「……これにて、文化祭を終了します」
 ……万雷の拍手の中、文化祭実行委員長の都木(とき)先輩が。
 中庭の特設ステージの中央で、深々と一礼する。

 隣の副実行委員長も、合わせて礼をしているものの。
 ……あれ?
 三役のはずの、春香(はるか)先輩はここにはいないようだ。

 まぁ、別に。
 全員が揃わなければならないことは、ないのだけれど。
 都木先輩の『勇姿』を、見にこないなんて。
 それでよかったのだろうかと。
 僕はふと、気になった。

 顔を上げた都木先輩と、一瞬目があって。
 左の手のひらを、ほんのわずか僕にむけてくれる。
「……お疲れさまでした」
 声に出すことはないけれど、先輩にはなんとなくつうじたようで。
 買い被りかも、知れないけれど。

 ……先輩が少し、ほほえんでくれた気がした。


「ちょ、ちょっと待ってくれ!」
 突然、大きな声がすると。
 体育祭実行委員長の、長岡(ながおか)先輩がいきなりうしろのほうから。
「お、俺にもしゃべらせてくれ!」
 人混みをかきわけながら進みだし、ついにはステージにまでのぼってしまう。

「ちょっと、殴り込ませてもらうぞ!」
 そう叫ぶ割に。
「いや、ステージを横取りしてすまん!」
 随分と丁寧な、先輩は。
「それ、ちょっと貸してくれ!」
 都木先輩に向かって、マイクを渡してほしいと頼んでいる。

 ま、まさか……。
 ここで一曲、歌うとか?
「長岡君……どうぞ」
「す、すまん」
 少し戸惑いながら、都木先輩がマイクを渡す。
 スイッチが入っていることを確認した長岡先輩は、大きく息を吸い込むと。

海原(うなはら)(すばる)、どこにいる!」

 思いっきり音割れさせて、突然僕の名前をステージで叫び出す。

 ……な、なんですか?
 まさか、決闘とか?
 ……あぁ、それなら。
 高嶺(たかね)とか、玲香(れいか)ちゃんでも。
 三日くらい、断食させておけばよかった……。

「アンタ、なにバカなこといってんの?」
「えっ……?」
「昴君、呼ばれたんだから早くいきなよ!」
 隣のふたりが、ステージに上がれとうながすけれど。
 台本に出番なんて、なかったはずだけれど……。

 僕より先に、事情を理解したらしく。
 ステージの都木先輩が、小さく僕を手招きすると。
「遅いっ!」
 高嶺が、僕の背中をドンとついてから。
「いまだけだからねっ!」
 ……と。
 よくわからないことを口走ってから、プイと横を向く。


「海原、早くこっちにこいっ!」
 ステージでは長岡先輩が、再度絶叫していて。
 ま、まさか……。
 僕、本当に決闘させられるんですかっ?

「……そんなわけないでしょ。長岡君なりの、愛情表現だよ」
「えっ?」
 予備のマイクを、僕に渡しながら。
 都木先輩が、笑顔でささやくと。

 ……次の瞬間。
 長岡先輩が、僕を指さして。
「みんな、コイツが『委員長』だぁ〜!」
 そう、三度目の雄叫びをあげて。
「ウォーっ!」
 会場からは、まるで地鳴りのような音が返ってくる。

「コイツのおかげでな。俺は、俺はっ!」
 長岡先輩が、向かい合う僕に思いっきりツバを飛ばしながら。
「三年間で今年の学園祭が一番楽しかったぞ!」
「ウォーっ!」
「お前らはどうだぁ〜」
「ウォーっ!」
 叫び終わって、肩でゼェゼェと息をしている。


「……要するに、みんなの感謝の気持ちだよ」
 都木先輩、決闘じゃなかったのはよかったですけれど。
 どうして、僕なんですか……?

 先輩は、僕の疑問など気にせずに。
「海原君、ひとことでいいから。あいさつして」
「えっ?」
 また、台本にないことを振ってきたので……。

「ひ、ひとことでいいんですよね?」
「うん」
 し、仕方がないので僕は。
「い、委員長の。海原昴です」
 そうひとこと、あいさつしたところ。
「ウォーっ!!!」
 ……おぉっ。
 なにをいっても、盛り上がってくれるだけでなく。

「三年間で、一番楽しかった」
 そういって、喜んでくれる先輩たち。
 それになにより、隣の都木先輩が。
 笑顔で本当によかった、そう思えて幸せだったので……。


「……では、失礼します」


 ……。
 ……えっ?

 か、会場が……。
 一気に、静まり返りましたけど。

 な、なにか?
 いけなかった、ですか……?


「ね、ねぇ……! 海原君?」
 都木先輩が、また別のマイクを手に。
 小さくも悲鳴に似た声で、僕を呼んでから。
「……いまのは、冗談だよね?」
 そういうと、会場がドッと笑い出す。

「最高だぜ、委員長!」
 長岡先輩が、血走った目で僕を見る。
 あの……寝不足ですか?
 ……それとも、怒っています?


 ふと、客席の放送部員たちと目が合うと。
 三藤(みふじ)先輩は、すかさず視線を逸らして。
 高嶺が、口元で『バーカ』と僕に伝えてきて。
 玲香ちゃんが、あたたかい目で僕を眺めている。
 多分、言葉が足りなかったってこと……なんですよね?

 で、その隣の……。
 いたっ!
 ステージ向きの人、発見!
 それに……これなら、僕でも話しができる!

「あの、波野(なみの)先輩!」
 思いがけず、大きな声になって。
 長岡先輩が、今度はギョッと驚いた顔で僕を見る。

「そうだね! 姫妃(きき)、おいで!」
 都木先輩の顔が、パッと明るくなり。
「えっ? なになに?」
 下手で戸惑っている、波野先輩に手を差し伸べて。
 ステージにあがるよう、うながしてくれている。


「……僕たち委員会のメンバーは、あまり表舞台は得意ではないのですが」
 僕はそういって、会場を眺めると。
「そういえばひとり、例外がいました」
 その人に、ぜひここにきて欲しいと語り出す。

「……演劇部の部長は、怪我でいまだ入院中です。そして、相方がいなくなったもうひとりの部員は。ギプスと包帯を巻いたまま、委員会のメンバーとして存分に手伝ってくれました」

 会場が一気に、静かになる。
 どうやら、僕は自分語りは苦手だけど。

「……紹介させてください。『演劇部』の、波野姫妃さんです」


 ……誰かのことなら、それなりに説明できるらしい。