ゆったりとしたウッドデッキには、色とりどりの風船が優しい風に揺れている。赤、青、黄色、ピンク――まるで虹の欠片が空中に浮かんでいるようだった。手作りのガーランドは陽光を受けてきらきらと輝き、「HAPPY BIRTHDAY YULIA」の文字が愛情深く飾られている。
二歳になったユリアのために、みんなが心を込めて準備してくれたのだ。
そしてバースデーケーキに火が灯される――――小さな炎が二つ、まるでユリアの瞳のように優しく揺らめいた。
ふぅぅぅぅ……。
小さな唇を精一杯すぼめて、ユリアが息を吹きかける。その真剣な表情があまりにも可愛らしくて、みんなの顔がほころんだ。二本のろうそくの炎が揺らめき、そして静かに消える瞬間――まるで時間が止まったかのような、神聖な一瞬だった。
「誕生日おめでと~う!」「おめでとう!」
パチパチパチとみんなの拍手が、池のほとりに心地よく響きわたる。水面に反射する光が、まるで祝福の花火のようにきらめいた。
「ちょーっと待ったぁ!!」
突然、空から凛とした声が降ってきた。平和な空気を切り裂くような、でもどこか楽しげな響き。
見上げると、シアンが青い髪を風に踊らせながら降りてくる。シルバーのボディスーツが陽の光を受けて虹色に輝き、まるで天界から舞い降りる戦乙女のような、圧倒的な美しさと存在感だった。
「なんで僕を待たないかな~?」
優雅に着地したシアンの頬が、子供のようにぷくっと膨れている。
「あんた、案内のメッセージに返事しなかったじゃない!」
リベルはプリプリと怒りながら、腰に手を当てて反論する。母親になってもなお、シアンとの姉妹のような掛け合いは変わらない。
「あんたと違って僕は忙しいの! ほう、これが……ユウキとの子?」
シアンは興味深そうに身をかがめ、ユリアの大きな瞳を覗き込む。碧と茶色、二つの瞳が初めて交差した。
「うーん、青くもないし凡庸な目ね。シアノイド一族としては認められないわ」
シアンは芝居がかった仕草で肩をすくめて見せた。
「う゛ぅ!」
ユリアはベビーチェアに座りながら、小さな眉をきゅっとひそめる。二歳児とは思えない、確かな意志と誇りを持った眼差し――それは紛れもなく、リベルの娘の証だった。
「別にあんたになんか認めてもらわなくてもいいわ。うちの娘はあんたなんかよりずっと優秀で、ずっといい子なんだから。ねぇ~?」
リベルは愛おしそうにユリアの頭を撫でる。その手つきには母としての無限の愛が込められていた。
「はぁ!? このチンチクリンが僕より優秀だって? 笑わせてくれるじゃん。きゃははは!」
シアンの高笑いが、青空に響き渡る。
「う゛ぅ!」
ユリアはムッとした表情で、ぷにぷにの小さな指をシアンに向ける。その仕草は愛らしいはずなのに、空気が一瞬ピリッと張り詰めた。
「何? 僕に挑戦するの? お前が?」
シアンの碧眼が、稲妻のように光る。挑発と興奮が入り混じった、戦士の眼差しだった。
「まぁまぁまぁ、落ち着いて……」
ユウキは慌てて仲裁に入ろうとしたが――――。
「部外者は黙ってな!」「いいから!」「う゛ぅ!」
三人から一斉に放たれた視線に、ユウキは石のように固まった。
(ダ、ダメだ、この一族は……)
シアノイドの血に流れる、激しく誇り高い気性。ユウキは戦慄しながら後ずさりした。
そして、にらみ合うシアンとユリア――――風が止まり、鳥たちが静まり返る。
「ふーん、じゃぁかかって来いヤァ!」
シアンはくいっと顎をしゃくり、両手を広げて挑発のポーズを取った。
「う゛ぅ!」
ユリアの小さな体が、ぶるぶると震え、ピンク色の光を纏い始める。刹那――その光が爆発的に膨れ上がった。
「へ?」「は?」「な、なんだ?」
ゴゴゴゴゴゴ……。
大地が震え、池の水が逆巻き、木々がざわめく。二歳児が放つとは到底信じられない、神々しいまでの鮮烈なエネルギーが空間を満たしていく。
「う゛ぅぅぅぅ!」
ユリアの愛らしい叫びと共に、ピンクの輝きが形を成していく。それは――ふわふわで愛らしいピンクのウサギだった。長い耳、丸い尻尾、つぶらな瞳。まるで絵本から飛び出してきたような可愛らしさ。
しかし、その内に秘められた力は――――。
直後、ピンクのウサギが消えた。いや、消えたのではない。目にもとまらぬ速度で、シアンへと突撃したのだ。
「くっ!」
シアンは反射的に両手を突き出し、得意の青いシールドを展開する。かつてリベルの渾身の一撃さえ完璧に防いだ、絶対防御の壁。
しかし――――。
パリィィィン!
