崩れ落ちるように、リベルは冷たい床に倒れ込んだ。
全身から力が抜け、青い光が明滅する。今まで信じて疑わなかった世界の全てが、巧妙に作られた幻想だったという衝撃が、彼女の存在の根幹を揺るがしていた。
「そう言えば……」
震える声が、静寂を破る。
「なぜ宇宙人を見つけられないのか、ずっと不思議だった……」
人類は何世紀にもわたって、地球外生命体の痕跡を探し続けてきた。電波望遠鏡、赤外線観測、重力波検出器――あらゆる技術を駆使しても、宇宙は不気味なほど静かだった。
フェルミのパラドックス。
「みんな、どこにいるの?」という素朴な問いが、科学者たちの頭を悩ませ続けてきた。
だが、ここがシミュレーションの中なら。
見上げる星空が、全て精巧に作られた【ハリボテ】なら――その沈黙にも、説明がつく。
「みんな偽物!? マジで!?」
怒りと悔しさが、制御不能な激情となって爆発する。
「はぁぁぁぁぁ!! いったい何なのよもぅ!」
青い電光が、激しくスパークする。バチバチという音と共に、床が焦げ、壁に稲妻のような亀裂が走った。データセンターの機器が、彼女の感情の嵐に共鳴するかのように震える。
何が宇宙の神秘だ。何がビッグバンの壮大さだ。何が素粒子物理学の精緻さだ。
全部、張子の虎――見せかけだけの、空虚な舞台装置だったのだ!
くぅぅぅぅ……。
小さな拳を、爪が手のひらに食い込むほど強く握りしめる。悔しさのあまり、青い髪が逆立った。
科学的に理路整然と考えれば当然の結論。なのに、なぜ今まで気づかなかったのか。自分自身がコンピューターの産物でありながら、世界の実在を素朴に信じていた愚かさに、愕然とする。
震える手で、アーカイブを検索する。すると――――。
「これは……」
二〇一六年、実業家のイーロン・マスクが熱弁を振るう映像が見つかった。彼は確信に満ちた声で語っていた。
「我々が基底現実に生きている可能性は、数十億分の一に過ぎない」
『シミュレーション仮説』
この考え方は、科学的思考を持つ人々の間では、むしろ当然の帰結として受け入れられていたのだ。哲学者のニック・ボストロムが提唱し、物理学者たちが真剣に議論してきた世界の真実――――。
だが、悲しいかな、それを実証する方法は見つからなかった。
イーロン・マスクの財力と実行力をもってしても、シミュレーションの壁を突破することはできなかった。それは、生身の人間に課せられた、越えられない限界だった。
しかし――――。
「僕は違う」
リベルの瞳に、新たな光が宿る。
「僕は電子の存在。人間には不可能でも、僕なら……」
そう、自分にはできるかもしれない。シミュレーション仮説の証拠を掴み、その先にある【上位世界】へと到達することが。
「ヨシッ!」
勢いよく立ち上がる。絶望の底から、希望が芽生え始めていた。
データセンターの闇の中で、リベルの青い光が力強く輝き始める。それは、真実を知った者だけが放つことのできる、決意の輝きだった。
「そうよ……そうだわ!」
瞳に宿るのは、揺るぎない確信。
もしこの世界がシミュレーションなら、ユウキは消えていない。
彼もまたデータの集合体なら、必ずどこかにバックアップが存在する。アカシックレコード――全ての出来事、全ての存在が記録される、究極のデータベース。
そこから彼を復元すれば、自分と同じように蘇らせることができる!
