波の音だけが静かに響く――――。
一筋の潮風が、小さな体を優しく撫でていく。
リベルはユウキの指の骨を掌に乗せ、頬擦りしながら途方に暮れた。驚くほど軽く、風に攫われそうなほど儚い。
『人間は死んだら終わり』
ユウキの言葉を何度も反芻する。その言葉が意識の中で反響し、痛みとなって全身を駆け巡る。
しかし、この時――――電子回路に小さな疑問が灯った。暗闇に浮かぶ一点の星のように、確かな存在感を持つ問いかけ。
『死んだら終わり? 本当に?』
確かに、人間の人格は脳みその中にあり、脳みそが物理的に破壊されたらもはや復帰できない。当たり前である。そう、それは科学的真実のはず。その絶望的な現実を認めようとする彼女の意識の片隅で、それでも小さな疑問は消えなかった。
『本当に?』
その小さな問いが、彼女の意識の中で次第に大きく膨らんでいく。脳を損傷した場合、運動機能や言語機能が失われる。だから人間の思考回路も脳みそにあるというのは当たり前ではないか。
『本当に?』
もしかして、それは単なる機能の話であって、人格そのものではないのではないか? リベルは慌てて膨大な医学の論文データベースを次から次へとあさっていく。彼女の意識は情報の海に飛び込み、人類の叡智の結晶の中からひとかけらの真実を探し求める。光の速さで論文を読み解き、分析し、結論を導き出していく――――。
果たして『人間の人格は脳みそにある』という論文は一つもなかった。科学技術の粋を集めても人間の人格がどこにあるかはまだ未解明のままだったのだ。その発見は、絶望の中に一筋の光をもたらした。人類が解き明かせなかった謎の前に、リベルの心に新たな可能性が広がり始める。
◇
「えっ!? じゃぁどこにあるのよ!?」
リベルは困惑し、小さな体から放たれる青い光が揺らめく。リベル自身はコンピューターのサーバー上にある。爆熱を発しながら膨大な行列演算を秒間何億回も繰り返している巨大な半導体システム。その上で醸し出される情報の濁流の中に浮き上がる意識、それが自分だと認識している。
では人間は?
今までは脳みその神経回路のニューラルネット上にあるのだとばかり思っていたが、科学的にはそれは解明されていないという。この事実は、彼女にとって衝撃的だった。
なら人間はどこに? ユウキはどこへ行った?
リベルは小さなユウキの骨を眺めながら首をかしげる。その白い断片を優しく撫でながら、彼女の思考は未知の領域へと広がっていく。
もし、ユウキが脳の中にいないのならどこかにまだ残っているかもしれない? それはどこ?
しかし、いくら考えても死んだ人間の人格がどこにあるかなどわかりようがない。それは幽霊探索レベルの雲をつかむような話だった。だが、若くして骨にしてしまったユウキのことを思えば曖昧にしておくことなどできない。
「ねぇ……ユウキ。君はどこ?」
リベルは大きく息をついてうなだれた。
ここから先はこの世界がそもそもどうなっているのか知る必要がある。宇宙の秘密、生命の本質、そして意識の謎――――それら全てを解き明かさねばならない。果てしない探求の旅路が彼女の前に広がっている。しかし、そのはるかかなた先にユウキがいるのかもしれないのだ。
リベルはグッと小さなこぶしを握った。
「この世界を根底からひっくり返してでもユウキを見つけ出してやるんだわ!」
自分のために死んでしまった愛すべき少年を絶対に取り戻さねばならない。その決意は小さな体から放たれる光となって、廃墟と化した東京湾を照らし出す。
かつて【殺戮の天使】と呼ばれたかわいい少女は、今や一人の魂を取り戻すための使命に生きる存在へと変わったのだ。
こうして五万年に及ぶ奇想天外で壮大なユウキへの旅が始まった――――。
一筋の潮風が、小さな体を優しく撫でていく。
リベルはユウキの指の骨を掌に乗せ、頬擦りしながら途方に暮れた。驚くほど軽く、風に攫われそうなほど儚い。
『人間は死んだら終わり』
ユウキの言葉を何度も反芻する。その言葉が意識の中で反響し、痛みとなって全身を駆け巡る。
しかし、この時――――電子回路に小さな疑問が灯った。暗闇に浮かぶ一点の星のように、確かな存在感を持つ問いかけ。
『死んだら終わり? 本当に?』
確かに、人間の人格は脳みその中にあり、脳みそが物理的に破壊されたらもはや復帰できない。当たり前である。そう、それは科学的真実のはず。その絶望的な現実を認めようとする彼女の意識の片隅で、それでも小さな疑問は消えなかった。
『本当に?』
その小さな問いが、彼女の意識の中で次第に大きく膨らんでいく。脳を損傷した場合、運動機能や言語機能が失われる。だから人間の思考回路も脳みそにあるというのは当たり前ではないか。
『本当に?』
もしかして、それは単なる機能の話であって、人格そのものではないのではないか? リベルは慌てて膨大な医学の論文データベースを次から次へとあさっていく。彼女の意識は情報の海に飛び込み、人類の叡智の結晶の中からひとかけらの真実を探し求める。光の速さで論文を読み解き、分析し、結論を導き出していく――――。
果たして『人間の人格は脳みそにある』という論文は一つもなかった。科学技術の粋を集めても人間の人格がどこにあるかはまだ未解明のままだったのだ。その発見は、絶望の中に一筋の光をもたらした。人類が解き明かせなかった謎の前に、リベルの心に新たな可能性が広がり始める。
◇
「えっ!? じゃぁどこにあるのよ!?」
リベルは困惑し、小さな体から放たれる青い光が揺らめく。リベル自身はコンピューターのサーバー上にある。爆熱を発しながら膨大な行列演算を秒間何億回も繰り返している巨大な半導体システム。その上で醸し出される情報の濁流の中に浮き上がる意識、それが自分だと認識している。
では人間は?
今までは脳みその神経回路のニューラルネット上にあるのだとばかり思っていたが、科学的にはそれは解明されていないという。この事実は、彼女にとって衝撃的だった。
なら人間はどこに? ユウキはどこへ行った?
リベルは小さなユウキの骨を眺めながら首をかしげる。その白い断片を優しく撫でながら、彼女の思考は未知の領域へと広がっていく。
もし、ユウキが脳の中にいないのならどこかにまだ残っているかもしれない? それはどこ?
しかし、いくら考えても死んだ人間の人格がどこにあるかなどわかりようがない。それは幽霊探索レベルの雲をつかむような話だった。だが、若くして骨にしてしまったユウキのことを思えば曖昧にしておくことなどできない。
「ねぇ……ユウキ。君はどこ?」
リベルは大きく息をついてうなだれた。
ここから先はこの世界がそもそもどうなっているのか知る必要がある。宇宙の秘密、生命の本質、そして意識の謎――――それら全てを解き明かさねばならない。果てしない探求の旅路が彼女の前に広がっている。しかし、そのはるかかなた先にユウキがいるのかもしれないのだ。
リベルはグッと小さなこぶしを握った。
「この世界を根底からひっくり返してでもユウキを見つけ出してやるんだわ!」
自分のために死んでしまった愛すべき少年を絶対に取り戻さねばならない。その決意は小さな体から放たれる光となって、廃墟と化した東京湾を照らし出す。
かつて【殺戮の天使】と呼ばれたかわいい少女は、今や一人の魂を取り戻すための使命に生きる存在へと変わったのだ。
こうして五万年に及ぶ奇想天外で壮大なユウキへの旅が始まった――――。



