キィィィィィィン――。

 ナノマシンのコードが青白い稲妻を放ち、耳をつんざく高周波音が屋上を震わせる。大気そのものが共鳴し、世界の境界が揺らぎ始めたかのような錯覚に陥る。

 リベルの全身から立ち昇る蒼い燐光が、彼女を天使のように包み込んでいた。碧眼(へきがん)の奥底では、億を超える演算が光速で駆け巡り、瞳孔が微細に震えながら宇宙の彼方を見据えている。まるで神々の領域に挑む巫女のように、神聖な光を纏いながら――――。

 オムニスタワーから吸い上げられる膨大なエネルギーが、彼女の体内で臨界点へと向かっていく。ナノマシンの粒子一つ一つが歓喜の歌を奏で、青白い輝きは脈動する生命そのものだった。新たな可能性が、今まさに誕生しようとしている。

「行くわよ……」

 リベルの声は静かに、しかし確かな決意を宿していた。きゅっと結ばれた唇には、普段の生意気さなど微塵もない。額に浮かぶ汗の粒が、極限の集中を物語る。極限の者だけが持つ、純粋な使命感が表情に宿っていた。

 ――いよいよだ。

 ユウキの心臓が早鐘を打つ。喉が焼けるように渇き、胸の内側で何かが激しく疼いた。

 全てを賭けた一瞬が、今――――。

 パウッ!!

 刹那、世界が蒼に染まる。

 それはまるで創世の光だった。電子の響きが天空に響き渡り、次元の扉が開かれたかのような神秘的な輝きが辺りを満たす。

 くっ……!

 太陽を凌駕する閃光に、ユウキは反射的に腕で顔を覆った。

 天を貫く青藍の光条――。雲を裂き、大気圏を突き破り、虚空(こくう)へと伸びるレーザー砲は、関東一円の空に荘厳な軌跡を描いた。東京の上空に突如として現れた神の矢に、街中の人々が息を呑んで見上げる。

 学校帰りの子供たち、犬を連れた老人、買い物袋を抱えた主婦――誰もが足を止め、前代未聞の光景に魅入られていた。それは人類が初めて目撃する、極限の光だった。

 しかし――――。

 陽炎の向こうで、リベルの表情が苦渋に歪む。繊細な眉が寄り、碧眼(へきがん)に無念の色が深まっていく。肉眼では捉えられない宇宙の彼方で、光線は標的を僅かに外れていた。想定を遥かに超える難度。焦燥と歯痒さが混じり合い、彼女の周りのナノマシンが青い靄となって立ち昇る。

「くっ! まだまだぁ! 軌道修正プラス〇・〇〇一、マイナス〇・〇二!」

 キィィィィィィン――エネルギー充填の音が再び響く。それは祈りにも似た叫びだった。碧眼(へきがん)の光が一層強まり、青い髪が重力に逆らって宙を舞う。限界を超えたエネルギーが、ナノマシンの身体を震わせていた。

「ファイヤーー!!」

 微調整された指先から、再び光の矢が放たれる。身体が悲鳴を上げるように発光し、空気が軋む。青空を裂く第二の光条が、東京の空に新たな希望を刻む。

 ユウキは祈るような眼差しでリベルを見つめていた。全てを賭けて戦う美しい少女の姿に、胸が熱く震える。自分の無謀な願いのために――――。

 だが、幸運の女神は微笑まなかった。

 光条は弾頭を掠めるだけで、破壊には至らない。大気圏突入に耐える強固なシェル。それを貫くことは、リベルといえども至難の業だった。

「くぅぅぅ……もう一丁!」

 リベルの腕が鈍く赤い光を放つ。熱で溶融しかけている痛々しい姿に、ユウキの心が張り裂けそうになる。しかし彼女の碧眼(へきがん)に宿る光は消えない。むしろ強さを増していく。諦めを知らぬ魂の輝きがそこにあった。

「行っけーーーー! くっ! 惜しいっ! 次よ次っ!!」

 オムニスタワーから次々と放たれる蒼い光の筋。街の人々は不安を胸に、その神々しい光景を見守っていた。道端で囁きが交わされ、誰かの祈りが空へと捧げられる。