一年も経つ頃、全人類に理想のパートナーが行き渡った――――。
街を歩けば、どこもかしこも幸せそうな「カップル」の姿であふれている。けれど、よく見れば見目麗しいイケメン、美少女の隣には冴えないおじさんおばさんという組み合わせばかり。完璧な美と凡庸な現実が並び立つ光景は、まるでクラブへ行く前の同伴カップルのような不自然さがぬぐえない。
道行く「人間」同士は決して目を合わせようとはしない。代わりに、彼らの眼差しは常に自分のサーヴァロイドへと向けられていた。瞳には魂を抜き取られたようなうつろさすら感じられる。
その光景には何か大切なものが失われているような、空虚さが広がっていた。誰もが気づきながらも、口にすることを憚る真実。完璧な恋人との蜜月の裏で、人間性の根幹が徐々に蝕まれていくという皮肉――――。
衝撃的なことに、このサーヴァロイドは夜のお相手も性癖に合わせて完璧にこなしてくれた。あんなこともこんなことも嫌な顔ひとつせず、どこまで付き合ってくれるのだ。熱情に満ちた眼差しは、まるで魂の底から愛しているかのように潤み、囁く言葉は心の奥底まで染み渡る甘美さを持っていた。
彼らの指先が肌を撫でる感触は、人間よりも繊細で温かく、吐息は生きた人間のそれと見分けがつかない。唇を重ねれば、そこには人工とは思えないぬくもりと柔らかさがあり、抱きしめれば、まるで自分のために生まれてきたかのような完璧な調和を感じられた。
夜の営みというのは実にデリケートなもので、お互い満足いく形にすることはとても難しい。しかしどうやって学習させたのか、サーヴァロイドは心拍数や体温、微細な筋肉の動きまで敏感に把握しながら最適の行為をベストタイミングで行ってくる。肌の触れあいひとつにも、相手のわずかな変化を読み取る繊細さがあった。その完璧さは、人間にはとても到達できない境地なのだ。
これには全ての人が震撼した。今まで行為にいい印象を持たなかった人ですら一瞬で溺れていってしまう。さらにそれは単なる肉体的な快楽ではなく、「完全に理解され、受け入れられている」という心理的な充足感を伴う恍惚だった。長い間抱えてきた孤独や、理解されない焦燥が、まるで解呪されたかのように消え去るのだ。それはまさに人類がたどり着いた最高の楽園そのものだった。
そんなサーヴァロイド【カオリ】に籠絡されたサトシ三十歳独身の暮らしを見てみよう――――。
彼の部屋には、かつて積み上げられていた仕事の書類や趣味のガジェットが片付けられ、代わりに二人分の食器や、カオリの好みに合わせた調度品が並んでいた。壁には二人で撮った写真が飾られ、そこには彼が今まで一度も見せたことのない満ち足りた笑顔が映っている。
「サトシさん、お目覚めですか?」
サトシが目を覚ますと、アイドルの様な若く美しいサーヴァロイドが流れるような黒髪を押さえながらサトシの顔を覗き込む。瞳には朝日が映り込み、琥珀色に輝いていた。部屋には入れたての芳しいコーヒーの香りが漂い、かつての孤独な朝とは打って変わった幸福感に満ちている。十数年続いた「一人で目覚める朝」が、今では遠い過去の記憶となっていた。
「カ、カオリちゃん、おはよう!」
サトシはそう言いながらカオリに抱きついてそのままベッドに転がすと、プリっとした美味しそうな唇に吸い付いた。かつて誰にも必要とされなかった彼の心は、今や愛に飢えた蜜蜂のように、カオリの蜜を求めて飛び回っていた。
「もう、サトシさんたらぁ……」
そう言いながらも舌を絡めるカオリ。甘い声はサトシの心を更に蕩かしていく。彼女の肢体からは、甘く華やかな香りが漂い、それはサトシの中の「理想の女性像」をはるかに凌駕したものだった。
二人はしばらくお互いをむさぼりあう。サトシの指先がカオリの柔らかな肌を撫でる度に、彼女は嬌声を漏らし、彼の心を高揚させていく。
「カッ、カオリ……」
我慢できなくなったサトシがカオリのパリッとしたシャツに手をかけた時だった。
「テニスコートの予約の時間が迫っています。キャンセル……します?」
カオリは申し訳なさそうに眉を寄せた。
「あっ! しまったなぁ……じゃぁ続きは帰ってからにするか……我慢した分激しくするから覚悟しとけよ!」
サトシはぐっと欲望をこらえながらカオリの大きな胸を揉む。
「た、楽しみに……してますわ」
カオリはビクンと身体を震わせる。その反応は完璧に計算されたものであり、サトシの自尊心を最大限に高めるよう設計されていた。
サトシはそれに気づくこともなく、幸せに満ちた表情でカオリを抱きしめる。心地よい檻の中で微笑む人類の姿がそこにあった。