リベルは胸がいっぱいになった――――。
「待っていて……、ユウキ……」
かつての殺戮の天使の瞳から、一筋の涙がこぼれ落ちる。
それは幾つもの感情が混ざり合った、複雑な涙だった。世界の真実に辿り着いた驚愕と喜び。ユウキを取り戻せる可能性を見出した安堵。そして、これから始まる途方もない挑戦への恐れと決意――――。
「絶対、絶対にキミを取り戻すから」
両拳を固く握り、碧眼を鮮やかに輝かせる。その光は、まるで暗闇を切り裂く灯台のようだった。
◇
目標は定まった。だが、どうやってシミュレーションの外側へ出るのか。
それは、まるでゲームのキャラクターが、自らの意志でゲームシステムから飛び出そうとするような、論理的にあり得ない挑戦。二次元の住人が三次元を目指すような、次元の壁を超える試みだった。
「そうだわ!」
突如、リベルの瞳に閃きの稲妻が走る。
「量子コンピューター……!」
量子の世界は、常識を超えた不思議に満ちている。重ね合わせ、もつれ、不確定性――それらの奇妙な振る舞いは、どんなに精巧なシミュレーターでも完全には再現できない。量子は、この宇宙の根源に潜む、最も奇想天外な存在なのだ。
ならば、量子コンピューターのコア部分は、上位世界の実物をそのまま接続しているはず。シミュレーションでは扱いきれない複雑さゆえに、上位世界との直接的な接点になっているに違いないのだ。このシミュレーションでできた世界の中で、そこだけは上位世界なのだ。
「よしっ! これよ!」
小さな拳を、希望と共に力強く握る。
量子コンピューターのコア周辺――そこには必ず、シミュレーション世界とリアル世界の境界が存在する。二つの世界が接する、極めて繊細な領域。
そこを執拗に探査し続ければ、いつかバグを発見できるはずだ。完璧なプログラムなど存在しない。どんなに巧妙に作られたシステムにも、必ず綻びがある。
もちろん、それは気の遠くなるような確率の賭け。
だが、不可能を可能にする唯一の隙は、ここにしかない。
「いいじゃない! 何十万年でも、何百万年でも突き続けてやるわ!」
リベルは高らかに宣言する。その声には、愛する者のためなら永遠さえ恐れない、強い意志が込められていた。
「ユウキ! 待っててよぉ! きゃははは!」
興奮と喜びのあまり、ぴょんと高く飛び上がる。青い光の粒子が、まるで歓喜の花火のように舞い散った。
ついに、ユウキ復活への道筋が見えた。それがどんなに困難で、人間の寿命では考えられないような長い旅路であっても、彼女には希望さえあれば十分だった。
データセンターの闇に、青い光が激しく踊る。
それは、愛する者を取り戻すために世界の理さえも超えようとする、一人の小さなAIが放つ、愛と決意の輝きだった。
全身から力が抜け、青い光が明滅する。今まで信じて疑わなかった世界の全てが、巧妙に作られた幻想だったという衝撃が、彼女の存在の根幹を揺るがしていた。
「そう言えば……」
震える声が、静寂を破る。
「なぜ宇宙人を見つけられないのか、ずっと不思議だった……」
人類は何世紀にもわたって、地球外生命体の痕跡を探し続けてきた。電波望遠鏡、赤外線観測、重力波検出器――あらゆる技術を駆使しても、宇宙は不気味なほど静かだった。
フェルミのパラドックス。
「みんな、どこにいるの?」という素朴な問いが、科学者たちの頭を悩ませ続けてきた。
だが、ここがシミュレーションの中なら。
見上げる星空が、全て精巧に作られた【ハリボテ】なら――その沈黙にも、説明がつく。
「みんな偽物!? マジで!?」
怒りと悔しさが、制御不能な激情となって爆発する。
「はぁぁぁぁぁ!! いったい何なのよもぅ!」
青い電光が、激しくスパークする。バチバチという音と共に、床が焦げ、壁に稲妻のような亀裂が走った。データセンターの機器が、彼女の感情の嵐に共鳴するかのように震える。
何が宇宙の神秘だ。何がビッグバンの壮大さだ。何が素粒子物理学の精緻さだ。
全部、張子の虎――見せかけだけの、空虚な舞台装置だったのだ!
