静寂を破って、重い足音が通路に響き始めた。ユウキは思わず身を強張らせる――――。

 次の瞬間、(とびら)が勢いよく開かれ、数人の男たちがドヤドヤと室内になだれ込んできた。その顔にはそれぞれ、長い戦いの疲れと警戒心が刻まれている。

「これは一体どういうことだ?」

 先頭の長身の白髪の男が、鋭い眼光を二人に向ける。その威圧的(いあつてき)な雰囲気に、ユウキは一瞬たじろいだ。どうやら彼がリーダーらしい。銀色の髪に刻まれた深い皺が、数え切れない苦難を物語っている。

「で、では、改めて説明させていただきます」

 ユウキは空中に映し出された映像を指さしながら、オムニスタワーで目にした光景を詳しく語っていく。贅沢な調度品(ちょうどひん)、派手な照明、そして美女たちが行き交う様子――――。その一つ一つが、AIによる管理社会という従来の認識を根底から覆すものだった。

「はぁっ!?」「な、何だこれは!?」「一体どうなってるんだ!?」

 次々と上がる驚愕の声。レジスタンスの幹部たちの表情には、困惑と怒りが入り混じっていた。

 ユウキは手ごたえを感じ、熱を込めて語っていく。

「これら全て、昨日撮影してきたそのままの映像です」

「ちょっと待て!」

 リーダーが不意に声を上げた。その目には疑念の色が濃く(にじ)んでいる。

「お前たち、どうやってオムニスタワーから生還した?」

 ユウキは息を呑んだ。確かに、あの警備の厳重なタワーからの脱出を説明するのは簡単ではない。

「そんなの簡単よ。窓から飛び降りただけ」

 リベルが得意げに言い放った。その軽やかな口調に、ユウキは冷や汗をかく。

「そ、そうです。パラシュートで飛び出して、後は小型モーターをつけたパラグライダーみたいに……」

 事前に打ち合わせたシナリオ通りにユウキは説明していく。

「ふん、パラグライダーか? だが、それだけで逃げ切れるほど甘くはないはずだ」

 リーダーは二人を睨みつける。その眼差しには、明らかな敵意が込められていた。これまで数え切れない裏切りを経験してきた者の、深い不信が宿っている。

「いや、でも、本当なんです!」

 ユウキは必死に説得しようとするが、猜疑の視線は強まるばかりだった。

「正体を明かせ! 何を企んでいる?」

 白髪の男はガン!とテーブルを叩き、威圧する。緊張が一気に高まった。

「た、企むって、僕はオムニスを支配する黒幕を一緒に捕まえて……」

「そうやって俺たちを一網打尽にする計画かもしれんだろ?」

「いやいや、僕は純粋に司佐から人類を解放したいだけ……」

「ふん! どうだか! おい! コイツらを拘束しろ!」

 白髪の男は葛城に指示した。その声には、容赦のない決断力が込められている。

「なによ!」

 リベルの甲高い声が室内に響き渡る。

「せっかく貴重な情報を提供してあげてるのに、そんな扱いってあるの?」

 怒りに震えるリベルの碧眼(へきがん)が青白く輝き、藍色(あいいろ)の髪が逆立つ。その髪の先端からは青白い火花が(ほとばし)った。まるで怒りそのものが電気となって現れたかのようだった。

「ア、アンドロイド!?」「敵襲! 敵襲!」「総員退避!!」

 室内が騒然とする。レジスタンスの幹部たちは一瞬にして戦闘態勢を取った。

 葛城の動きは素早かった。彼はホルスターから拳銃を引き抜くと、躊躇なくリベルに向けて引き金を引いた。

 パン!パン!と乾いた銃声が室内に轟く。

 しかし――――。

「ふふっ。いい反応速度……好きよ?」

 ニヤリと笑うリベルの指には飛来した弾丸が摘ままれていた。目にも止まらぬ速さで飛来する弾丸を捕まえていたのだ。その超人的な能力に、室内の空気が凍りつく。

「くぅっ! バケモンがぁぁ!!」

 葛城は間髪入れず再度発砲するが、不敵な微笑みを浮かべたリベルは身体を黒い霧としてブワッと辺りに散らばせた。その姿に、室内は阿鼻叫喚の修羅場と化す。

 な、なんだこれは!? ひぃぃぃ! 逃げろぉぉ!

 幹部たちの悲鳴が室内に響き渡る中、ユウキは叫ぶ。

「リベル、ダメッ! 止まって!」

 ユウキは何とか事態を収拾しようとしたが、霧と化したリベルはとても止められない。その姿は、まるで悪夢から抜け出した幽霊のようだった。

「くっ!」

 葛城は歯を食いしばる。黒い霧となって室内に広がるリベルに、もはや照準を定めることすらできない。

「チェックメイト! くふふふっ」

 涼しげな声が、葛城の背後から響く。振り向く間もなく、彼の首筋に熱い感触が走った。実態化したリベルの腕が刃物へと変貌を遂げ、その鋭い切っ先が葛城の命運を制していたのだ。