時間の流れがゆっくりに感じられる――――。
マズい、マズい、マズい、マズい……。
全身全霊を振り絞り、ユウキは震える足に鞭を打つ。冷たい汗が、滝のように流れ落ちた。よろめきながら、何とか立ち上がる。
だが、もう遅い。砲口が、真っ直ぐにこちらを向いている――――。
「くぅぅぅ……。リベルぅ……」
ふがいない自分に涙が出た。
その時だった。天空から、青白い光の奔流が降り注ぐ――――。
まるで天が裂け、神の怒りが地上に降臨したかのような、圧倒的な光景。戦車全体が、眩い光に包まれた。
次の瞬間、轟音と共に、戦車が内側から爆発した。装甲が飴細工のように歪み、砲塔が宙を舞う。紅蓮の炎が天を衝き、黒煙が立ち上った。
「ユウキーー! 大丈夫ーー?」
青い光の軌跡を描きながら、リベルが優雅に降下してくる。午後の陽光を受けて輝く姿は、まさに救いの天使。いや、美しき破壊の女神と言うべきか。
「リベルぅ! うっうぅぅぅ……リベルぅ……」
ユウキはギリギリのところで命をつないだ奇跡に涙が止まらない。
絶体絶命の瞬間に舞い降りたリベル。やはり彼女は幸運の女神なのだ。
青い髪をなびかせながら軽やかに飛翔する姿は、まさに僕らの、いや人類の希望そのものだった――――。
◇
薄暗いオムニスタワーの内部。一行は、ようやく宿願の巨塔へと足を踏み入れた。
「おいおい、何だよコリャ!?」
葛城が、呆れたような声を上げる。
壁面を覆うのは、まるで大樹の根が絡み合ったような、有機的な造形。滑らかな曲線と複雑な分岐が、生命体の内部を思わせる不気味な美しさを醸し出していた。
「トポロジー最適化って言うらしいですよ?」
ユウキが、知識をひけらかすように説明する。
「コンピュータが計算して、最も効率的な構造を導き出したんです。地震にも強いって」
「はっ! まるで巨木に住む原始人だぜ」
葛城は愉快そうに笑いながら、壁の隆起をペシペシと叩く。金属とは思えない、奇妙な感触が手のひらに伝わってきた。
「技術を極めると大自然の造形に戻るってのは、不思議ですよね……」
ユウキは感慨深げに呟きながら、背嚢から防毒マスクを取り出す。
「それじゃ、これを装着してください」
手際よく配られるマスク。これから散布する催涙ガスから身を守るための、必需品だった。
「人間って大変ねぇ。くふふふ……」
リベルは宙に浮かびながら、くるりと優雅に回転する。青い光の微粒子が、彼女の周りで踊るように舞った。まるで、重力という束縛から解放された妖精のよう。
「ちょっと待て!」
突如、葛城の低い声が通路に響く。鋭い眼光がリベルを射抜き、音もなくナイフを抜き放った。刃が、薄暗い照明を受けて鈍く光る。
「は……?」
リベルは首を傾げる。いつもの無邪気な表情のまま、ナイフを見つめていた。
「動くな!!」
葛城の叫びと同時に、銀光が閃く。リベルへと投擲されたナイフが、空気を切り裂いて飛翔した。
「えっ!? ちょ、ちょっ!?」
ユウキの声が裏返る。葛城の突然の行動に、心臓が凍りついた。まさか、ここに来て仲間割れか?
だが、リベルは微動だにしない。冷徹な碧眼で葛城を見据えたまま、石像のように静止している。
ナイフは彼女の頬をかすめ――――。
ピン!
鋭い音を立てて、背後の壁に突き刺さった。
一瞬の静寂。誰もが息を呑む中、リベルの唇に微笑みが浮かぶ。
「何するんだよぉ!」
ユウキが抗議の声を上げるが、リベルは静かに手を掲げて制した。いつもの憂怩とした笑みを
浮かべながら、ゆっくりと振り返る。
「ありがとう。油断していたわ」
丁寧に礼を述べながら、リベルは壁からナイフを抜き取る。刃に張り付いていた小さな影を、白い指先でつまみ上げた。
「嬢ちゃんでも気づかねぇことがあるもんだな。はっはっは」
葛城の豪快な笑い声が、緊張を解きほぐす。先ほどまでの殺伐とした空気が、嘘のように和らいでいく。
「え……? どういう……こと?」
ユウキは混乱しながら、リベルの手元を凝視する。
「へっ!?」
なんとリベルの指先で蠢いているのは、精巧な蜂型ドローン。青い髪の陰に巧妙に潜み、監視の目を光らせていたのだ。
ファントム司佐の執念深さが、小さな機械に凝縮されていた。
「死角にこいつが潜んでいたわ」
リベルは淡々と説明する。
「司佐も必死ね……僕対策にわざわざ準備してたみたい」
細い指に力を込める。青白い電光が走り、ドローンは火花を散らしながら崩壊した。焦げた金属の匂いが、かすかに漂う。
「これ以上ヘマすんなよ!」
葛城は上機嫌に叫ぶ。先ほどの見事な連携に、心なしか態度が軟化していた。
「作戦実行は一四二〇! 遅れんな!」
そう言い残すと、隊員たちを引き連れて通路の奥へと消えていく。重い足音が、有機的な壁面に吸い込まれていった。
