「クリアランス、オールグリーン!」

 四十フィート・コンテナの中で響く葛城の声は、鋼鉄の壁に反響して重く響いた。狭い空間に押し込められた戦士たちの息遣いが、青白いモニターの光に照らされて白く立ち上る。

「よーし! じゃぁ行っちゃうゾ!」

 リベルの碧眼(へきがん)が、子供のようにキラキラと輝く。その無邪気な興奮は、これから始まる殺戮とは不釣り合いなほど純粋だった。

「遊びじゃねぇんだぞ! ヘマすんなよ!」

 葛城の顔が苦渋に歪む。彼女と共に戦うことへの複雑な感情が、声に滲んでいた。

「あら?」

 リベルは小首を傾げ、唇に挑発的な笑みを浮かべる。青い髪がゆらりと揺れた。

「ヘマする確率なら、あんたの方がずっと高いんですケド?」

 戦闘前から火花を散らす二人に、あわててユウキが間に入る。

「ちょっともう、本番なんだからさぁ……」

 人類の未来がかかった作戦で、味方同士が諍いを起こしている場合ではない。

「フン! じゃぁ僕は行くからね!」

 リベルは憤慨したように言い放つと、その細い脚に青白い光を纏わせた。

 次の瞬間――――。

 ズン!

 凄まじい衝撃音と共に、コンテナの壁が外へと吹き飛ぶ。鋼鉄の破片が、まるで花びらのように舞い散った。

 眩い陽光が、一気に薄暗い空間へと流れ込む。

「くっ!」「うわっ、まぶしい……」

 突然の光に、戦士たちが目を細める中、リベルは軽やかに宙へと身を躍らせた。

「それじゃ、おっ先にぃ!」

 青空へと飛び立つその姿は、まるで解き放たれた青い鳥。その飛翔が、美しい光の航跡を描いていく――――。

 葛城は、遠ざかっていくリベルの背中を複雑な表情で見つめた。そして、自嘲気味に首を振る。

「はぁ……あんなのを敵に回してよく生き残ってこれたもんだぜ……ふぅ……」

「頼むから仲良くしてくださいよ?」

 ユウキが心配そうに声をかける。この危うい同盟関係が、最後まで持つかどうか――それが作戦の成否を左右することを、彼は痛いほど理解していた。

「分かってるよ!」

 葛城は肩をすくめ、苦い笑みを浮かべる。

「正直、あんなのもう敵に回したくないからな」

 本音が、ぽろりと漏れた。驚きと畏怖、そして奇妙な安堵感。かつての死神が味方についている――その事実は、複雑な感情を呼び起こす。

 気を取り直すように、葛城は計器類に目を走らせる。作戦開始の時は、刻一刻と迫っていた。

「レディ・トゥ・ランブル……」

 深呼吸。そして――

「GO! GO! GO!」

 号令と共に、武装した遊撃隊員たちが一斉に駆け出す。訓練された動きは、まるで一個の生命体のように統制が取れていた。ユウキもその奔流に必死に食らいついていく。

 ここはオムニスタワー近くのコンテナ埠頭。紺碧の海が、午後の陽光を受けてきらめいている。潮風が頬を撫で、海鳥の鳴き声が遠くに聞こえた。

 平和な風景。だが、それは嵐の前の静けさに過ぎない。

 巨大な塔が、不気味な影を落としている。その頂は青空に高く大きく開き、まるで天に挑むバベルの塔のよう。人類を支配する黒幕に支配された現代の神殿。

 今、その牙城に挑もうとしている。


      ◇


「GO! GO! GO!」

 葛城の掛け声が、ビル群の谷間に木霊する。遊撃隊は一糸乱れぬ動きで突進していく。アスファルトを打つ軍靴の音が、戦いの調べを奏でていた。

 ユウキは必死に彼らの背中を追う。日頃の運動不足が恨めしい。既に肺は悲鳴を上げ、足は鉛のように重かった。それでも、歯を食いしばって走り続ける。

 ズン! ズン!

 腹の底まで響く爆発音が、次々と轟く。見上げれば、青空に白い煙の花が咲いていた。リベルが防衛システムを破壊しているのだ。まるで花火大会のような光景だが、それは死と破壊の祝祭だった。

 ヴィィィン! ヴィィィン!

 甲高い警報音が、ガラスの壁を震わせる。ビル街全体が、巨大な楽器となって不協和音を奏でていた。

「頼もしいったらありゃしねぇな……」

 葛城が苦笑を漏らす。空を舞うリベルの姿を追いながら、複雑な感情が顔に浮かぶ。

 かつて、彼女は死の使者だった。仲間たちを次々と葬り去る、無慈悲な処刑人。その彼女が今、道を切り開いてくれている。運命の皮肉に、葛城は苦笑するしかなかった。

 街は大混乱に陥っていた。ワーカーロボットたちが右往左往し、自動運転車が行き場を失って立ち往生している。まるで、巣を突かれた蟻たちのような騒ぎ。秩序だった機械の世界が、一瞬にして混沌へと変わっていく。

 その渦の中を、遊撃隊は一直線に突き進む。目標は、ただ一つ――オムニスタワーの中枢。

「ホールト!! 一旦停止!」

 葛城の鋭い指示で、一行はビルの物陰に身を潜める。冷たいコンクリートの感触が、背中に伝わってきた。

「はぁっ……はぁっ……」

 ユウキは荒い息を整えながら、震える足を必死に支える。心臓が、胸郭を破りそうなほど激しく脈打っていた。

「目標は貨物搬入口。あそこ……」

 葛城が指差した先に、巨大な搬入口が見える。作戦では、あそこから侵入する手はずだった。しかし――――。

「はあっ!?」

 葛城の声が、驚愕に裏返る。

 重厚な鋼鉄製シャッターが、ゆっくりと降下を始めていた。キュルキュルという金属の軋みが、まるで棺桶の蓋が閉まる音のように響く。

「な、何だあれは?!」

 ユウキの心臓が、一瞬止まったような気がした。今から全力疾走しても、とても間に合いそうにない。唯一の侵入経路が、目の前で閉ざされようとしている。

 絶望が、じわりと胸に広がっていく。ここまで来て、まさか――――。