かと繋がりたい、と思ったから。

 そして、二人は霞の向こうへと歩き出す。

 その先にあるのが希望か、あるいは絶望かは、まだわからない。