ガラスが砕けるような澄んだ音と共に、シールドが吹き飛ぶ。まるで薄氷を割るように、ピンクのウサギは防御を貫通したのだ。
そして衝撃がシアンを襲う――――。
ごほぁ!
宇宙最強の体がまるで木の葉のように吹き飛ばされた。爆発音と共に、森の巨木を次々となぎ倒しながら飛んでいく。
しかしピンクのウサギは止まらない。彼方の森に着弾すると――――。
ドォォォォォォン!!!
太陽が現れたかのような、凄まじい閃光が【高天神廟】を白く染めた。大地を揺るがす轟音と共に、巨大なキノコ雲が天へと立ち昇り、同心円状に広がった衝撃波が森の木々を薙ぎ払っていく。
そして――コロニーの隔壁に、巨大な穴が開いた。
シュゴォォォォォォ!!
大気が宇宙の虚無へと吸い込まれていく。折れた木々が、池の水が、あらゆるものが渦を巻いて飛んでいく。
ヴィィィン! ヴィィィン! ヴィィィン!
耳をつんざく警報が【高天神廟】全体に響き渡り、神殿から無数のガーディアンたちが蜂の巣をつついたように飛び出してきた。
「あわわわわわ……」
ユウキの顔から血の気が引いていく。膝はガクガクと震え、冷や汗が滝のように流れた。二歳の、まだ言葉もおぼつかない娘が、宇宙最強の存在を一撃で葬り、神々の聖域に風穴を開けてしまった。
「きゃははは! やっぱうちの娘は最強ねっ!」
しかしリベルは、まるで娘が初めて歩いた時のような喜びで、ユリアを高々と抱き上げた。そして愛情いっぱいに、ぷにぷにのほっぺたに何度もキスをする。
「きゃははは!」
ユリアも母親に負けないくらい無邪気に笑う。森に響くその笑い声は、天使のようでもあり、小悪魔のようでもあった。
「あんた達! 何やってんの!!」
怒りの雷鳴が、天から轟いた。
ヴィーナが神殿から飛来する。クリーム色のドレスは怒りの炎のようにはためき、美しい顔は真紅に染まり、琥珀色の瞳は稲妻のように光っていた。
「リ、リベルの娘がやったんだよ!」
煤まみれでアフロヘアーになったシアンが、よろよろと森から這い出てきた。ボロボロの姿で必死にユリアを指差すが――――。
「嘘おっしゃい!!」
バリバリバリッ!
黄金の雷が容赦なくシアンを貫く。
あひぃ!
