柔らかな衝撃が、世界を停止させた。

「んむっ!?」

 思考が真っ白になる。何が起きているのか、なぜこうなったのか、すべてが混乱の渦に呑み込まれていく。
 リベルの唇は、まるで人間そのものだった。ナノマシンで構成されているはずなのに、体温を持ち、マシュマロのような柔らかさを持っている。

 やがて、柔らかな舌が伸びてきた。

 優しく、ゆっくりと、ユウキの唇を撫でる。甘酸っぱい香りが鼻腔をくすぐり、理性という名の防壁が音を立てて崩れていく。

 いつしか、舌を受け入れていた。絡み合い、求め合い、溶け合っていく――――。

 キィィィン!

 甲高い金属音が、二人の世界を引き裂いた。

 ユウキは反射的に音の方を向こうとする。何かヤバいものが接近しているのだ。轟音(ごうおん)を立てて、圧倒的な存在感を放ちながら――――。

 だがリベルは許さなかった。

 恐ろしいほどの力で頭を押さえつけ、さらに深く舌を絡めてくる。逃げることも、振り向くことも許されない。

「んっ!? んむむ!?」

 抗議の声も、彼女の口の中に呑み込まれていく。

 飛行物体がものすごい轟音を放ちながら頭上すぐ上を通過した――――。

 ジェットエンジンの咆哮が遠ざかり、やがて静寂が戻ってくる。

 その瞬間、リベルはスッと身を離した。

 去っていく飛行物体を見送り、ニヤリと笑う。作戦成功の満足感が、その表情に浮かんでいた。

「え……? リ、リベル……?」

 突然の喪失感に、思わず手を伸ばす。頬が熱く、心臓が暴れ馬のように跳ね回っている。

 パン!

 手が叩かれた。

「痛っ! な、なんで……?」

 熱いキスの直後の冷たい仕打ち。理解できない温度差に、情けない声が漏れる。

「アリガト! 助かったわ!」

 セーラー服のリベルが、満面の笑みを浮かべた。罪悪感など微塵もない、純粋な喜びの表情。

「あ……もしかして、偽装……ってこと?」

 ようやく理解が追いついた。

「そうよ? 他に何の目的があるのよ?」

 あっけらかんとして『当然でしょ?』という顔を見せる。

 ユウキはガクリと肩を落とした。期待と現実の落差が、ズシリと心に響く。

「初めて……だったのにぃ……」

 ぼそりと呟く。人生初のキスが、偽装工作の道具だったという事実は厳しい。

「あら、私だって初めてよ? おあいこだわ! ふふっ。屋上で青春する高校生ってなかなか良いアイディアだと思わない?」

 人差し指を立て、ドヤ顔で語る。その無邪気さが、かえって心を抉ってくる。

「キ、キスまでする必要……あったかな?」

 ユウキは拗ねた声で抗議する。

「あら? 嫌だった?」

「い、嫌なんかじゃ……ないけど……」

 正直、夢のような体験だった。美しい少女との甘いキス。だがそれが単なる道具として使われたと思うと、胸の奥で何かが軋む。

「ならいいじゃない。これも【人間の輝き】って奴なんでしょ? なんか不思議な感覚だったわ。キャハッ!」

 悪びれもしない笑い声に、ユウキは口を尖らせた。心臓はまだ、収まらない鼓動を刻み続けている。

「さて、ゆっくりしてはいられないわ。奴らも馬鹿じゃないしね」

 リベルが空を見上げた。

 西に傾いた太陽が、彼女の横顔を金色に染める。碧眼には戦いへの覚悟と、どこか切ない影が宿っていた。