「むぅぅぅ。まだミサイル止めてないわ、早く止めろっての! もう……」

 リベルは苛立ちを隠そうともせず、つま先で床をタンタンと叩いた。

「急がないとここにも核ミサイルが落ちてきちゃうよね……。あ、でもリベルなら撃ち落とせるんだっけ?」

 ユウキは一縷の望みを込めてリベルを見る。

「無理よ。マッハ二十で飛んでくるミサイルなんて落とせるわけないわ」

 リベルはあっけらかんと肩をすくめた。

「へ? でもさっき……」

 ユウキの声が裏返った。

「ははは! あんなのブラフよ。長距離は大気が揺らいでレーザーも真っ直ぐには飛ばないし、拡散しちゃうから無理だわ。相手が超高速だったらなおさら」

 技術的な限界を語る彼女の声には、自身の無力さへの苦い認識が滲んでいた。最強のナノマシン兵器といえども、無理なことはあるのだ。

「そ、そうなんだね……。司佐に止めてもらうしかないってことか……」

 ユウキは力なく呟き、汗ばんだ拳を握りしめた。全ては司佐の手に委ねられている――その事実が重くのしかかる。

「お、スマホを操作し始めたわ。そろそろね。とっちめてやるんだから! くふふふ……」

 リベルは待ちきれない様子で飛び跳ねた。

「つ、ついに!?」

 ユウキは息を呑み、小さくなっていくヘリを見つめた。心臓が早鐘を打ち、全身の神経が研ぎ澄まされていく。

 だがその時――――。

 突如、空が黄金に染まった。

「へ……?」「はぁっ!?」

 二人は空を見上げた。宇宙から降り注ぐ神々しい光に、瞳孔が一気に収縮する。それは以前リベルを撃墜したオムニスの衛星兵器に違いなかった。

 太陽が落ちてきたかと思うほどの眩い光が、東京湾を黄金色に照らし出す。

 刹那、天から鮮烈な一条の光が降り注いだ。それは神の裁きのように真っ直ぐに、逃げるヘリを包み込んだ――――。

 巨大な稲妻が空を切り裂き、世界の輪郭が一瞬にして溶け去った。

 轟音と共にヘリは爆発し、黒煙が天に向かって立ち昇る。炎に包まれた残骸が、まるで死んだ鳥のように海へと落ちていった。

 目の前で起きた光景があまりにも現実離れしていて、二人の思考は完全に停止した。

「うそ……」

 リベルの碧眼(へきがん)が恐怖に見開かれ、唇が小刻みに震えた。彼女の中で何かが音を立てて崩れていく。

「オ、オムニス……、あんたぁぁぁぁ!!」

 奥歯を軋ませ、リベルは絶叫した。怒りと絶望が入り混じったその声は、空気を引き裂くように響き渡る。

 防衛システムの誤作動か、それとも計算された暗殺か――真相は闇の中だった。しかし確かなことは、オムニスの手によって司佐が、そして人類最後の希望が消し去られたということだった。

「ど、どうなったの!? ミ、ミサイルは?」

 ユウキの顔から完全に血の気が失せた。声は恐怖に震え、全身が小刻みに震動している。

「ダ、ダメよ……。止める前に撃墜されちゃった……」

 リベルは目を固く閉じ、必死に思考を巡らせた。額に浮かぶ冷や汗が、事態の深刻さを物語っている。彼女の優れた演算能力をもってしても、解決策は見つからない。指先が不規則に痙攣し、絶望の深さを表していた。

「と、止める方法……は?」

 ユウキの声はもはや囁きに近かった。体の震えは止まらず、これまで経験したことのない恐怖が全身を支配していく。

「迎撃ミサイルのシステムをハッキングしているけどダメね。もう、間に合わない……」

 リベルは泣きそうな顔でユウキを見つめた。その碧眼(へきがん)には諦念と後悔が渦巻き、初めて見せる弱さに、ユウキの心は凍りついた。

 まもなく核の炎が世界中を焼き尽くす。数十億の命が一瞬にして消え去る――その現実が、二人の前に立ちはだかっていた。