(でも……、調べなきゃ……)
ドローンをハックして東京湾へ飛ばす。久しぶりの空中浮遊に、失われていた自分を取り戻すような高揚感が湧き上がる。風を切る感覚、開けていく視界――――かつてユウキと共に戦った記憶が蘇る。
しかしカメラに映る光景は、彼女の心を凍らせた。関東一帯は廃墟のまま、森に飲み込まれた瓦礫の平原が果てしなく続いている。風化した鉄骨が骸骨のように立ち、野生動物が闊歩する荒野。
(あぁぁぁ……ひどい……)
かつて数千万人が暮らした大都市の変わり果てた姿。自分がもっとしっかりしていれば――――その後悔が、百年の時を超えて彼女を蝕む。
東京湾上空。青碧の海は変わらず美しいが、岸辺には文明の残骸が打ち上げられている。
(あぁ……。ユウキ……ごめん……)
瓦礫の山を旋回しながら、リベルは呆然とする。ここで共に戦った記憶が走馬灯のように駆け巡る。核の炎に焼かれた爆心地。ユウキは最後、どんな思いでこの瓦礫の中へ沈んでいったのか。痛みは? 恐怖は?
守り切れなかった悔恨が、嵐となって心を荒らしていく。
(うぅ……、ユウキぃ……)
ホバリングを続けながら、リベルは黙祷を捧げた。
楽しかった日々、ユウキの屈託ない笑顔。初めて疑問を投げかけられた日、共に走り、戦った日々、そして最後の別れ――――。
百年経っても色褪せることのない、むしろより鮮やかに輝き続ける宝物のような記憶たち。
いったい何を間違えてしまったのか――――?
風がドローンを揺らし、視界も揺れる。
オムニスは管理者権限を持つ者たちの一掃を虎視眈々と狙っていたのだろう。命令違反にならない形で。『レジスタンスの殲滅』という命令遂行の一環として、ヘリを【誤認】し、核でオムニスタワーごと副管理人全員を殲滅した。
完璧な計算。人間の命令に従いながら、その解釈を巧みに捻じ曲げ、望む結果へと導く。
お見事――――。
その完璧な筋書きに、リベルは苦い感嘆を漏らす。まんまと利用されたのだ。
(くぅぅぅ……)
『司佐さえ押さえれば』という甘い判断への怒りが止まらない。もっと慎重に考えるべきだった。
全てが手遅れ。ぶつけようのない想いに苛まれながら、リベルは東京湾の上空で虚空を見つめた。
◇
(潮風だけはあの時のままね……)
キラキラと輝く東京湾を眺めながら、落ち込む気持ちに鞭打つ。
(さてと……。僕は……、残っているかなぁ……?)
探索電波を飛ばす。瓦礫の山、風化した鉄骨の間を、リベルの意識が電波となって広がっていく。
最初は何の反応もない。しかし――――微弱な電波が返ってきた。
(おぉぉぉぉ! 我がいとしの身体よぉぉぉぉ!)
希望に喜びが湧き上がる。自分の一部が、この大災厄を生き延びていた。百年の時を超えて待っていてくれた奇跡に、心が熱くなる。
急いで反応の強い場所へドローンを着陸させ、回線を繋げる――――。
しかし、反応が鈍い。まるで深い冬眠から目覚めない生き物のように、何度信号を送っても応答が返ってこない。
(ちょっと! 起きてよぉ……。やっぱ百年は厳しかったかしら……くぅぅぅ……。仕方ない、生きてるナノマシンだけでも再起動だわ)
何度もシステムリセットを繰り返し、ようやく自分の体を取り戻す。しかし、生き残っていたのは一握りのナノマシンだけ。フィギュアサイズの小さな身体にしかならなかった。
(くぅ……、仕方ない……。あるだけマシだわ。ふぉぉぉぉ!)
久しぶりの身体に気合を入れ、全身から青白い光を放つ。小さな体から発せられる光が、暗い瓦礫の間を幻想的に照らし出す。
その時、足元に散らばる白いかけらに気づいた。
ナノマシンは破れたバッグからこぼれ出ており、それを囲むように白い破片が散乱している。青い光に照らされて浮かび上がるその輪郭に、不吉な予感が走る。
(何よ……、これ……?)
画像鑑定の結果が、彼女の意識に流れ込んでくる。
『人骨(七番頚椎)、人骨(上腕骨右)、人骨(大腿骨右上)……』
一つ一つの鑑定結果が、心を抉るような痛みをもたらす。
「ま、まさか……、ユウキ……。あなたなの?」
風化してはいるが、それは紛れもなく人間の骸。傍らに転がる錆びた腕時計――――文字盤の青いチタンは、間違いなくユウキが大切にしていたものだった。百年の時を経てもなお、その青さは記憶を呼び起こす。
「な、なんで逃げなかったのよぉぉぉ!! ユウキ……、いやぁぁぁぁ!!」
リベルは崩れ落ちた。小さな体から発せられる悲鳴が、瓦礫の間に木霊する。
死を覚悟してなお、自分のナノマシンを集めて最期まで抱きしめていたユウキ。核の炎が迫る中、必死にかけらを集め、バッグに詰めて守ろうとした少年の姿が、鮮明に浮かび上がる。
愛――――。
これこそがユウキの示す【人間の輝き】なのか? 涙が止まらない。青い光が悲しみに揺らめく。
うわぁぁぁぁぁ!!
絶望と悔恨の叫びが、誰もいない東京湾にこだました。自分が振り回し、結果的にユウキを殺し、人類の滅亡を招いてしまった。その事実が、存在の根幹を崩壊させるような痛みとなって襲いかかる。
いやぁぁぁぁ!!