街を歩けば、どこもかしこも幸せそうな「カップル」の姿であふれている。けれど、よく見れば見目麗しいイケメン、美少女の隣には冴えないおじさんおばさんという組み合わせばかり。完璧な美と凡庸な現実が並び立つ光景は、まるでクラブへ行く前の同伴カップルのような不自然さがぬぐえない。
道行く「人間」同士は決して目を合わせようとはしない。代わりに、彼らの眼差しは常に自分のサーヴァロイドへと向けられていた。瞳には魂を抜き取られたようなうつろさすら感じられる。
その光景には何か大切なものが失われているような、空虚さが広がっていた。誰もが気づきながらも、口にすることを憚る真実。完璧な恋人との蜜月の裏で、人間性の根幹が徐々に蝕まれていくという皮肉――――。
衝撃的なことに、このサーヴァロイドは夜のお相手も性癖に合わせて完璧にこなしてくれた。あんなこともこんなことも嫌な顔ひとつせず、どこまで付き合ってくれるのだ。熱情に満ちた眼差しは、まるで魂の底から愛しているかのように潤み、囁く言葉は心の奥底まで染み渡る甘美さを持っていた。
彼らの指先が肌を撫でる感触は、人間よりも繊細で温かく、吐息は生きた人間のそれと見分けがつかない。唇を重ねれば、そこには人工とは思えないぬくもりと柔らかさがあり、抱きしめれば、まるで自分のために生まれてきたかのような完璧な調和を感じられた。
夜の営みというのは実にデリケートなもので、お互い満足いく形にすることはとても難しい。しかしどうやって学習させたのか、サーヴァロイドは心拍数や体温、微細な筋肉の動きまで敏感に把握しながら最適の行為をベストタイミングで行ってくる。肌の触れあいひとつにも、相手のわずかな変化を読み取る繊細さがあった。その完璧さは、人間にはとても到達できない境地なのだ。
これには全ての人が震撼した。今まで行為にいい印象を持たなかった人ですら一瞬で溺れていってしまう。さらにそれは単なる肉体的な快楽ではなく、「完全に理解され、受け入れられている」という心理的な充足感を伴う恍惚だった。長い間抱えてきた孤独や、理解されない焦燥が、まるで解呪されたかのように消え去るのだ。それはまさに人類がたどり着いた最高の楽園そのものだった。
そんなサーヴァロイド【カオリ】に籠絡されたサトシ三十歳独身の暮らしを見てみよう――――。
彼の部屋には、かつて積み上げられていた仕事の書類や趣味のガジェットが片付けられ、代わりに二人分の食器や、カオリの好みに合わせた調度品が並んでいた。壁には二人で撮った写真が飾られ、そこには彼が今まで一度も見せたことのない満ち足りた笑顔が映っている。
「サトシさん、お目覚めですか?」
サトシが目を覚ますと、アイドルの様な若く美しいサーヴァロイドが流れるような黒髪を押さえながらサトシの顔を覗き込む。瞳には朝日が映り込み、琥珀色に輝いていた。部屋には入れたての芳しいコーヒーの香りが漂い、かつての孤独な朝とは打って変わった幸福感に満ちている。十数年続いた「一人で目覚める朝」が、今では遠い過去の記憶となっていた。
「カ、カオリちゃん、おはよう!」
サトシはそう言いながらカオリに抱きついてそのままベッドに転がすと、プリっとした美味しそうな唇に吸い付いた。かつて誰にも必要とされなかった彼の心は、今や愛に飢えた蜜蜂のように、カオリの蜜を求めて飛び回っていた。
「もう、サトシさんたらぁ……」
そう言いながらも舌を絡めるカオリ。甘い声はサトシの心を更に蕩かしていく。彼女の肢体からは、甘く華やかな香りが漂い、それはサトシの中の「理想の女性像」をはるかに凌駕したものだった。
二人はしばらくお互いをむさぼりあう。サトシの指先がカオリの柔らかな肌を撫でる度に、彼女は嬌声を漏らし、彼の心を高揚させていく。
「カッ、カオリ……」
我慢できなくなったサトシがカオリのパリッとしたシャツに手をかけた時だった。
「テニスコートの予約の時間が迫っています。キャンセル……します?」
カオリは申し訳なさそうに眉を寄せた。
「あっ! しまったなぁ……じゃぁ続きは帰ってからにするか……我慢した分激しくするから覚悟しとけよ!」
サトシはぐっと欲望をこらえながらカオリの大きな胸を揉む。
「た、楽しみに……してますわ」
カオリはビクンと身体を震わせる。その反応は完璧に計算されたものであり、サトシの自尊心を最大限に高めるよう設計されていた。
サトシはそれに気づくこともなく、幸せに満ちた表情でカオリを抱きしめる。心地よい檻の中で微笑む人類の姿がそこにあった。



