「ちょ、ちょっと、リベル、落ち着いて、ねっ?」

 慌ててユウキが仲裁に入ろうとした瞬間だった――――。

「シアノイドの誇りにかけて天誅!!」

 リベルは叫びながら目にも止まらぬ速さで、赤い光をまとった足先をズン!と司佐の太ももに炸裂させる。リベルの憤怒(ふんぬ)が衝撃波となって空気を切り裂き、鈍い音が鼓膜を震わせる。

 ゴハァ!

 まるで猛スピードのトラックにでもはねられたかのように、司佐の肥えた身体はクルクルと宙を舞い――――、奇妙な滑稽(こっけい)さすら放ちつつ、嫌な角度で床に叩きつけられた。

 あぁぁぁぁ!

 ユウキは真っ青になって慌てて駆け寄った。

 足が震える中そっと司佐の様子を確認するが、司佐は白目を剥いていて、ピクピクと痙攣(けいれん)するばかり。その肥満体からは生命の気配が薄れつつあった。

「ちょっと、やりすぎだよ!! どうすんだよぉ!!」

 ユウキの悲鳴が屋上に響く。

 慌てて司佐の冷たい手を強く握りしめ、頬を思い切り叩いてみるが、何の反応もない。溢れ出る冷や汗とともに、底知れぬ恐怖が彼の全身を包み込んでいく。

 リベルはハッとしたように正気を取り戻した。彼女の瞳から怒りの赤い炎が消えていく。

「あ、あれ……? 僕……何を……? あれれ、確か手加減……したんだけど……」

 さすがに事態の深刻さに気付き、その碧眼(へきがん)には戸惑いと後悔の色が浮かぶ。

「あんな手加減ないって。吹き飛んでたじゃないか!」

 ユウキは泣きそうな声で抗議する。

「なに言ってるのよ! 本気出してたら今頃肉片になって爆散してるわよ! そもそもコイツが『ポンコツ』とか挑発して――――」

 ユウキは急いで手のひらをリベルに向け、制した。

「今はそんなこと言い合ってる場合じゃないよ。どうしよう……核ミサイル、このままじゃ……」

 落ちて割れたスマホの画面を見ると、赤い光点がゆっくりと目的地へ向かって移動し続けている。その小さな光は、何千万人もの命を一瞬で蒸発させる死神そのものだった。時間は容赦なく刻一刻と過ぎ去り、人類の時計の針は終末へと近づいていく。

「ちっ! コイツにしか停止命令は出せないってのに……」

 リベルは忌々しそうに泡を吹いて転がっている司佐をにらんだ。

「起きて! ねぇ! ねぇってばぁ!!」

 ユウキは必死にパシパシと太った司佐の頬を叩いてみるが、何の手ごたえも感じられない。

「ちょっと待って、私にいい考えがあるわ」

 リベルはニヤッと笑う。その瞳には挑戦的な青い輝きが光る。

 司佐に向けて伸ばした指先から微細なナノマシンの霧が立ち上り、薄い青い靄が風になびくように司佐の鼻や耳へと侵入していく――――。

「な、何するの?」

 ユウキの瞳は不安に揺れていた。これ以上変なことをされてはミサイルを止めることが不可能になってしまう。

「ナノマシンを脳に送り込んで、脳細胞に電気ショックを与えるのよ」

 リベルの声は冷静さを装っていたが、その奥には好奇心の色が見え隠れしていた。

「えっ!? の、脳に直接!? そ、それって失敗したら……?」

 ユウキの声が裏返る。

「失敗したら死ぬだけね」

 当たり前かのように言いながらリベルは気合いを込める。

「ちょ、ちょっと待っ――――」

 バシュ!という嫌な音と共に司佐の内部から青い光が放たれた――――。

 リベルのナノマシンからの高電圧が司佐の脳に衝撃を与えていく。

 ガッ!

 司佐の喉から一瞬うめき声が出た。生命の兆しとも、最期の息吹とも取れる微妙な声――――。

「え……、ど、どうなった……の?」

 そっと司佐の顔をのぞきこむが、まだ瞳に光は戻らない。ユウキの心臓が早鐘を打ち、喉の奥が乾いていく。世界の命運を握る男がこのまま意識を失ったままでは、世界が終わってしまうのだ。