「あと二発! ちゃっちゃとやるわよ! もうコツはつかんだから大丈夫!」

 声には自信と高揚感が滲む。指先から放たれる青い光の粒子が、キラキラと希望を乗せながら天へと昇っていく。ナノマシンの身体は、より鮮烈に、より強く発光し始めていた。

「良かった! 頼んだよ!」

 爛れた手を庇いながらも、ユウキは晴れやかな笑顔を浮かべる。ようやく見えてきた未来への静かな希望が、胸中に安堵感を広げていく。

「おう! まーかせて!」

 リベルがニヤリと笑いかけた、その時だった――――。

 運命の女神は、二人の希望に嫉妬したかのように、信じがたい試練を用意していた。

 パァッ!

 突如、全天が激烈な閃光に包まれる。太陽が爆発したかのような異様な光景。世界が一瞬にして白く塗り潰され、ユウキとリベルの影が屋上にくっきりと浮かび上がった。不気味に揺らめく輪郭が、何か恐ろしいことの前触れを告げている。

「えっ!? な、なにこれ……?」

 ユウキが振り返ると、リベルから色が失われ始めていた。

 へっ!?

 心臓が凍りつく。それは以前、彼女が砂になった時と同じ症状だった。電力とネットワークが断たれ、ナノマシンの結合力が失われていく。青く輝いていた髪は薄墨色に変わり、碧眼(へきがん)の光が徐々に消えていく。

「や、やられた……EMPだ。に、逃げて……」

 身体のあちこちが崩れ始めながら、リベルが絞り出すように言った。声にはユウキを案じる切ない思いが込められている。

「い、EMP!?」

 核爆発を成層圏で起こすと、辺り一帯の電子機器を破壊する――ユウキの脳裏にかつて聞いたことのある恐ろしい現実が駆け巡った。

 リベルは壊れ、レーザーのエネルギーも得られない。もう次の核弾頭は止められない。心に容赦ない絶望が押し寄せる。

「えっ!? じゃあもう終わり……なの?」
 
 震える声で問いかける。全身が冷や汗に覆われ、震えが止まらない。

 リベルは無念そうに頷き、パラパラと砕け落ちる指先をユウキへと伸ばした。

「死な……ないで、死んじゃダメ……」

 最期の力を振り絞って手を掴む。何かに縋るような必死さ。崩れていく指先の感触が、ユウキの心に深く刻まれていく。

「いやぁ! リベルぅ!」

 強く握れば崩れてしまう。何もできない無力感が胸を貫く。

「早く……逃げて……」

 ポロポロと涙をこぼしながら、崩れていく手で力なくユウキの頬を撫でる。碧眼(へきがん)には、もう二度と会えない名残惜しさと深い哀しみが浮かんでいた。

「逃げるってどこへ? もう間に合わないよ」

 ユウキも涙をこぼしながら首を振る。

「ユウキ……嫌だよ……死なないで……」

「もっとリベルと……いろんなことしたかった……な……」

 二人は静かに見つめ合う。永遠のような一瞬。

「そうか、人が死ぬってこんなにも悲しいことなのね。人は殺しちゃダメだったんだ」

 リベルは初めて自分の罪に気づき、後悔と懺悔の色を浮かべた。今まで手にかけてきた人々に、心から詫びる。

「遅いよ……」

 皮肉と優しさが入り混じった苦笑をユウキは浮かべる。

 リベルが口を結びうつむくと、身体はボロボロになって床に崩れ落ちていく。砂時計から零れ落ちる砂のように、ナノマシンの粒子が散っていく。

 あぁぁぁぁ!

 ユウキは慌てて支えながら、光を失っていく瞳を見つめた。これがリベルとの、世界との別れ――――。

 喉から上がる悲鳴を押し殺し、爛れた指先で身体を留めようとする。しかしナノマシンは止めどなく崩れていく。

「ねぇ……生きて……」

 最期の力を振り絞って声を紡ぐリベル。

 ユウキは寂しそうに笑い、ゆっくりと首を振った。頬を伝う透明な雫には、恐怖、悲しみ、絶望――全ての感情が溶け込んでいた。

 リベルは絶望に顔を歪ませ、そして最期に優しく微笑んだ。

 ア・イ・シ・テ・ル――――。

 唇は確かにそう動いた。

「僕もだよ……」

 自然と紡がれる言葉に驚きながら、ユウキはそっと震える唇を重ねた。

 最期の時に伝えるべき想いを全て込めて、舌を絡める。

 最期のキス――――。

 二人の間に流れる時間が一瞬止まり、世界の終わりを前にした静かな愛の証が交わされる。

 潮風だけがそよぐ静かな屋上で、二人の間に流れる絆が限りなく深く、美しく輝いていた。