はぁっ!?

 ユウキは目の前に広がる予想をはるかに超えた光景に気おされた。

 そこはまるで天空に浮かぶ硝子(がらす)の宮殿だった。ドーム状に広がるガラスが太陽の光を受けて虹色に輝きながらゆったりと回っている。現実感などなく、まるで異世界へと迷い込んだかのような錯覚すら覚えた。

 円形の会場の床は一面の強化ガラス。(まぶ)しい光に目を細めながら、ユウキは恐る恐る一歩を踏み出した。足元には数百メートル下にエントランス、オムニスタワーの切れ間からは高層ビルが並んで見え、その先には雄大な東京湾――――。まるで空中を歩いているようで眩暈(めまい)を覚える。

 最下層の円形ステージを中心に螺旋(らせん)を描く階段式フロアには、観葉植物のモンステラやアレカヤシが生い茂り、柔らかな間接照明が植物の葉を通して揺らめいている。そこに希少な木材で作られた調度品が配され、上品な空間が演出されていた。

 中央に向かって緩やかに下る客席は、巨大な花の花弁(かべん)を思わせる。最下層のステージ後方には巨大なLEDスクリーンが設置され、AIが生成する幻想的な映像が次々と流れていた。

 時折、ドームのガラスが黒く変色して暗闇がやってくると、観葉植物たちが淡い青色の光を放ち始める。会場はまるで深海の楽園のような神秘的な空間へとメタモルフォーゼしていく。

 ほわぁぁぁ……。

 文化と自然の息吹を感じさせる科学の宮殿に、ユウキは息を呑んだ。AIが自発的にこんなものを作るわけがない。黒幕の並外れた力を見せつけられたようでユウキはキュッと口を結んだ。

 恐る恐る足を進めていくと銀色の未来的なドレスに身を包んだウェイトレスたちとすれ違う。彼女たちは、まるで舞踏のように優雅な動きで飲み物を運んでいく。ドレスの裾がガラスの床に映り込み、まるで雲の上を歩いているかのように見えた。

 ユウキはこの圧倒的な空間に飲み込まれそうになり、慌ててギリッと奥歯をかみしめる。自分はここのトップをぶっ倒しに行くのだ。アウェーの空気に染まってはならない。

 最下層のスタッフ席に腰を下ろしたユウキは、静かに会場の様子を(うかが)った。

 フロアに漂う甘ったるい香水の匂いが、鼻腔を刺激する。(つや)やかな女性たちが男性客の間を縫うように動き、作り物めいた笑顔を振りまいていた。グラスが触れ合う音、忍び笑い、そして時折響く下品な歓声――全てが、この天空の宮殿に不協和音を奏でている。

(これが……人類を導く者たちの素顔なのか)

 胸の奥で何かが軋むような痛みを感じ、ユウキは唇を噛みしめた。

 ベーシックインカム制度によって格差は表向き解消されたはずだった。歓楽街は廃墟(はいきょ)と化し、人々は平等な暮らしを手に入れたと信じていた。だが現実は違う。オムニスを支配する者たちは、この秘められた空中楼閣で、かつて以上の贅沢(ぜいたく)に耽っていたのだ。

 十五歳の少年にとって、この光景はあまりにも残酷だった。ケンタを殺し、人類を支配する連中が隠れて何をやっているかと言えば女遊びなのだ。その醜悪な現実が心を蝕んでいく。

「いかんいかん! ふぅぅぅぅ……」

 ユウキは首をぶんぶんと振って大きく息をつき、気持ちを落ち着かせた。

 会場を見渡せば、階層による明確な序列が存在していた。上層階には威風堂々(いふうどうどう)とした者たちが陣取り、下へ行くほどその輝きは色褪せていく。オムニスの支配体制の中にも、結局は人間の(ごう)が根深く巣食っているのだ。

 そっと最上段に視線を向けると――――。

 豪奢(ごうしゃ)な玉座にも似た椅子に、一人の男が鎮座していた。肥満した体躯、(たる)んだ頬、そして獲物を品定めするような濁った眼。その両脇には、きわどい衣装に身を包んだ女性たちが、まるで生きた装飾品のように控えている。

(なんて……愚劣な)

 世界を変える力を持ちながら、結局は最も原始的な欲望に支配されている。その矮小(わいしょう)さに、ユウキは深い絶望を感じた。こんな男に人類の運命が握られているなんて――――。

 ギリッ。

 無意識に奥歯を噛みしめ、拳を握りしめる。

(絶対に成功させる!)

 ユウキは冷静に状況を分析し始めた。警備の配置、人の流れ、そして最短の突破経路。全神経を研ぎ澄まし、頭の中で黒幕襲撃のシミュレーションを繰り返す。

 心臓が早鐘を打つ。だがそれは恐怖ではない。これから起こす革命への、静かな昂ぶりだった。