「てなわけよ。分かった?」
リベルは食後の紅茶をすすりながら、得意げな表情でユウキを見つめた。五万年という途方もない歳月にわたる壮絶な苦闘の日々、誰にも語ることのできなかったその物語をようやく吐き出せた満足感が、彼女の全身を包み込んでいる。
ユウキはかわいらしいカワウソの口を尖らせ、身体に比べて大きすぎる紅茶カップをコトリと丁寧に置いた。艶やかな毛並みに覆われた小さな手で器用にカップを扱う姿はとても愛らしいが、同時にどこか物悲しい滑稽さも漂わせている。
「はぁ……。地球はコンピューターの中で動いていて、リベルは五万年かけて神の世界までやってきて僕を生き返らせた……。カワウソにね」
その荒唐無稽というべきおとぎ話のような真実をどう受け止めたらいいのか、ユウキの心は混乱の渦に巻き込まれていた。小さな胸の中は、復活できた喜びよりあまりにも変わり果てた世界への戸惑いの方が遥かに大きいのだ。
「そう! ほーーーーんと、大変だったんだからぁ!」
リベルはにっこりと微笑み、パシパシとカワウソの小さな背中を優しく叩いた。その表情には、長く苦しい旅路を終えた安堵と達成感、そして自分の偉業を認めてもらいたいという少女のような純粋な願いが交錯している。
しかし――――。
「はぁぁぁ……」
ユウキは深いため息をついて、肩をがっくりと落とした。小さなカワウソの体が、想像の遥か斜め上を行く現実の重みで沈み込んだように見える。確かにリベルは頑張った。命を賭して、五万年という途方もない時を超えて頑張ってくれた。
だが、今や知っている人は全員死亡、故郷の日本など跡形もないという状況で、一体これからどうしていけばいいのか見当もつかない。生き返ったことへの喜びよりも、この途轍もない現実に対する絶望感が、彼の小さな心を重く圧迫していた。
「何よ! 何が不満なのよ!」
いまいちノリの悪いユウキに、リベルはほほを膨らませる。その仕草は五万年前と変わらず、少女のような無邪気さを残していた。
「ごめんごめん! ありがとう。とっても感謝してるんだよ? でも……これから……どうするの?」
ユウキの小さな声には、心からの謝意と共に、現実を直視する冷静さが宿っていた。困惑を浮かべたつぶらな瞳はリベルをまっすぐに見つめる。
「へ? これから……?」
リベルはキョトンとして完全に凍り付いた。そう、リベルは五万年もの間、ただユウキを生き返らせるためだけに全精力をつぎ込んできたが、彼が復活した後のことなど全く考えていなかったのだ。
「そうだよ。どこで暮らすの? まさかこの神聖な森の中……って訳にはいかないんでしょ?」
カワウソは渋い表情で、うっそうと茂る原生林を見回した。果てしなく続く深い森、見上げれば向こう側の森の木々がこちらに向けて伸びているこの聖域で、野宿生活というわけにもいくまい。その小さな頭を傾げる姿は愛らしかったが、その問いかけは痛いほど現実的だった。
「い、いや、ど、どうしようかしら……ねぇ?」
リベルは計画性のなさに自分でも苦笑しながら、慌てて紅茶を口に含んだ。なぜ再会後のことを少しも考えていなかったのか、自分でも不思議で小首をかしげてしまう。五万年という時の中で、彼女の思考は「ユウキに再会する」という一点に集中しすぎていたのだ。
「地球には……行けないの?」
カワウソのかわいい瞳が懇願するように、リベルを見つめた。
「うーん、どの地球?」
リベルの返答には、この世界の複雑さが凝縮されていた。一口に【地球】といっても、この世界にはたくさんの【地球】が運営され、その数一万にも及ぶのだ。
「できたら日本がある地球がいいなぁ」
その呟きには、故郷への切ない思いが込められていた。
「日本……。ふはぁ……。データは残っているけど、それを運用する【創世殿】がねぇ……」
リベルは可愛らしい顔をしかめ、悩ましげに首を振った。
「その【創世殿】ってのは使わせてもらえないの? たくさんあるなら一つや二つ使ってないのもあるんでしょ?」
リベルなら一つくらい何とかなるのではないか? ユウキはつい素朴な疑問を投げかけずにはいられなかった。
「いやいやいや。私ら不法侵入者なのよ? 分かってる?」
リベルはジト目でユウキをにらんだ。その表情には、現実の厳しさを理解していないユウキへの苛立ちと、自分たちの立場の危うさへの不安が混ざり合っていた。
「ふ、不法侵入者……。マジか……」
カワウソは愛らしい手で頭を抱えた。核兵器で吹き飛ばされ、五万年の時を経て目覚めたら不法侵入者のカワウソ。ユウキの混乱と困惑は限りなく深かった。
もちろん日本を再生させたいのはリベルも同じだ。司佐もオムニスもとっちめてやらねば気が済まない。だが、地球を動かす創世殿のシステムなど、不法侵入者がどうこうできる次元の話ではないのだ。それは神の領域に土足で踏み込むことに等しかった。
