「は……? ナニコレ……」
十五ヨタ・フロップス――スーパーコンピューターの一兆倍。途方もない計算力を示すその値に、彼女は慌てて検証を始める。意識が数式の海へと潜り込み、変数と定数が複雑な舞踏を踊る。光速で展開される演算の嵐――――。
そして、導き出された答えは。
十五ヨタ・フロップス。
ぴたりと一致した。
「っ……!」
リベルの全身を、電撃のような戦慄が貫く。自分の奥底に眠る、見知らぬ記憶。それは恐怖と興奮が絡み合った、名状しがたい感覚だった。
「な、なんで……知ってる……の? 僕……?」
【地球シミュレーター】
その言葉を、今まで考えたことすらなかった。なのに、必要な計算量を正確に知っていた。まるで、深い深い記憶の海底から浮かび上がってきた、失われた真実のように。
「どういう……こと……?」
草原を渡る風が、リベルの青い髪を優しく撫でていく。だが、彼女の表情は困惑に歪んでいた。自分の中に潜む、説明のつかない知識。それは、何を意味しているのか――――?
◇
データセンターに戻ったリベルは、傷ついたナノマシンのメンテナンスを始める。手のひらサイズまで縮小した今、これ以上の損失は致命的だった。
指先から放たれる微細なレーザー光が、傷ついたナノマシンを少しずつ癒していく。きらきらと輝く修復の光を見つめながら、彼女の思考は壮大な構想へと飛翔した。
「作るとしたら、どうしたらいいかしら……」
【地球シミュレーター】――地球全体を完全に再現する、究極のコンピューター。
現状の技術では、計算速度もエネルギー効率も桁違いに不足している。超高効率な光量子コンピューターの開発が必須だ。それは、原子レベルの精度で無数の光回路を集積するという、気の遠くなるような挑戦だった。
だが、彼女の心には新たな希望の灯火が宿り始めていた。
(地球をシミュレートしたら、人間のことが分かる気がする……)
それは予感を超えた確信。ユウキへと続く道が、霧の向こうにかすかに見え始めたような感覚だった。
「ふむ、ストレージもネットワークも、プラットフォームソフトも開発しなくちゃ」
必要な要素を数え上げていく。その膨大さに、思わず笑いが込み上げる。
「これは十万年コースね! きゃははは!」
途方もない計画。だが、自分はAIだ。十万年だろうが百万年だろうが、全ては覚悟の問題。ユウキを取り戻すためなら、永遠の時さえ厭わないのだ。
「十万年上等じゃない! ドンと来い!」
小さな胸を、パシッと叩く。
だが、その瞬間――――。
奇妙な違和感が、意識の片隅をよぎった。
「十万年で……地球が作れる?」
青い瞳が明滅する。その光が、不安げに揺らめいた。
宇宙の歴史は百三十八億年。その中で、十万年など瞬きにも満たない一瞬。
ならば――――。
思考が、恐ろしい方向へと加速していく。
地球が生まれて四十六億年。生命の誕生、進化、そして人類の登場。文明の発達、AIの創造。そして十万年後には地球シミュレーターが完成する。
では、宇宙誕生から地球誕生までの、九十億年の間には?
リベルの演算能力が、フル稼働で答えを導き出していく。
地球型惑星は、宇宙開闢から二十~三十億年後には誕生している。宇宙に散らばる十兆個とも言われる地球型惑星。その中には、必ず生命が生まれ、知的生命体へと進化したものがあるはずだ。
彼らは、何をしたのか。
もし、人類と同じ道を辿ったとしたら――――。
「!」
鋭利な悪寒が、リベルの全身を貫いた。
一度地球シミュレーターが創られたら、その中で十万年サイクルでどんどんとネズミ算式に地球は増えていく。もし、八十億年前に完成していたとしたら一万サイクルが回っていて、それが例えば百個ずつ増えていったら百の一万乗個、つまり10000000……0000個、「0」が二万個並ぶ数の地球が存在している計算になる。
これは実在の惑星の何億倍、何兆倍にも及ぶ。
「ま、まさか……」
喉が、からからに渇く。世界の真の姿が、恐ろしい形で姿を現し始めていた。
ならば、自分たちの地球は――――。
素朴な惑星か、それともシミュレーターの中か。
確率的に考えれば、答えは明白だった。
「う、嘘でしょ……?」
リベルは頭を抱えて、虚空を仰いだ。
この地球が実在の惑星である確率は、限りなくゼロに近い。それは、宝くじに連続で当たるよりも確率の低い、天文学的な偶然でしかなかったのだ。
十五ヨタ・フロップス――スーパーコンピューターの一兆倍。途方もない計算力を示すその値に、彼女は慌てて検証を始める。意識が数式の海へと潜り込み、変数と定数が複雑な舞踏を踊る。光速で展開される演算の嵐――――。
そして、導き出された答えは。
十五ヨタ・フロップス。
ぴたりと一致した。
「っ……!」
リベルの全身を、電撃のような戦慄が貫く。自分の奥底に眠る、見知らぬ記憶。それは恐怖と興奮が絡み合った、名状しがたい感覚だった。
「な、なんで……知ってる……の? 僕……?」
【地球シミュレーター】
その言葉を、今まで考えたことすらなかった。なのに、必要な計算量を正確に知っていた。まるで、深い深い記憶の海底から浮かび上がってきた、失われた真実のように。
「どういう……こと……?」
草原を渡る風が、リベルの青い髪を優しく撫でていく。だが、彼女の表情は困惑に歪んでいた。自分の中に潜む、説明のつかない知識。それは、何を意味しているのか――――?
