あ……、あわわわわ……。

 ユウキは頭を抱え込んだ。声は喉に詰まり、思考さえも凍りついていく。想像を絶する恐怖が全身を駆け巡り、呼吸すら困難になっていく。あまりの窒息感に、意識が遠のきそうになった。

「に、逃げよ? 海の底に行けば助かるわ。大丈夫! 私が安全に連れて行ってあげるから」

 リベルはユウキの手を掴んだ。その手は小刻みに震えていた。それは彼女自身の恐怖か、それともユウキを失う不安の表れか――碧眼(へきがん)には涙が浮かび、AIという存在を超えた感情が溢れ出していた。

「そ、そうか! 海の底なら死なずに……すむ……」

 一瞬、安堵の表情を浮かべたユウキだったが、すぐに唇を固く結んだ。

 一千万の人々を見捨てて、自分だけが生き延びる――そんなことが許されるのだろうか。しかも、間接的とはいえこの災厄を招いたのは他ならぬ自分なのだ。

 良心の呵責が鋭い刃となって心を切り裂いていく。

 刹那、脳裏に恐ろしい光景が浮かんだ。焼け焦げた大地、黒い雨、累々と横たわる骸――――。

 そんな地獄の中で、たった一人生き残った自分。一千万の墓標の前に立つ自分の姿を想像しただけで、内臓を抉られるような痛みが襲ってきた。

 ユウキは目を固く閉じ、うつむいた。唇は言葉を探して震え、握りしめた拳から血が滲むほどの力が込められていた。

「僕……一人……助かっても……」

 掠れた声は、ほとんど聞き取れないほど小さかった。

「なに言ってるのよ、私もいるわ! いい? 死んだら終わりなのよ?!」

 リベルの声は悲鳴に近かった。青い髪が感情の乱れを映すように不規則に発光し、彼女の周囲でナノマシンの粒子が狂ったように舞い踊る。ユウキを失うことへの恐怖が、彼女の全存在を揺さぶっていた。

 ユウキは涙を拭うと、震える手でリベルの手を包み込んだ。そして、涙でぐしゃぐしゃになった顔を上げ、まっすぐに彼女の瞳を見つめた。

「撃ち落とそう! ねぇ、リベル!」

 その声には狂気に近い決意が込められている。絶望の淵で、わずかな可能性に全てを賭けようとする人間の究極の選択だった。

「いや、だから、無理だって……。三発も向かってきてるのよ?」

 リベルは顔を背ける。どんなに楽観的に計算しても、成功率は限りなくゼロに近い。それを三回連続で成功させるなど、奇跡を通り越して妄想の領域だった。

「可能性はゼロじゃないんだろ? できる! リベルならできるって!」

 ユウキは彼女の手を強く握る。その声は張り裂けんばかりに高く、瞳には狂おしいほどの信頼が宿っていた。もはやこのナノマシンの少女だけが、一千万の命を救う鍵なのだ。

「失敗したら死ぬのよ!?」

 リベルの絶叫が青空に響き渡る。その声には苛立ちと、深い愛情が入り混じっていた。銀色の涙が碧眼(へきがん)から零れ落ち、頬を伝っていく。わずかな可能性に賭けてユウキを失うなど、考えられない選択だった。

「大勢の人を犠牲にして自分だけ生き残るなんてできないんだよ!!」

 ユウキも負けじと叫ぶ。涙で顔をぐしゃぐしゃにしながら、それでも揺るがない覚悟を示す。恐怖に震えながらも、心の奥底では確かな決意が彼を支えていた。

 逃げないという選択――それは十五歳の少年にはあまりにも重すぎる決断である。しかし彼は、その責任から目を背けなかった。

 でっ、でも……。

 リベルは反論しかけたが、ユウキの涙に濡れた瞳を見て言葉を飲み込む。その瞳に映る少年の姿は、あまりにも人間らしい強さと弱さを併せ持っていた。科学的な計算では測れない何かが、彼女の心を激しく揺さぶる。

「ど、どうしてよ……」

 リベルの声は掠れ、力なくうつむいた。理解できない、理解したくない――そんな葛藤が彼女を苦しめていた。

「それが人間……なんだよ」

 ユウキは涙を流しながら、それでも微笑む。その笑顔には死と向き合った人間の、最も美しい魂の輝きが宿っていた。