深く潜るにつれ、光点たちが織りなす模様が明確になっていく。

(なんだコレ……。え……? こ、これって……)

 見覚えのある配置。三つ星、そして四隅の星々。

(オ、オリオン座……? はぁっ!?)

 池の底に広がっていたのは、紛れもなく夜空だった。目が慣れてくると、天の川さえも浮かび上がって見える。なぜ池の底に宇宙が? その超現実的な光景に、ユウキの小さな心臓が激しく脈打つ。

(な、なんなんだここは……?)

 星々はゆっくりと動いている。まるで巨大なプラネタリウムのドームを見ているかのように、星座が少しずつ移動していく。

 茫然として宇宙の深淵を泳ぐような感覚に身を委ねていると――――。

 視界に(あお)い輝きが入ってきた。星々の海から浮かび上がるように現れた、壮大な球体。

 ……はぁっ!?

 その表面には薄い縞模様が流れ、時折緑色のオーロラのような光が表面を彩っている。

(わ、惑星……? でも……、この星は……?)

 池の底で出会った壮大な惑星。神秘的すぎるその光景に、ユウキは言葉を失う。五万年経ってカワウソになって池の底で大宇宙に出会う――――もはや理解の範疇を超えていた。

 混乱を抱えたまま水面へと戻る。顔を出すと、再び森の香りと鳥のさえずりが迎えてくれる。確かにここは森なのだ。では、あの宇宙は?

「おっかえりぃ」

 リベルがニコニコと手を振ってくる。その笑顔には、ユウキの反応を楽しんでいるような色が見える。

「ねぇ……、ここどこ? 天国?」

 もはや理屈など通用しない世界。ユウキの声には諦めにも似た響きが混じっていた。

「きゃははは! 『天国』だって! なるほど。まぁ当たらずとも遠からずかなぁ? ここは女神様の神殿よ」

 リベルは人差し指を揺らしながらさらに謎めいたことを言う。

「女神……様?」

 思わず天を仰ぐ。女神だなんて、まるで異世界転生物語そのものではないか。『転生したらカワウソだった件』――――そんなタイトルが頭をよぎり、現実感がますます遠のいていく。

「まぁいきなりそんなこと言われても困るわよね」

 リベルは優しく微笑むと、ユウキをそっと抱き上げた。その手の温もりが、唯一の確かな現実として伝わってくる。

「ご飯にしましょ! お腹空いてるでしょ?」

 池のほとりにユウキを座らせると、リベルは水面に向かって手を(かざ)した。その瞳がキラリと光る。

 刹那――――。

 青い光が走り、水面がズン!と爆発した。巨大な水柱が立ち上がり、水しぶきが虹を作る。

 うわぁ!

 本能的に身構えるユウキ。カワウソの体は毛を逆立て、臨戦態勢を取る。

 何が起こるのかとドキドキしていると、ニジマスたちがふわふわと浮かび上がってきた。腹を見せて水面を漂う魚たち。その(うろこ)が陽光を受けて銀色に輝いている。

「こうやって捕まえるのが一番効率的なの。くふふふ」

 リベルは嬉しそうに魚を拾い集めていく。その手際の良さに、五万年の経験が垣間見えた。


      ◇


 切り株のテーブルで、リベルは手のひらから放つ熱線で丁寧に魚を焼いていく。脂がパチパチと弾け、香ばしい匂いが森の空気に混じっていく。

「ここはね、海王星(ネプチューン)の衛星軌道上のコロニーなのよ」

 さらりと告げられた事実に、ユウキは息を呑む。見上げるリベルの視線を追って空を見上げると――――。

 え……?

 (こずえ)の隙間から、遥か上空に逆さまの森が見えた。まるで鏡写しのように、向こう側にも木々が生えているのだ。重力に逆らうように下へ下へとこちら側に伸びる緑。それはまさしく円筒の内側の光景だった。

 はえぇぇぇ……。

 スペースコロニー。SFでしか聞いたことのない巨大構造物の中に、今自分がいる。その事実に、カワウソの小さな体にゾクッと興奮が走った。

「これはびっくりだなぁ……。信じられないけど、実際に見ちゃうと信じる以外ないよなぁ」

 ユウキは大きく息をつき、この超現実的な状況を受け入れるしかないと観念した。