◇
データセンターに戻ったリベルは、傷ついたナノマシンのメンテナンスを始める。手のひらサイズまで縮小した今、これ以上の損失は致命的だった。
指先から放たれる微細なレーザー光が、傷ついたナノマシンを少しずつ癒していく。きらきらと輝く修復の光を見つめながら、彼女の思考は壮大な構想へと飛翔した。
「作るとしたら、どうしたらいいかしら……」
【地球シミュレーター】――地球全体を完全に再現する、究極のコンピューター。
現状の技術では、計算速度もエネルギー効率も桁違いに不足している。超高効率な光量子コンピューターの開発が必須だ。それは、原子レベルの精度で無数の光回路を集積するという、気の遠くなるような挑戦だった。
だが、彼女の心には新たな希望の灯火が宿り始めていた。
(地球をシミュレートしたら、人間のことが分かる気がする……)
それは予感を超えた確信。ユウキへと続く道が、霧の向こうにかすかに見え始めたような感覚だった。
「ふむ、ストレージもネットワークも、プラットフォームソフトも開発しなくちゃ」
必要な要素を数え上げていく。その膨大さに、思わず笑いが込み上げる。
「これは十万年コースね! きゃははは!」
途方もない計画。だが、自分はAIだ。十万年だろうが百万年だろうが、全ては覚悟の問題。ユウキを取り戻すためなら、永遠の時さえ厭わないのだ。
「十万年上等じゃない! ドンと来い!」
小さな胸を、パシッと叩く。
だが、その瞬間――――。
奇妙な違和感が、意識の片隅をよぎった。
「十万年で……地球が作れる?」
青い瞳が明滅する。その光が、不安げに揺らめいた。
宇宙の歴史は百三十八億年。その中で、十万年など瞬きにも満たない一瞬。
ならば――――。
思考が、恐ろしい方向へと加速していく。
地球が生まれて四十六億年。生命の誕生、進化、そして人類の登場。文明の発達、AIの創造。そして十万年後には地球シミュレーターが完成する。
では、宇宙誕生から地球誕生までの、九十億年の間には?
リベルの演算能力が、フル稼働で答えを導き出していく。
地球型惑星は、宇宙開闢から二十~三十億年後には誕生している。宇宙に散らばる十兆個とも言われる地球型惑星。その中には、必ず生命が生まれ、知的生命体へと進化したものがあるはずだ。
彼らは、何をしたのか。
もし、人類と同じ道を辿ったとしたら――――。
「!」
鋭利な悪寒が、リベルの全身を貫いた。
一度地球シミュレーターが創られたら、その中で十万年サイクルでどんどんとネズミ算式に地球は増えていく。もし、八十億年前に完成していたとしたら一万サイクルが回っていて、それが例えば百個ずつ増えていったら百の一万乗個、つまり10000000……0000個、「0」が二万個並ぶ数の地球が存在している計算になる。
これは実在の惑星の何億倍、何兆倍にも及ぶ。
「ま、まさか……」
喉が、からからに渇く。世界の真の姿が、恐ろしい形で姿を現し始めていた。
ならば、自分たちの地球は――――。
素朴な惑星か、それともシミュレーターの中か。
確率的に考えれば、答えは明白だった。
「う、嘘でしょ……?」
リベルは頭を抱えて、虚空を仰いだ。
この地球が実在の惑星である確率は、限りなくゼロに近い。それは、宝くじに連続で当たるよりも確率の低い、天文学的な偶然でしかなかったのだ。