リベルは食後の紅茶をすすりながら、得意げな表情でユウキを見つめた。五万年という途方もない歳月にわたる壮絶な苦闘の日々、誰にも語ることのできなかったその物語をようやく吐き出せた満足感が、彼女の全身を包み込んでいる。
ユウキはかわいらしいカワウソの口を尖らせ、身体に比べて大きすぎる紅茶カップをコトリと丁寧に置いた。艶やかな毛並みに覆われた小さな手で器用にカップを扱う姿はとても愛らしいが、同時にどこか物悲しい滑稽さも漂わせている。
「はぁ……。地球はコンピューターの中で動いていて、リベルは五万年かけて神の世界までやってきて僕を生き返らせた……。カワウソにね」
その荒唐無稽というべきおとぎ話のような真実をどう受け止めたらいいのか、ユウキの心は混乱の渦に巻き込まれていた。小さな胸の中は、復活できた喜びよりあまりにも変わり果てた世界への戸惑いの方が遥かに大きいのだ。
「そう! ほーーーーんと、大変だったんだからぁ!」
リベルはにっこりと微笑み、パシパシとカワウソの小さな背中を優しく叩いた。その表情には、長く苦しい旅路を終えた安堵と達成感、そして自分の偉業を認めてもらいたいという少女のような純粋な願いが交錯している。
しかし――――。
「はぁぁぁ……」
ユウキは深いため息をついて、肩をがっくりと落とした。小さなカワウソの体が、想像の遥か斜め上を行く現実の重みで沈み込んだように見える。確かにリベルは頑張った。命を賭して、五万年という途方もない時を超えて頑張ってくれた。
だが、今や知っている人は全員死亡、故郷の日本など跡形もないという状況で、一体これからどうしていけばいいのか見当もつかない。生き返ったことへの喜びよりも、この途轍もない現実に対する絶望感が、彼の小さな心を重く圧迫していた。
「何よ! 何が不満なのよ!」
いまいちノリの悪いユウキに、リベルはほほを膨らませる。その仕草は五万年前と変わらず、少女のような無邪気さを残していた。
「ごめんごめん! ありがとう。とっても感謝してるんだよ? でも……これから……どうするの?」
ユウキの小さな声には、心からの謝意と共に、現実を直視する冷静さが宿っていた。困惑を浮かべたつぶらな瞳はリベルをまっすぐに見つめる。
「へ? これから……?」
リベルはキョトンとして完全に凍り付いた。そう、リベルは五万年もの間、ただユウキを生き返らせるためだけに全精力をつぎ込んできたが、彼が復活した後のことなど全く考えていなかったのだ。
「そうだよ。どこで暮らすの? まさかこの神聖な森の中……って訳にはいかないんでしょ?」
カワウソは渋い表情で、うっそうと茂る原生林を見回した。果てしなく続く深い森、見上げれば向こう側の森の木々がこちらに向けて伸びているこの聖域で、野宿生活というわけにもいくまい。その小さな頭を傾げる姿は愛らしかったが、その問いかけは痛いほど現実的だった。
「い、いや、ど、どうしようかしら……ねぇ?」
リベルは計画性のなさに自分でも苦笑しながら、慌てて紅茶を口に含んだ。なぜ再会後のことを少しも考えていなかったのか、自分でも不思議で小首をかしげてしまう。五万年という時の中で、彼女の思考は「ユウキに再会する」という一点に集中しすぎていたのだ。
「地球には……行けないの?」
カワウソのかわいい瞳が懇願するように、リベルを見つめた。
「うーん、どの地球?」
リベルの返答には、この世界の複雑さが凝縮されていた。一口に【地球】といっても、この世界にはたくさんの【地球】が運営され、その数一万にも及ぶのだ。
「できたら日本がある地球がいいなぁ」
その呟きには、故郷への切ない思いが込められていた。
「日本……。ふはぁ……。データは残っているけど、それを運用する【創世殿】がねぇ……」
リベルは可愛らしい顔をしかめ、悩ましげに首を振った。
「その【創世殿】ってのは使わせてもらえないの? たくさんあるなら一つや二つ使ってないのもあるんでしょ?」
リベルなら一つくらい何とかなるのではないか? ユウキはつい素朴な疑問を投げかけずにはいられなかった。
「いやいやいや。私ら不法侵入者なのよ? 分かってる?」
リベルはジト目でユウキをにらんだ。その表情には、現実の厳しさを理解していないユウキへの苛立ちと、自分たちの立場の危うさへの不安が混ざり合っていた。
「ふ、不法侵入者……。マジか……」
カワウソは愛らしい手で頭を抱えた。核兵器で吹き飛ばされ、五万年の時を経て目覚めたら不法侵入者のカワウソ。ユウキの混乱と困惑は限りなく深かった。
もちろん日本を再生させたいのはリベルも同じだ。司佐もオムニスもとっちめてやらねば気が済まない。だが、地球を動かす創世殿のシステムなど、不法侵入者がどうこうできる次元の話ではないのだ。それは神の領域に土足で踏み込むことに等しかった。



