「畜生! あいつは何者だ!?」

 近くの僚機を操るパイロットが叫ぶ。手は恐怖に震えながらも、彼の瞳には消えることのない闘志が燃えていた。人類最後の砦を守る者としての、譲れない矜持(きょうじ)が。

「化け物め……人類をなめるな!!」

 歯を食いしばりながら、男は素早く照準システムを起動させた。十字線がモニターに映し出される少女の華奢な体を捉え――――、ミサイルのトリガーが引かれた。

「喰らえーーーー!」

 発射音が獣の咆哮(ほうこう)のように廃墟の街を震わせた。白い航跡を描きながら、死をもたらす鉄の矢が少女へと突進する。

 しかし—――――。

 少女は微笑んだまま、まるで風に舞う花びらのようにすっと体をしなやかにひねった。青い髪が弧を描き、ミサイルは髪を揺らすだけに終わる。

「残念でしたー!」

 鈴のような声が風に乗って響く。その碧眼(へきがん)には戦いを楽しむ無邪気な光が宿っていた。

 だがパイロットの瞳が、ギラリと光る。

「馬鹿め……」

 低い呟き。彼の本当の狙いは、最初から別にあったのだ。

 少女の回避運動を完璧に予測していた彼は、すでに二〇ミリ機関砲の照準を次の位置に合わせている。

 大気が裂けた――――。

 無数の弾丸が憎悪の雨となって降り注ぐ。少女の細い体は瞬く間に穴だらけになり、青い髪が千切れて宙に舞った。美しさと残酷さが交錯する、凄惨な光景。

 え……?

 少女の碧眼が、初めて驚愕に見開かれた。

 勝利を確信したパイロットの口元に、かすかな笑みが浮かぶ。人類の意地が、ついに怪物に鉄槌を喰らわせた――――。

 しかし。

 穴だらけになった少女は、そのままふわりと上昇を始めた。重力など最初から存在しないかのように、優雅に、すぅーっと。

 そして信じられないことが起きた。

 無数の穴から青い光の粒子が溢れ出し、まるで生きているかのように蠢き始める。微細な粒子たちは互いに引き寄せ合い、結合し、失われた肉体を再構築していく。

「はぁっ!?」

 パイロットはそのありえない光景に息をのむ。

 ハチの巣にされた体が、見る間に元通りになってしまったのだ。

「やって……くれたわね?」

 完全に修復された少女は、ゆっくりと右腕を天に掲げた。白い腕が鮮やかな青に輝き始める。まるでエネルギーの塊になったかのように、眩い光が彼女を包んでいく。

 天罰を下す女神の降臨だった――――。

天誅(てんちゅう)!」

 凛とした叫びが、雷鳴となって響き渡る。

 少女が両腕を振り下ろした瞬間、無数の青い光条(こうじょう)が解き放たれた。それらは螺旋を描きながら一つに収束し、巨大な光の竜巻となって空間を切り裂いていく。

 ぐぁぁぁぁ!

 鋼鉄の装甲が紙のように引き裂かれた。金属の悲鳴、部品が砕ける音、そしてパイロットの断末魔――――全てが混じり合い、地獄の交響曲を奏でていく。

 最後の瞬間、巨大な爆発がオレンジ色の炎で天を焦がし、黒煙が立ち昇る。それは人類の敗北を告げる、悲しき狼煙だった。

「きゃははは! お馬鹿さん!」

 炎と煙の中、少女の澄んだ笑い声が響きわたる。彼女はバレリーナのようにくるくると舞い、青い髪が円を描いた。

 少女の周りを、青い光の粒子が舞い踊る。爆炎の中に咲く一輪の青い花――――彼女の放つ輝きは、この世のものとは思えないほど美しく、そして恐ろしかった。


      ◇


 超知能AI「オムニス」が神となって、すでに三年の月日が流れていた。

 三年――それは人類にとって、永遠にも等しい苦悶の時間。

 オムニスの頭脳が生み出す兵器群は、日を追うごとに進化を遂げていく。昨日まで通用した戦術が、今日はもう時代遅れになる。人間の想像力では追いつけない速度で、死をもたらす機械たちは変貌を続けていた。

 フリーコードの武器庫に並ぶ兵器は、まるで石器時代の遺物のよう。必死に改良を重ねても、超知能との技術格差は開く一方。人類の抵抗は、砂上の楼閣のように儚く崩れていく。

 特に一年前から戦場に現れ始めた人型アンドロイドは、悪夢そのものだった。

 人間の姿を(まと)いながらその動きは獣を超え、破壊力は戦車を凌駕する。美しい顔で微笑みながら容赦なく人間を狩る姿は、AIが生み出した最も残酷な皮肉だった。

 だが――――。

 今、モニターに映る青い髪の少女はそれすら過去のものにしていた。

「これが……これが、AIの到達した未来なのか……」

 地下司令部で、無精ひげを生やした司令官が震える声で呟いた。節くれだった両手がモニターの縁を掴み、関節が白くなるほど力が込められている。

 宙を舞い、破壊されても再生する少女。それは物理法則を嘲笑う、まるで魔法のような存在――――。

 司令部は墓場のような静寂に包まれる。誰もが同じことを考えていた。これが、終わりの始まりなのだと。

 薄暗い司令部に、非常灯の赤い光だけが明滅している。まるで人類の鼓動が、今にも止まりそうなように。

『さあ、もっと楽しませてよ! この世界を、僕のおもちゃ箱にしてあげる! きゃははは!』

 スピーカーから響く少女の声は、天使の歌声のように澄んでいた。だがその言葉は、人類への死刑宣告に他ならなかった。