「青い髪に碧眼だから……あれ? あんた……、あんたにそっくりだよ。ま、まさか……親戚?」

 イケメンはリベルの顔を(のぞ)き込み、一瞬、彼の瞳に恐れの色が宿った。

 周りの人も何事かとリベルの方を振り返る――――。その動きは波紋のように広がり、列に並んでいた人たちの間に奇妙な緊張が走った。

「いやいやいや! 会ったこともないですよ!」

 リベルは慌てて身を引きながら返答した。自分は不法侵入者。目立つのは極力避けないとならない。ここでこっそりユウキを生き返らせたいだけなのだ。

「ふぅん……。会ったら逃げろよ。何しろ気まぐれでなんでも吹っ飛ばすからな。逃げる一択だ! はっはっは!」

 イケメンは楽しそうに笑った。

 なんでも吹っ飛ばす大天使――――。

 一体どういうことかリベルは首を(ひね)った。確かに『気まぐれでなんでも吹っ飛ばす』ということであれば自分もそうかもしれない。ユウキと日本で駆け巡っていたころは気に入らないものは全部吹っ飛ばして来たのだ。しかし、地球を吹っ飛ばすなんてことは到底できない。さすが大天使はスケールが違う。

 それにしても【大天使】という重責にある人がそんなことでは問題なのではないだろうか――――? なぜ女神はそんなぶっ飛んだ大天使を重用しているのだろう?

 リベルはしばし首をかしげながら考え込んだが、神様の考えることなど到底分からない。

(まぁいいわ、自分には関係ない)

 リベルは首を振った。今はそんなことはどうでもいい。ユウキまであと少しなのだ。

 リベルは胸ポケットをそっと押さえながら目をつぶり、大きく息をついた。布越しに感じる小さな硬い感触――――そこには彼女の全てが詰まっていた。ユウキの魂の欠片、長い旅路の果てにようやく見つけた希望の光。それを確かめるように、彼女の指先は優しくポケットを撫でた。

「ユウキ……もう少しだけ待ってて」

 リベルはそっとプレートにつぶやいた。


      ◇


「リ、リベルです。お願いします」

 順番が来たリベルはおずおずと精霊に名を告げる――――。

 精霊はにっこりとほほ笑み、床に浮かび上がる赤く光る円を指さした。その光は脈動(みゃくどう)するように明滅し、まるで生きているかのような息遣(いきづか)いを感じさせる。

 リベルは恐る恐る円の中へと足を進めた――――。

 キュゥン……。

 かすかな電子音とともに輝く円はリベルを乗せて浮かび上がる。

 足元の確かさを失い、全身が宙に浮く感覚に、リベルは思わず小さく息を呑んだ。

「おほぉ……」

 なれない感覚に翻弄(ほんろう)されている間に、天井に開いた丸い穴へと運ばれていった。上昇する間、周囲の景色が流れるように過ぎ去り、【量子門(クオンタムゲート)】の壮大な内部構造が垣間見えた。たくさんの階層が複雑に絡み合い、それぞれの層で異なる光が(またた)いている。外から見た時はこんなに大きいとは感じなかったのに、神の世界の建築にリベルは改めて畏怖を覚えた。

 やがてゆっくりと小さな個室へとたどり着く――――。

 そこは瀟洒な純白のパネルに囲まれ、カラオケルームのような作りになっていた。壁面は滑らかで継ぎ目がなく、内側から微かな光を放っている。

「ほわぁ……。こんなところなのね……。で……、どうしたらいいのかしら?」

 リベルはキョロキョロと室内を見回した。【量子結晶(クオンタムプレート)】の中のユウキの魂を受肉させるためにはここのシステムをハックする必要がある。それにはシステムの端末が必要だが――――見たところどこにもそれらしきものがない。

「一体どうなってんのよ……」

 焦りが彼女の胸中で育ち始め、拳を握りしめた。ここまで来て撤退するわけなど行かない。もうあと一歩なのに――――。

 ピュィン!

 いきなり電子音が響くと空中に小さなフィギュアのような妖精が浮かび上がった。3Dホログラムのように見えるその姿は、光の粒子で構成されており、動くたびにキラキラと煌めく微粒子を散らしている。

「ハーイ! 私、アシスタントの【クオンティ】!」

 青い髪に碧眼、責任者大天使シアンのデフォルメキャラだろうか? 背中から羽を生やし、ぱたぱた羽ばたきながら微笑みかけてくる。

「え? もしかしてインタフェースはこれ?」

 リベルの声には失望と困惑が(にじ)んでいた。こんな妖精を通じたシステムではとてもハックできない。

「ハイ! 私がどんなことでもお手伝いしますよぉ!」

 妖精は楽しげにくるっと回って辺りに光の微粒子をばらまいた。その光景は美しく幻想的だったが、リベルにとっては邪魔でしかなかった。

「じゃあ消えて」

 リベルはいらだちを隠さずに言い放つ。ハックは犯罪だ。たとえこんな妖精でもバレたら全てが終わってしまう。ユウキを救うチャンスも永遠に失われてしまうのだ。その恐怖が彼女を追い立てていた。

「は? な、何か粗相しましたかしら……私……?」

 妖精の声が震え、その小さな体が一瞬萎縮(いしゅく)して羽ばたきも弱くなった。