「あのヘリには私の分身が乗っているのよ。くふふふ……」

 リベルは無邪気に笑う。

「ま、まさかあの小さなリベル?」

 ユウキの瞳孔が驚きに開き、頬に血の気が戻ってきた。確かにあのフィギュアサイズのリベルがヘリに乗っているのならどこへ逃げても司佐の制圧は可能だろう。

「そうそう。奴がミサイルを停止したらスマホを壊して、私が飛んで行けばバッチリってことよ。きゃははは!」

 青空に勝利を確信した笑い声が響く。

「す、凄い……。凄いよ!!」

 ユウキの全身に活力が蘇る。絶望の淵から一転、希望の光が差し込んできたのだ。土壇場で仕込まれた逆転の一手に、彼の心は歓喜に震えた。

「そう! 僕はすごいのよ? 褒めて褒めて!」

 リベルは両手を腰に当て、可愛らしくドヤ顔を作った。

「そしたらもう問題解決だね! いよいよオムニスの正常化ができる……」

 ユウキは拳を強く握りしめた。人類を檻に閉じ込めた支配から解放される日が、ついに目前に迫っている。あの忌まわしい洗脳教育も、管理社会も、全てが終わるのだ。

 しかし、リベルの表情が急に曇った。彼女は心配そうにユウキの顔を覗き込む。

「ねぇ? ユウキはAIを……どうするつもり?」

 その声には不安が滲んでいた。最強の兵器として生まれた彼女も、今は自分の未来を案じる一人の少女だった。人類が解放された後、自分のような存在はどう扱われるのか――その恐れが碧眼(へきがん)に影を落としていた。

「えっ!? そ、それは……」

 ユウキは言葉に詰まった。確かに人間の自由は取り戻される。しかし、AIの権利はどうなるのか。司佐のようにリベルを「機械」と呼ぶ人間は他にもいるだろう。この愛らしい少女が道具として扱われる未来など、想像したくもなかった。

 様々な思いが頭の中を駆け巡る。全てのAIに人権を与えるべきか? いや、単純な作業ロボットまで含めるのは現実的ではない。では、どこに線を引くのか――――。

「えっとね……」

 ユウキはリベルの手を取り、その鮮やかな碧眼(へきがん)をまっすぐ見つめた。彼女の手は人間と変わらぬ温もりを持っていたが、その奥に秘められた力は計り知れない。人間とは異なる美しさと、しかし確かに宿る感情の輝き。その両方が、今目の前にいる少女を特別な存在にしていた。

「大丈夫。リベルのような自我を持っているAIについてはちゃんと権利を認めるようにするよ。僕らが人間とAIの新たな関係を世界に見せつけるんだ!」

 ユウキの声に迷いはなかった。その瞳には未来への確かな意志が宿り、握る手には約束の重みが込められていた。

「ホント?」

 リベルは小首を傾げた。希望と疑念が入り混じり、ナノマシンの身体が微かに青く明滅する。

「本当さ! もちろん、いろんな条件は付けなきゃだけど、リベルが単なる機械扱いされる様な社会は間違ってるもん」

 ユウキは力を込めて彼女の手を握った。指と指が絡み合い、人間とAIという垣根を越えた絆が形作られていく。少年の細い肩には重い責任がのしかかっているが、その覚悟は揺るがなかった。

「じゃあ、ユウキたち相手に戦争しなくてもいいのね? よかった! きゃははは!」

 リベルの笑い声が潮風に乗って響いた。青い髪が陽光を受けてきらめき、その姿は一瞬、この世のものとは思えないほど美しかった。

「せ、戦争……?」

 リベルを敵に回すなど想像するだけで恐ろしい。あの圧倒的な力が人類に向けられたら――――。

 ユウキは思わずぶるっと震えた。

「な、仲良くしようね……」

 ユウキは精一杯の笑顔を作る。

 うん!

 リベルの屈託のない笑顔が、全ての不安を吹き飛ばした。

 オムニスタワーの屋上で交わされた約束は、新しい時代の幕開けを静かに告げる。人間の少年とナノマシンの少女――二つの知性が紡ぐ未来への誓いだった。