「ふぅん。一体どんな人なのかなぁ……」

 カワウソの声には、恐れよりも好奇心が勝っていた。神様たちを震え上がらせる破天荒な存在。一体どのような人物なのだろうか?

「聞くところによると……青い髪で碧眼だって」

 リベルは少し逡巡した後、渋い顔で言った。

「へ? リベルじゃん」

 ユウキは目を丸くしてリベルを見つめる。

「あなたまでそんなこと! えいえい!」

 リベルはカワウソのほっぺたを軽くつねった。恐るべき危険な存在と同一視されるのはいい気がしないのだ。

「痛ててて! ごめんごめん! でも……、リベルみたいな人が来たら逃げろってことだよね?」

 ユウキは小さな手で頬をさすりながら、恐る恐るリベルを見上げた。

「まぁ……、大天使に目をつけられたら逃げられるとも思えないけどね」

 リベルは肩をすくめる。この神の世界において絶対的な権限を持つ者、それはまさに万能かつ無敵であり、逃げようが何しようが不法侵入者に過ぎない自分たちには到底勝ち目はないのだ。

「そ、そうなんだね……」

 ユウキは自分たちの不安定な立場を改めて思い知らされ、顔をしかめた。

「祈るしか……ないわね」

 リベルは大きくため息をつくと焚火に薪をくべる。

 パチン! と薪がはぜ、火の粉がブワッと舞い上がった――――。

 二人の前に火の粉が踊り、神秘的な光跡を描いた。夜の静寂が深まる中、焚火の温もりが彼らを包み込んでいく。

 ふぁ~あ……。

 かわいいあくびをするカワウソ。小さな身体に睡魔が訪れる。五万年の時を超え、カワウソとなって恐るべき真実を受け止め続けてもうクタクタなのだ。

「あら、おねむなのね。そろそろ寝ましょう……」

 リベルは慈愛に満ちた表情で微笑むと、そっとカワウソの小さな頭に自分のほおを寄せ、愛おしそうにほおずりをした。

「うわぁ!」

 突然の親密な接触に、ユウキは思わず声を上げた。リベルの体温と香りが彼を包み込み、小さな心臓が激しく鼓動する。

「何よ! いちいちうるさいわよ!」

 リベルはカワウソのほほを優しくつねった。

「いや、ちょっと、刺激が強いというか……」

 カワウソは顔を真っ赤に染めてうつむく。

「じゃぁ、おやすみのキスする? くふふふ……」

 リベルの声は蜜のように甘く、誘惑に満ちていた。

「いや、そ、そんな……」

 ドクンとユウキの小さな心臓が激しく鼓動する。

「何よ! 嫌なの?」

 リベルはジト目でユウキをにらんだ。

「嫌なんかじゃないけど……ほら、カワウソだからさ……」

 ユウキは顔をしかめ、うつむいた。こんな動物の姿で、イチゴを思わせる清廉な唇に触れるのはなんだか許されないような気がしてしまうのだ。

「あら、カワウソとのキスも悪くなかったわよ?」

 リベルはいたずらっ子の笑みを浮かべ、瞳を妖しく輝やかせた。

「へ……? ま、まさか……」

 ユウキは慌てて自分の唇をなでる。自分の知らぬところで何があったのだろうか?

「いただきっ」

 リベルはチュッとユウキの唇にキスをした。その一瞬、彼女の青い光が眩いばかりに輝き、二人を温かく包み込む――――。

 光の波紋が周囲に広がり、神聖な瞬間を演出した。

(おほぉ……)

 ユウキはいきなりの行動に完全に凍り付いた。いつだってリベルは突然なのだ。しかし、唇に触れる温かな感触は確かに現実であり、五万年の空白を一瞬で埋め尽くす魔法のようだった。

「ふぅ……。ほら、寝なさい。続きは人間になってからね」

 リベルもほほを赤らめながら、丸太で作った小さな簡易ベッドにそっとカワウソを横たえる――――。まるで赤ちゃんを寝付かせる母親のように。

「う、うん……」

 ユウキは恥ずかしさで顔を真っ赤にしながら、かぶせられたタオルに潜り込む。柔らかな布地の感触が彼を包み込み、心は温かさで満ちていった。

「ゆっくりおやすみ……」

 リベルは慈愛に満ちた笑みを浮かべ、タオルを優しくとんとんと叩く。

「うん、おやすみ……」

 焚火の揺らめく炎と、リベルの青い光が織りなす幻想的な光景の中で、リベルは静かにカワウソを寝かしつけていく。神々の世界で、大胆にも日本を取り戻すという途方もない挑戦の前に訪れた束の間の安らぎ――――。それは小さくも確かな幸福の瞬間だった。