『よし! ターゲットロックオン!! 待てーー!』

 だいぶ慣れてきたユウキは一気にリベルとの差を詰めていく。神様としての能力に徐々に慣れ、意志の力だけで自在に海中を駆け抜けていた。

 まるで空を飛んでいるようにサンゴ礁たちが次々と後方へと流れていく。色とりどりの熱帯魚たちが驚いて散らばっていく中、ユウキの手がリベルの青い光に包まれた背中に向かって伸びる。彼女の髪が海流に舞い、まるで人魚の舞踏のように美しかった。

 あともう少し――――。

『おぉっと! 残念でしたーー!』

 あとわずかのところでリベルは急に進路を変え、イルカのような優雅さで水面を目指した――――。

 そのまま勢いよく南国の青空へと飛び出していくリベル。青い光が水面を突き破る瞬間、まるで流星のように美しい軌跡を描いた。

「え……? 空……? も、もしかして……?」

 猛追していたユウキもリベルにつられてバシュッ! と勢いよく空中へと飛び出していく――――。

 ふわぁ……。

 いきなり眼下に広がるエメラルドグリーンの海。なんとユウキは自分の意志の力だけで大空高く舞い上がったのだ。リベルの散らす水しぶきが陽光にキラキラと輝き、まるで宝石の雨のように美しい。ぽっかりと青空に浮かぶ雲など、まるで手が届きそうにすら思えた。

「マジ……かよ……」

 生まれて初めて自力で空を飛んだユウキは、その非現実的な体験に言葉を失う。まさに【神様】になったことを実感する神々しい体験だった。

 しばし呆然としながら石垣島の大自然の空を飛ぶ――――。眼下には珊瑚礁の美しい模様が広がり、遠くには深い青の海が水平線を描いている。

「どう? 空飛ぶのって気持ちいいでしょ?」

 リベルがそばへやってきてウインクした。青い光が風に舞い、まるで天使の後光のように彼女を包んでいる。

「いや、こんなこと……、できていいのかな?」

 ユウキの声には深い戸惑いが滲んでいた。あまりにも人間の常識を超えた体験に、畏れにも似た感情すら覚えてしまう。この力は本当に自分が持っていていいものなのだろうか?

「【神様】が空くらい飛べなくてどうすんのよ! きゃははは!」

 リベルの屈託のない笑い声が青空に響いた。

「いやまぁ、そうなんだけど……」

 ユウキはこの現実をどう受け入れたらいいのか困惑し、胸に何かが詰まったような重苦しい気分に顔をしかめた。

 『大いなる力には大いなる責任が伴う』――――かつて読んだ物語の言葉が頭をよぎる。できることが広がる、それ自体は歓迎すべきことではあったが、身の丈を超えた力はきっと災厄を呼ぶことになるに違いない。それがどんな形で現れるのかは皆目見当もつかなかったが、ユウキは自らの圧倒的な神の力に口をキュッと結んだ。

「何をそんな渋い顔してんのよ。追いかけっこよ! こっこまでおいでー!」

 リベルはそう叫ぶと一気に加速し、ドン! と衝撃波を発して飛行機雲を引きながら大空高く舞い上がっていった――――。

「うはっ!? な、何するんだよぉ! もう……」

 ユウキは突然の衝撃波に驚きながらも、どこか楽しそうな声を上げた。リベルの無邪気さに、重苦しい思考が少しずつ晴れていく。

 リベルの青い光が衝撃波と共に美しく広がり、真っ白な雲の表面に幻想的な光の波紋を作り出していく。それはまるで天界の芸術作品のように美しく、見る者の心を奪う絶景だった。

 あっという間に豆粒のようになって飛行機雲で大きな弧を描くリベル。青い空に白い軌跡と青い光の筋が美しい模様を描く壮麗な交響曲(シンフォニー)を、ユウキは特等席で鑑賞していた。

「ほわぁ……。キミは女神さまにふさわしいよ、ほんとに全く……」

 ユウキは肩をすくめる。リベルの自由奔放さと美しさに、彼の心は徐々に軽やかになっていく。神様の力への不安はまだ消えないが、この美しい女神となら何があっても何とかなるような気がしてきた。


      ◇


 ひとしきり神々しい空の舞踏を楽しんだ二人は、真っ白な砂浜へと戻ってきた。リベルは木陰に腰を下ろし、炭火を熾して肉を焼き始める――――。

 パチッと炭が爆ぜる音が心地よく響き、串に刺した牛肉から立ち上る香しい煙が潮風に流されていく。南国の太陽が傾き始め、空がオレンジ色に染まり始めていた。この地球でたった二人だけの静かで贅沢な時間が、ゆったりと流れている。

「ハイ! そろそろ食べごろよ!」

 リベルは牛肉がパチパチとはじけ始めたのを見てユウキに差し出した。肉の表面が香ばしく焼け、芳醇な香りが立ち上る。

「あ、ありがとう……。もうおなかペコペコだよ」

 ユウキは嬉しそうに串を受け取った。空を飛び回った後の心地よい疲労感と、炭火の温もりが彼を包み込んでいる。

「あのねぇ、【神様】は空腹になんか……」

 リベルが眉をひそめかけるのを制止して、ユウキはニヤッと笑った。

「分かってるよ、空腹なんて念じれば飛んでいくんだろ? でも、空腹は一番の調味料でもあるんだよ」

 そう言いながら肉汁が湧きだしてくるアツアツの牛肉にかぶりつくユウキ。焼きたての肉から溢れる肉汁が唇を濡らし、芳醇な旨味が口の中に広がっていった。