燦々と輝く疑似太陽が巨大な円筒形の【高天(アストラル)神廟(セイクリッド)】の隅へと徐々に移動していく。その光は次第に黄金色から深い紅へと変わり、やがて辺り一帯を真紅に染め上げていった。世界を創造する者たちの住処も地球と同じサイクルを取っているのだ。

 やがて宵闇が静かに彼らを包み込んでいく――――。

 二人は【大いなる泥棒計画(グレートファントム)】について熱心に相談を重ねていた。特に日本を取り戻すとして、いつの時代の日本にするのか? これは単なる時間軸の選択ではなく、取り戻す未来そのものを決める重大な問題だった。

「何言ってんのよ、オムニスの生まれる前がいいわよ」

 リベルは焚火の火を熱心におこしながら、かなり時間を巻き戻すことを主張する。火の粉が舞い上がり、彼女の青い髪に星のように散っていく。

「僕は赤ちゃんなんて嫌だよ!」

 カワウソはムッとして毛並みを逆立て、リベルをにらんだ。大きく巻き戻すということはユウキの身体も巻き戻されてしまうのだ。

「大丈夫だってぇ! 僕が大切に育ててあげるから。くふふふ」

 リベルの瞳が悪戯っぽく輝く。

「もう! またそんなこと言ってぇ! オムニスタワーに潜入する直前でいいよ」

 ユウキはペシペシとリベルの腕を叩いた。リベルのペースでことを進めるときっとひどい目に遭うに違いない。何しろ今だってカワウソにされてしまっているのだ。

「えぇ〜。つまんないの……」

 リベルは口を尖らせて、わざとらしく肩を落とした。

「僕を赤ちゃんにして遊ばないでよ!」

 カワウソは毛並みの整った小さな腕を組んでジト目でリベルをにらんだ……が、リベルにはそれがどうしようもなく愛らしく映ってしまう。彼女の心の中で母性が波のように押し寄せた。

「くふふふ。ごめんごめん」

 リベルはひょいッとカワウソを持ち上げると、愛おしそうに抱きしめる。彼女の柔らかなふくらみが、小さなカワウソの体を包み込んだ。

「いや! ちょっと! 苦しいって!」

 ユウキはリベルの甘い香りに包まれて顔を真っ赤に染め、もがく。

「そんなにきつく抱いてないわよ? 何? 照れてるの? くふふふ……」

 リベルはニヤッと意地悪そうに笑った。

「いや……。その……」

 ユウキは目を挙動不審に動かし――――、諦めて大きくため息をついた。知っている人など全員いないどころか日本そのものが遥か昔に消え去っている今、恥ずかしがるのもまた意味がないように思えるのだ。

 見上げれば居住エリアの方に灯りがともり始め、神域は幽玄な雰囲気を帯びていく。無数の小さな光が闇の中で明滅し、まるで宝石箱のような美しさだった。太陽系の最果ての衛星軌道上にこのような穏やかな神の世界があったのだ――――。

 きっと彼らがたくさんの地球を生み出し、運営し、無数のドラマの舞台を作っている【神様】なのだろう。その存在の壮大さと神秘に、ユウキの心は静かな畏怖で満たされていく。

「【神様】たちはどんな思いで地球を運営しているんだろう?」

 ユウキは小首をかしげた。その瞳には哲学的な問いが宿っていた。

「ん~、どうなのかしらねぇ? 見たところちょっと変わった人たちって感じだったけど」

 リベルはカワウソを膝の上に乗せなおす。

「へぇ……。神様だからといって特別ってわけじゃないのか」

 カワウソは不思議そうにリベルの顔を見つめた。神話や伝説で語られるような高みにいる存在が、実は自分たちと大差ない存在だという事実に、彼は戸惑いを覚えてしまう。

「大天使にひどくおびえていたし、まぁ、一般の神様はサラリーマンみたいなんじゃないの? シランケド」

 リベルは興味なさそうに(たきぎ)をつついた。パチンと爆ぜてうっそうとした森の闇に火の粉が舞い上がり、美しい光跡を描いていく。

「神様がサラリーマン!? ほわぁ……。神様を怯えさせる大天使かぁ……」

 ユウキは小さな口を開けて首を振った。

「【蒼穹の(セレスティアル)審判者(ジャッジメント)】って二つ名がある女性だって。気まぐれで地球吹っ飛ばすらしいわよ」

 リベルの声には、恐怖が垣間見える。【大いなる泥棒計画(グレートファントム)】を進めるうえで一番注意すべき相手なのだ。

「気まぐれで!? ふはぁ……それじゃ神様たちも怯えるわなぁ……。蒼穹の(セレスティアル)……審判者(ジャッジメント)……かぁ」

「『見たら一目散に逃げろ』とまで言われたわよ? どんだけなのよ」

 リベルはチラッとこずえの向こう、宵闇の中でチラチラと微細な光の粒子を放つ漆黒の構造物を見上げた。その巨大な建造物は、夜空に浮かぶ魔王城のように、不吉な存在感を放っている。

「あぁ、あそこに居るのか」

「きっとあの神殿にいるんでしょう。でも、データをいくら探しても一切の情報がヒットしないのよ。逃げろって言われても誰だかわからないわ」

 リベルの声には、諦念が混じっていた。情報が無ければ対策の打ちようがないのだ。