「こんな所に放っておくわけには……いかないよな……」

 ユウキはキュッと口を結ぶと教室まで全力で駆け戻る。息を切らしながらリュックを掴み、中身を机の上に放り出した。教科書やノートが散乱する。だが目に入らない。頭の中はリベルのことだけでいっぱいだった。

 屋上に戻ると震える手で紙を取り出し、黒い粒子を掬い始めた。一粒一粒が、彼女の欠片。宝石を扱うような慎重さで、丁寧に、優しく。

 風が吹く。粒子が舞い上がりそうになる。息を止め、身を低くして風を遮る。

「待っていてね……安全な所へ避難させてあげるから」

 囁きながら作業を続ける。

 脳裏に浮かぶのは、つい先ほどまでの彼女の姿。風に舞う青い髪。悪戯っぽい笑み。そして――無意識に唇に触れた。

 まだ温もりが残っているような錯覚。初めてのキスの感触が、幻のように蘇る。

「こんな、こんな砂みたいなものが……リベルだなんて……」

 声が震えた。

 目の前の黒い山が、さっきまで笑っていた少女だとは信じがたい。生と死の境界が、あまりにも曖昧で残酷だった。

 ――もし、このまま永遠に砂のままだったら?

 悪寒が背筋を駆け上がった。全身が凍りつく。

「いや、いやいやいや。違う、違うって!」

 激しく首を振る。悪夢のような想像を振り払うように。額の冷や汗を拭いながら、必死に自分に言い聞かせる。

「これはただの冬眠! 絶対に目を覚ますんだから!」

 叫んでも、不安は消えない。

 視界が歪む。熱いものが頬を伝った。涙が黒い粒子の上に落ち、小さな(くぼ)みを作る。

「う……うぅぅ……。リベルぅ……」

 嗚咽が漏れた。

「オムニスの黒幕を倒すんだろ? 元に戻ってよぉ……」

 涙で滲む視界の中、ひたすら粒子を集め続ける。一粒でも失えば、彼女の一部を失うことになる。その恐怖が、手を震わせた。

 リュックに注がれていく黒い粒子。冷たく、無機質。だが今や、世界で最も大切な宝物だった。


      ◇


「これで……全部……かな?」

 膝をつき、コンクリートの床を這うように確認する。一粒も見落とせない。西日に照らされた床を、角度を変えて何度も確認した。

「リベル……もう、どこにも残ってない?」

 誰もいない屋上に、切ない声だけが響く。

 最後の確認を終え、リュックを手に取る。

 おほっ!?

 予想以上の重さによろめいた。縫い目が(きし)み、肩紐が悲鳴を上げる。通学用のリュックには、明らかに限界を超えた負荷がかかっていた。

「でも、これは……リベルの全てなんだ……」

 汗を拭い、慎重に背負い直す。どれほど重くても、手放すわけにはいかない。

 停電で混乱する街を、必死に歩く。電車もバスも止まり、道路は立ち往生する車で埋まっていた。

「待っていてね、リベル……」

 一歩ごとに、肩に食い込む重み。背中から滾々(こんこん)と汗が流れる。

「君を失うわけにはいかない……絶対に……」

 汗の一滴一滴が、決意の証。よろめきながらも前へ進む姿は、希望を背負う巡礼者(じゅんれいしゃ)のようだった。

 茜色に染まる空の下、少年は黙々と歩き続けた。