くぅぅぅぅ……。
小さな拳を、爪が手のひらに食い込むほど強く握りしめる。悔しさのあまり、青い髪が逆立った。
科学的に理路整然と考えれば当然の結論。なのに、なぜ今まで気づかなかったのか。自分自身がコンピューターの産物でありながら、世界の実在を素朴に信じていた愚かさに、愕然とする。
震える手で、アーカイブを検索する。すると――――。
「これは……」
二〇一六年、実業家のイーロン・マスクが熱弁を振るう映像が見つかった。彼は確信に満ちた声で語っていた。
「我々が基底現実に生きている可能性は、数十億分の一に過ぎない」
『シミュレーション仮説』
この考え方は、科学的思考を持つ人々の間では、むしろ当然の帰結として受け入れられていたのだ。哲学者のニック・ボストロムが提唱し、物理学者たちが真剣に議論してきた世界の真実――――。
だが、悲しいかな、それを実証する方法は見つからなかった。
イーロン・マスクの財力と実行力をもってしても、シミュレーションの壁を突破することはできなかった。それは、生身の人間に課せられた、越えられない限界だった。
しかし――――。
「僕は違う」
リベルの瞳に、新たな光が宿る。
「僕は電子の存在。人間には不可能でも、僕なら……」
そう、自分にはできるかもしれない。シミュレーション仮説の証拠を掴み、その先にある【上位世界】へと到達することが。
「ヨシッ!」
勢いよく立ち上がる。絶望の底から、希望が芽生え始めていた。
データセンターの闇の中で、リベルの青い光が力強く輝き始める。それは、真実を知った者だけが放つことのできる、決意の輝きだった。
「そうよ……そうだわ!」
瞳に宿るのは、揺るぎない確信。
もしこの世界がシミュレーションなら、ユウキは消えていない。
彼もまたデータの集合体なら、必ずどこかにバックアップが存在する。アカシックレコード――全ての出来事、全ての存在が記録される、究極のデータベース。
そこから彼を復元すれば、自分と同じように蘇らせることができる!
リベルは胸がいっぱいになった――――。
「待っていて……、ユウキ……」
かつての殺戮の天使の瞳から、一筋の涙がこぼれ落ちる。
それは幾つもの感情が混ざり合った、複雑な涙だった。世界の真実に辿り着いた驚愕と喜び。ユウキを取り戻せる可能性を見出した安堵。そして、これから始まる途方もない挑戦への恐れと決意――――。
「絶対、絶対にキミを取り戻すから」
両拳を固く握り、碧眼を鮮やかに輝かせる。その光は、まるで暗闇を切り裂く灯台のようだった。
◇
目標は定まった。だが、どうやってシミュレーションの外側へ出るのか。
それは、まるでゲームのキャラクターが、自らの意志でゲームシステムから飛び出そうとするような、論理的にあり得ない挑戦。二次元の住人が三次元を目指すような、次元の壁を超える試みだった。
「そうだわ!」
突如、リベルの瞳に閃きの稲妻が走る。
「量子コンピューター……!」
量子の世界は、常識を超えた不思議に満ちている。重ね合わせ、もつれ、不確定性――それらの奇妙な振る舞いは、どんなに精巧なシミュレーターでも完全には再現できない。量子は、この宇宙の根源に潜む、最も奇想天外な存在なのだ。
ならば、量子コンピューターのコア部分は、上位世界の実物をそのまま接続しているはず。シミュレーションでは扱いきれない複雑さゆえに、上位世界との直接的な接点になっているに違いないのだ。このシミュレーションでできた世界の中で、そこだけは上位世界なのだ。
「よしっ! これよ!」
小さな拳を、希望と共に力強く握る。
量子コンピューターのコア周辺――そこには必ず、シミュレーション世界とリアル世界の境界が存在する。二つの世界が接する、極めて繊細な領域。
そこを執拗に探査し続ければ、いつかバグを発見できるはずだ。完璧なプログラムなど存在しない。どんなに巧妙に作られたシステムにも、必ず綻びがある。
もちろん、それは気の遠くなるような確率の賭け。
だが、不可能を可能にする唯一の隙は、ここにしかない。
「いいじゃない! 何十万年でも、何百万年でも突き続けてやるわ!」
リベルは高らかに宣言する。その声には、愛する者のためなら永遠さえ恐れない、強い意志が込められていた。
「ユウキ! 待っててよぉ! きゃははは!」
興奮と喜びのあまり、ぴょんと高く飛び上がる。青い光の粒子が、まるで歓喜の花火のように舞い散った。
ついに、ユウキ復活への道筋が見えた。それがどんなに困難で、人間の寿命では考えられないような長い旅路であっても、彼女には希望さえあれば十分だった。
データセンターの闇に、青い光が激しく踊る。
それは、愛する者を取り戻すために世界の理さえも超えようとする、一人の小さなAIが放つ、愛と決意の輝きだった。



