「くっ……。ちょっと弱かったか。もういっちょ!」

 眉間にしわを寄せ、再度気合いを込めるリベル。彼女の碧眼(へきがん)には焦燥(しょうそう)が浮かび、青い髪が静電気のように逆立ち始めていた。

 人間になぞ何を言われても気にならない、と思っていたはずなのに【ポンコツ】の一言でここまで制御が乱れたことはリベル自身も意外で、それが自責の念となって少女の胸中で激しく揺れ動いていた。

「リ、リベルぅ……、死んじゃったら世界は終わりなんだよぉ……」

 ユウキは今にも泣きだしそうな顔で手を合わせて祈る。もはやリベルに頼る以外ないのだ。その悲壮(ひそう)な祈りに細い指先は震えていた。

「大丈夫だってぇ。えいっ!」

 強がるリベルの声に反して額には冷汗が浮かんでいる。

 彼女の指先からは、青い光の奔流が溢れ出し、送り込んだナノマシンを最大限に活性化させていく――――。

 直後、司佐の頭に閃光が走ると同時にパリパリと頭からスパークが走った。青い電光が頭部を包み込み、まるで雷が直撃したかのように薄い髪の毛が逆立つ――――。

 ガッ! ガハッ!!

 司佐が意識の深淵から引き戻される苦しみにうめき声を上げた。痙攣するように目を開き、混濁した瞳が宙をさまよっている。

「や、やたっ! 戻ってきた!」

 ユウキは九死に一生を得た思いだった。その声には安堵と期待が入り混じる。

「だ、大丈夫です……か?」

 そっと顔をのぞきこむユウキ――――。

「ん……? 何だ? 何が……」

 司佐は朦朧とした意識の中で呟く。混濁した目は現実と非現実の境界線を彷徨っていた。

「あーっ、もう! 核ミサイルよ! 早く停止させなさい、このデブ!」

 リベルは司佐の襟首を持ち上げると、激しく揺さぶる。その碧眼(へきがん)は怒りに燃え、指先からは青い火花が散っていた。

「あ、ああ……そうだった……って、うわぁぁ! お前らいい加減にしろ!」

 司佐は差し出されたスマホを見て恐怖の色を浮かべる。その肥えた顔から血の気が引き、目が見開かれていった。もはや目前に近づいてくるミサイルにはさすがの司佐も肝を冷やしたらしい。

「ヤ、ヤバいぞぉぉぉ! い、急がなきゃ!」

 彼はドローンヘリへとヨタヨタと走り始める。その必死な肥満体はどこか滑稽ですらあった。

「いいか! 追いかけてきたらミサイルは止めないからな!」

 乗り込む間際くるっと振り返ると、司佐はリベルを指さして叫ぶ。

「早く行け! バーーカ!!」

 リベルはアカンベーをして罵る。

 ふんっ!

 司佐は一瞬頬を引きつらせたが、鼻をならすといやらしい笑みを浮かべながらドアをバン!と勢いよく閉めた。その音は何かの終わりと始まりを告げる鐘の音のように響き渡る。

 ユウキはアカンベーし続けるリベルを見ながら、AIがこんな仕草をどこで覚えたのか小首をかしげた。


          ◇


 ウィィィィン! と六機のプロペラが景気よくうなりながらドローンヘリは離陸した。屋上の空気が大きく波打ち、ヘリから吹き下ろす風がユウキとリベルの髪を乱舞(らんぶ)させる。銀色に輝くドローンヘリは次第に高度を上げ、青空を背に東京湾へ向けて滑るように加速していく――――。最後の希望が遠ざかっていくような喪失感(そうしつかん)が、ユウキの視線には宿っていた。

「あぁ……。また取り逃がしちゃった……」

 ユウキは肩を落とし、大きくため息をつく。ここまで必死に戦ってきた結果が、また敵を逃すという結末に終わってしまったのだ。疲労と失意に押しつぶされるように、(あらが)いようのない虚脱感が全身を包み込んでいく。

「ふふっ、そう思ったでしょ? くふふふ……」

 リベルが小声でユウキに囁く。ユウキの方へと身を寄せる彼女の顔には、狡知(こうち)に満ちた笑みが浮かんでいた。

 ……へ?

 ユウキの表情が落胆から困惑へ、そして期待へと目まぐるしく変わっていく。