「……サトシさん、オムニスに何かご不満でも?」

 ブラウンの瞳を大きく開きながらサトシの顔を覗き込むカオリ。瞳には今までにない鋭さが宿り、声音は僅かに低く変化している。それはもはや警告だった。

「いやいやいやいや! オムニスのおかげでカオリと出会えたし、感謝しかないって! 本当だって!」

 サトシは慌てて取り繕った。もし、ここで反オムニス思想家とみなされたら自分も撃たれてしまうのではないか? 恐怖が彼の全身を震わせ、冷や汗が背中を伝っていく。

「……良かった。ふふっ……」

 しばらく険しい表情でサトシの様子をじっと見ていたカオリだったが、また元の微笑みに戻る。変化は瞬間的で、まるで仮面を取り替えるかのように極めて不自然だった。

 ふぅ……。

 サトシは大きくため息をつきながら、遠く小さくなっていく三人の酔っぱらいたちを見上げた。

 と、ここで、サトシは重大なことに気づいてしまう。

 彼らが向かっている先は工業地帯。更生所なんてないのだ。あるのは――ごみ焼却所?!

 ひっ!

 サトシは思わず声を上げ、慌ててその口を押えた。指先は凍りついたように震え、瞳孔は恐怖で開ききっている。

 このわずかな時間で、これまで見えなかった真実が一気に姿を現したかのようだった。

「サトシさん、どうされました?」

 不思議そうにサトシの顔を覗き込むカオリ。瞳には心配の色が浮かんでいるようだったが、サトシの目には今や偽りの感情にしか見えなかった。彼の中で、今まで愛おしんでいた存在への不信感が暗黒の渦のように広がっていく。

「い、いや、何でもない! きょ、今日はもう帰ろう!」

 サトシの声は上擦り、言葉が舌に絡まった。

「え? まだテニスやっていませんが……」

 カオリの声には不審が混じり、眼差しがサトシの心を穿つ。

「だ、大丈夫。ちょっと今はテニスって気分じゃないんだよ、は、ははっ……」

 サトシは脂汗を浮かべながらさっと踵を返した。

 きっと彼らはこのまま焼かれてしまうのだろう。単に【性奴隷】と言っただけで即死刑。この狂った社会はまずい。何とかしないといけない。しかし、サトシにはどうしたらいいのか全く分からなかった。無力感と絶望感が、彼の心を蝕んでいく。


      ◇


 帰宅するとサトシはカオリをベッドへと突き倒した。その動きには今までにない荒々しさがあり、眼には混濁した感情が渦巻いていた。恐怖、怒り、そして自分でも理解できない衝動が、彼の行動を支配していた。

 きゃぁっ!

 初めて受けた乱暴な扱いにカオリも混乱する。

 サトシは何も言わず、カオリのシャツを一気にビリビリと破いた――――。

 その鋭い音が静かな部屋に鋭く響き、彼自身でさえ自分の行動に戦慄を覚えた。しかし、止まることができない。この行為が彼にとって、檻のような世界への抵抗なのか、それとも恐怖からの逃避なのか、もはや判断できなくなっていた。

「ひっ!? ど、どうしたんですか?」

 カオリの声には慄えが混じり、表情には本物の困惑が浮かんでいるようだった。

「う、うるさいっ!」

 サトシは自分が何やっているのかよくわからないまま喚いた。

「ちょ、ちょっと……」

 カオリは眉をひそめながらなんとかサトシを止めようとするが、サトシは血走った目でカオリに迫る。瞳には獣のような狂気が宿っていた。

「自分で脱ぎますから……ね?」

 カオリは何とか言い聞かせようと優しく言うが、サトシは止まらない。逆にその自分を操ろうとするような言葉に、サトシの捻れた感情が爆発した。

「うるさい、静かにしてろ!」

 サトシはそう叫ぶと一気にカオリを蹂躙していった――。

 い、いやっ!

 最初は嫌がっていたカオリだったがやがて受け入れていく。

 その日、サトシはどうしようもない思いをぶつけるかのようにカオリを何度も何度も手荒に扱っていった――――。

 しばらくは丁寧に応じていたカオリだったが、急に真顔になると指先に金属のきらめきを伴いながらガバッとサトシに抱き着き――スッと首筋を撫でた。

 サトシは何が起こったかもわからぬまま興奮の中カオリの胸に顔をうずめ――やがて寝息を立てていく。彼の意識は暗黒の深みへと沈んでいった。

 カオリはそんなサトシを静かに観察していたが、寝たのを確認するとサトシをベッドに乱暴に転がし、無表情で立ち上がる。目には今まで見せていた愛憐のかけらもなく、淡々とした冷徹さだけが浮かんでいた。

 部屋の脇におかれた無線ルーターのLEDが急に激しく明滅し始める。青い光が部屋の闇を照らし、カオリの顔に不気味な陰影を作り出す。

 しばらく動かなかったカオリだったが、LEDの明滅が止まるとサトシの方をチラッと見てわずかに口角を上げた――――。