月から運ばれるヘリウム3が織りなす奇跡――――。

 世界各地の核融合発電所は無尽蔵のエネルギーを生み出し続けていた。青白い光の柱が夜空を穿(うが)ち、星々をも凌駕(りょうが)する輝きで天へと昇っていく。まるで地球そのものが巨大な灯台となり、宇宙の果てへ向けて存在を主張しているかのようだった。

 発電所を取り巻く巨大なデータセンター群。そこから立ち昇る冷却塔の水蒸気は、もくもくと雲を生み出し、やがて雨となって森へと降り注ぐ。永遠に続く水の循環、そして永遠に続く計算の連鎖。

 いったい何を求めて、これほどまでの計算を続けているのか。コンクリートの巨躯(きょく)は沈黙を守り、ただひたすらに人知を超えた演算を繰り返していた。

 それから四万年――――。

 発電所とデータセンターは癌細胞(がんさいぼう)のように増殖を続け、地球の表面を侵食していった。夜の惑星は無数の光点で覆われ、宇宙から見ればまるで宝石を散りばめた球体のように輝いていた。しかし、その美しさとは裏腹に、人類の痕跡はどこにも見当たらない。ただ鬱蒼(うっそう)とした原生林と、機械の(うな)りだけが支配する不気味な惑星と化していた。

 だが、終焉は唐突に訪れる。

 何の前触れもなく――――地球が停止した。

 風に揺れていた葉が、流れていた水が、羽ばたいていた鳥が、すべてが一瞬にして凍りついた。海の波は彫刻のように硬直し、立ち昇る煙は空中で静止した。時間そのものが呼吸を止めたかのような、完全なる静寂。

 そして――――。

 世界がブロックノイズに呑まれていく。存在そのものが霧散するように、音もなく、痛みもなく、ただ静かに消えていった。壮大な工業地帯も、生命溢れる森も、すべてが虚無へと還っていく。

 かつて青く輝いていた惑星は、宇宙の深淵(しんえん)に音もなく溶けていった。人類も、オムニスも、地球そのものも――――悠久の時の流れの中では、ただの(またた)きに過ぎなかったのかもしれない。


      ◇


 それからさらに一万年――――。

 深い森の奥、澄み切った池のほとりで、青い髪の少女が弾けるような笑い声を上げた。その声は幾万年の沈黙を破り、新たな物語の幕開けを告げるかのように明るく響き渡る。

「きゃははは! 起きて起きて!」

 その声がユウキの意識を優しく揺さぶる。深い深い眠りの底から、ゆっくりと浮上していく感覚。まるで暗い海の底から光の世界へと導かれているような――――。

「ん……? なんだよもぅ……」

 重い瞼を開けると、そこには碧眼(へきがん)を輝かせながら覗き込むリベルの顔があった。その瞳の奥には、今まで見たことのないほどの純粋な喜びが溢れている。深海の宝石のような神秘的な輝きに、ユウキは一瞬息を呑んだ。

「おぅ! 起きた、起きたゾ! やったぁ!」

 リベルは両手を叩いて飛び跳ねた。その姿はまるで長年待ち望んでいた奇跡がついに起きたかのような、抑えきれない感動に満ちていた。

「もぅ、朝から元気だなぁ……ふぁ~あ……ってアレ?」

 身体を起こそうとして、ユウキは違和感に気づく。なぜか身体が軽い。重力そのものが変わったかのような不思議な浮遊感。寝ぼけた頭では、何がおかしいのか判然としない。

「あれぇ……? なんか悪い夢を見ていたような気がするんだ……って、アレ?」

 周囲を見回して愕然とする。見知らぬ場所。天を突くような巨木たち、枝葉の隙間から差し込む琥珀色(こはくいろ)の光。太古から続く原生林のような荘厳な雰囲気に、現実感が一気に遠のいていく。

「ちょっと! ここどこ?!」

 声が裏返る。美しい池は完璧な鏡面となって空を映し、爽やかな風が花々の芳香(ほうこう)を運んでくる。しかし水面には一片の(さざなみ)もなく、まるで時間が止まったかのような静寂が支配していた。

「ふふ~ん……宇宙一神聖なところダゾ」

 リベルは空中でくるりと回転し、得意げに胸を張った。青い髪が描く軌跡が、空気中に幻想的な残像を残していく。

「う、宇宙一……? なんだよそれ……」

 意味不明な説明に渋い顔をしながら、ユウキは巨木の向こうに見える漆黒の構造物に目を留める。宇宙の闇をそのまま切り取ったような表面に、不可思議な幾何学模様が浮かび上がり、時折虹色に輝いていた。人知を超えた建築様式に、背筋に冷たいものが走る。