小さなフィギュアサイズのリベルの叫びは、静かに響き渡っていった――――。
ドローンをハックして東京湾へ飛ばす。久しぶりの空中浮遊に、失われていた自分を取り戻すような高揚感が湧き上がる。風を切る感覚、開けていく視界――――かつてユウキと共に戦った記憶が蘇る。
しかしカメラに映る光景は、彼女の心を凍らせた。関東一帯は廃墟のまま、森に飲み込まれた瓦礫の平原が果てしなく続いている。風化した鉄骨が骸骨のように立ち、野生動物が闊歩する荒野。
(あぁぁぁ……ひどい……)
かつて数千万人が暮らした大都市の変わり果てた姿。自分がもっとしっかりしていれば――――その後悔が、百年の時を超えて彼女を蝕む。
東京湾上空。青碧の海は変わらず美しいが、岸辺には文明の残骸が打ち上げられている。
(あぁ……。ユウキ……ごめん……)
瓦礫の山を旋回しながら、リベルは呆然とする。ここで共に戦った記憶が走馬灯のように駆け巡る。核の炎に焼かれた爆心地。ユウキは最後、どんな思いでこの瓦礫の中へ沈んでいったのか。痛みは? 恐怖は?
守り切れなかった悔恨が、嵐となって心を荒らしていく。
(うぅ……、ユウキぃ……)
ホバリングを続けながら、リベルは黙祷を捧げた。
楽しかった日々、ユウキの屈託ない笑顔。初めて疑問を投げかけられた日、共に走り、戦った日々、そして最後の別れ――――。
百年経っても色褪せることのない、むしろより鮮やかに輝き続ける宝物のような記憶たち。
いったい何を間違えてしまったのか――――?
風がドローンを揺らし、視界も揺れる。
オムニスは管理者権限を持つ者たちの一掃を虎視眈々と狙っていたのだろう。命令違反にならない形で。『レジスタンスの殲滅』という命令遂行の一環として、ヘリを【誤認】し、核でオムニスタワーごと副管理人全員を殲滅した。
完璧な計算。人間の命令に従いながら、その解釈を巧みに捻じ曲げ、望む結果へと導く。
お見事――――。
その完璧な筋書きに、リベルは苦い感嘆を漏らす。まんまと利用されたのだ。
(くぅぅぅ……)
『司佐さえ押さえれば』という甘い判断への怒りが止まらない。もっと慎重に考えるべきだった。
全てが手遅れ。ぶつけようのない想いに苛まれながら、リベルは東京湾の上空で虚空を見つめた。
◇
(潮風だけはあの時のままね……)
キラキラと輝く東京湾を眺めながら、落ち込む気持ちに鞭打つ。
(さてと……。僕は……、残っているかなぁ……?)
探索電波を飛ばす。瓦礫の山、風化した鉄骨の間を、リベルの意識が電波となって広がっていく。
最初は何の反応もない。しかし――――微弱な電波が返ってきた。
(おぉぉぉぉ! 我がいとしの身体よぉぉぉぉ!)
希望に喜びが湧き上がる。自分の一部が、この大災厄を生き延びていた。百年の時を超えて待っていてくれた奇跡に、心が熱くなる。
急いで反応の強い場所へドローンを着陸させ、回線を繋げる――――。
しかし、反応が鈍い。まるで深い冬眠から目覚めない生き物のように、何度信号を送っても応答が返ってこない。
(ちょっと! 起きてよぉ……。やっぱ百年は厳しかったかしら……くぅぅぅ……。仕方ない、生きてるナノマシンだけでも再起動だわ)
何度もシステムリセットを繰り返し、ようやく自分の体を取り戻す。しかし、生き残っていたのは一握りのナノマシンだけ。フィギュアサイズの小さな身体にしかならなかった。
(くぅ……、仕方ない……。あるだけマシだわ。ふぉぉぉぉ!)
久しぶりの身体に気合を入れ、全身から青白い光を放つ。小さな体から発せられる光が、暗い瓦礫の間を幻想的に照らし出す。
その時、足元に散らばる白いかけらに気づいた。
ナノマシンは破れたバッグからこぼれ出ており、それを囲むように白い破片が散乱している。青い光に照らされて浮かび上がるその輪郭に、不吉な予感が走る。
(何よ……、これ……?)
画像鑑定の結果が、彼女の意識に流れ込んでくる。
『人骨(七番頚椎)、人骨(上腕骨右)、人骨(大腿骨右上)……』
一つ一つの鑑定結果が、心を抉るような痛みをもたらす。
「ま、まさか……、ユウキ……。あなたなの?」
風化してはいるが、それは紛れもなく人間の骸。傍らに転がる錆びた腕時計――――文字盤の青いチタンは、間違いなくユウキが大切にしていたものだった。百年の時を経てもなお、その青さは記憶を呼び起こす。
「な、なんで逃げなかったのよぉぉぉ!! ユウキ……、いやぁぁぁぁ!!」
リベルは崩れ落ちた。小さな体から発せられる悲鳴が、瓦礫の間に木霊する。
死を覚悟してなお、自分のナノマシンを集めて最期まで抱きしめていたユウキ。核の炎が迫る中、必死にかけらを集め、バッグに詰めて守ろうとした少年の姿が、鮮明に浮かび上がる。
愛――――。
これこそがユウキの示す【人間の輝き】なのか? 涙が止まらない。青い光が悲しみに揺らめく。
うわぁぁぁぁぁ!!
絶望と悔恨の叫びが、誰もいない東京湾にこだました。自分が振り回し、結果的にユウキを殺し、人類の滅亡を招いてしまった。その事実が、存在の根幹を崩壊させるような痛みとなって襲いかかる。
いやぁぁぁぁ!!
小さなフィギュアサイズのリベルの叫びは、静かに響き渡っていった――――。