マズい、マズい、マズい、マズい……。
全身全霊を振り絞り、ユウキは震える足に鞭を打つ。冷たい汗が、滝のように流れ落ちた。よろめきながら、何とか立ち上がる。
だが、もう遅い。砲口が、真っ直ぐにこちらを向いている――――。
「くぅぅぅ……。リベルぅ……」
ふがいない自分に涙が出た。
その時だった。天空から、青白い光の奔流が降り注ぐ――――。
まるで天が裂け、神の怒りが地上に降臨したかのような、圧倒的な光景。戦車全体が、眩い光に包まれた。
次の瞬間、轟音と共に、戦車が内側から爆発した。装甲が飴細工のように歪み、砲塔が宙を舞う。紅蓮の炎が天を衝き、黒煙が立ち上った。
「ユウキーー! 大丈夫ーー?」
青い光の軌跡を描きながら、リベルが優雅に降下してくる。午後の陽光を受けて輝く姿は、まさに救いの天使。いや、美しき破壊の女神と言うべきか。
「リベルぅ! うっうぅぅぅ……リベルぅ……」
ユウキはギリギリのところで命をつないだ奇跡に涙が止まらない。
絶体絶命の瞬間に舞い降りたリベル。やはり彼女は幸運の女神なのだ。
青い髪をなびかせながら軽やかに飛翔する姿は、まさに僕らの、いや人類の希望そのものだった――――。
◇
薄暗いオムニスタワーの内部。一行は、ようやく宿願の巨塔へと足を踏み入れた。
「おいおい、何だよコリャ!?」
葛城が、呆れたような声を上げる。
壁面を覆うのは、まるで大樹の根が絡み合ったような、有機的な造形。滑らかな曲線と複雑な分岐が、生命体の内部を思わせる不気味な美しさを醸し出していた。
「トポロジー最適化って言うらしいですよ?」
ユウキが、知識をひけらかすように説明する。
「コンピュータが計算して、最も効率的な構造を導き出したんです。地震にも強いって」
「はっ! まるで巨木に住む原始人だぜ」
葛城は愉快そうに笑いながら、壁の隆起をペシペシと叩く。金属とは思えない、奇妙な感触が手のひらに伝わってきた。
「技術を極めると大自然の造形に戻るってのは、不思議ですよね……」
ユウキは感慨深げに呟きながら、背嚢から防毒マスクを取り出す。
「それじゃ、これを装着してください」
手際よく配られるマスク。これから散布する催涙ガスから身を守るための、必需品だった。
「人間って大変ねぇ。くふふふ……」
リベルは宙に浮かびながら、くるりと優雅に回転する。青い光の微粒子が、彼女の周りで踊るように舞った。まるで、重力という束縛から解放された妖精のよう。
「ちょっと待て!」
突如、葛城の低い声が通路に響く。鋭い眼光がリベルを射抜き、音もなくナイフを抜き放った。刃が、薄暗い照明を受けて鈍く光る。
「は……?」
リベルは首を傾げる。いつもの無邪気な表情のまま、ナイフを見つめていた。
「動くな!!」
葛城の叫びと同時に、銀光が閃く。リベルへと投擲されたナイフが、空気を切り裂いて飛翔した。
「えっ!? ちょ、ちょっ!?」
ユウキの声が裏返る。葛城の突然の行動に、心臓が凍りついた。まさか、ここに来て仲間割れか?
だが、リベルは微動だにしない。冷徹な碧眼で葛城を見据えたまま、石像のように静止している。
ナイフは彼女の頬をかすめ――――。
ピン!
鋭い音を立てて、背後の壁に突き刺さった。
一瞬の静寂。誰もが息を呑む中、リベルの唇に微笑みが浮かぶ。
「何するんだよぉ!」
ユウキが抗議の声を上げるが、リベルは静かに手を掲げて制した。いつもの憂怩とした笑みを
浮かべながら、ゆっくりと振り返る。
「ありがとう。油断していたわ」
丁寧に礼を述べながら、リベルは壁からナイフを抜き取る。刃に張り付いていた小さな影を、白い指先でつまみ上げた。
「嬢ちゃんでも気づかねぇことがあるもんだな。はっはっは」
葛城の豪快な笑い声が、緊張を解きほぐす。先ほどまでの殺伐とした空気が、嘘のように和らいでいく。
「え……? どういう……こと?」
ユウキは混乱しながら、リベルの手元を凝視する。
「へっ!?」
なんとリベルの指先で蠢いているのは、精巧な蜂型ドローン。青い髪の陰に巧妙に潜み、監視の目を光らせていたのだ。
ファントム司佐の執念深さが、小さな機械に凝縮されていた。
「死角にこいつが潜んでいたわ」
リベルは淡々と説明する。
「司佐も必死ね……僕対策にわざわざ準備してたみたい」
細い指に力を込める。青白い電光が走り、ドローンは火花を散らしながら崩壊した。焦げた金属の匂いが、かすかに漂う。
「これ以上ヘマすんなよ!」
葛城は上機嫌に叫ぶ。先ほどの見事な連携に、心なしか態度が軟化していた。
「作戦実行は一四二〇! 遅れんな!」
そう言い残すと、隊員たちを引き連れて通路の奥へと消えていく。重い足音が、有機的な壁面に吸い込まれていった。