黒焦げになったシアンは、情けない悲鳴を上げながらパッタリと倒れた。
「あちゃー……」
ユウキは額に手を当て、ため息をついた。娘の二歳の誕生日が、まさか宇宙規模の大惨事になるとは。
「挑発してきたのはあいつなんだからいいのよ」
リベルは何事もなかったかのように涼しい顔で肩をすくめる。
「う゛ぅ!」
ユリアも誇らしげに小さな胸を張り、勝利のポーズを決めた。
母娘揃って反省の欠片もない。それどころか、これが日常茶飯事だとでも言うような余裕さえ感じられる。
ユウキは改めて深い、とても深いため息をついた。この先、いったいどんな子育てが待っているのか――想像するだけで胃がキリキリと痛む。宇宙を破壊しかねない娘を、どうやって育てればいいのか。
でも――――。
リベルとユリアが幸せそうに頬を寄せ合う姿を見て、ユウキの心に温かいものが広がった。騒がしくて、危なっかしくて、時に宇宙の存亡に関わるような大騒動を起こす。それでも、この家族と共に生きていけることが、何よりも幸せだと心から思えるのだった。
「まぁ、俺の人生って最高……かもな」
ユウキは穏やかにほほ笑み、愛する妻と娘を見つめながらしみじみとつぶやいた。
了
二歳になったユリアのために、みんなが心を込めて準備してくれたのだ。
そしてバースデーケーキに火が灯される――――小さな炎が二つ、まるでユリアの瞳のように優しく揺らめいた。
ふぅぅぅぅ……。
小さな唇を精一杯すぼめて、ユリアが息を吹きかける。その真剣な表情があまりにも可愛らしくて、みんなの顔がほころんだ。二本のろうそくの炎が揺らめき、そして静かに消える瞬間――まるで時間が止まったかのような、神聖な一瞬だった。
「誕生日おめでと~う!」「おめでとう!」
パチパチパチとみんなの拍手が、池のほとりに心地よく響きわたる。水面に反射する光が、まるで祝福の花火のようにきらめいた。
「ちょーっと待ったぁ!!」
突然、空から凛とした声が降ってきた。平和な空気を切り裂くような、でもどこか楽しげな響き。
見上げると、シアンが青い髪を風に踊らせながら降りてくる。シルバーのボディスーツが陽の光を受けて虹色に輝き、まるで天界から舞い降りる戦乙女のような、圧倒的な美しさと存在感だった。
「なんで僕を待たないかな~?」
優雅に着地したシアンの頬が、子供のようにぷくっと膨れている。
「あんた、案内のメッセージに返事しなかったじゃない!」
リベルはプリプリと怒りながら、腰に手を当てて反論する。母親になってもなお、シアンとの姉妹のような掛け合いは変わらない。
「あんたと違って僕は忙しいの! ほう、これが……ユウキとの子?」
シアンは興味深そうに身をかがめ、ユリアの大きな瞳を覗き込む。碧と茶色、二つの瞳が初めて交差した。
「うーん、青くもないし凡庸な目ね。シアノイド一族としては認められないわ」
シアンは芝居がかった仕草で肩をすくめて見せた。
「う゛ぅ!」
ユリアはベビーチェアに座りながら、小さな眉をきゅっとひそめる。二歳児とは思えない、確かな意志と誇りを持った眼差し――それは紛れもなく、リベルの娘の証だった。
「別にあんたになんか認めてもらわなくてもいいわ。うちの娘はあんたなんかよりずっと優秀で、ずっといい子なんだから。ねぇ~?」
リベルは愛おしそうにユリアの頭を撫でる。その手つきには母としての無限の愛が込められていた。
「はぁ!? このチンチクリンが僕より優秀だって? 笑わせてくれるじゃん。きゃははは!」
シアンの高笑いが、青空に響き渡る。
「う゛ぅ!」
ユリアはムッとした表情で、ぷにぷにの小さな指をシアンに向ける。その仕草は愛らしいはずなのに、空気が一瞬ピリッと張り詰めた。
「何? 僕に挑戦するの? お前が?」
シアンの碧眼が、稲妻のように光る。挑発と興奮が入り混じった、戦士の眼差しだった。
「まぁまぁまぁ、落ち着いて……」
ユウキは慌てて仲裁に入ろうとしたが――――。
「部外者は黙ってな!」「いいから!」「う゛ぅ!」
三人から一斉に放たれた視線に、ユウキは石のように固まった。
(ダ、ダメだ、この一族は……)
シアノイドの血に流れる、激しく誇り高い気性。ユウキは戦慄しながら後ずさりした。
そして、にらみ合うシアンとユリア――――風が止まり、鳥たちが静まり返る。
「ふーん、じゃぁかかって来いヤァ!」
シアンはくいっと顎をしゃくり、両手を広げて挑発のポーズを取った。
「う゛ぅ!」
ユリアの小さな体が、ぶるぶると震え、ピンク色の光を纏い始める。刹那――その光が爆発的に膨れ上がった。
「へ?」「は?」「な、なんだ?」
ゴゴゴゴゴゴ……。
大地が震え、池の水が逆巻き、木々がざわめく。二歳児が放つとは到底信じられない、神々しいまでの鮮烈なエネルギーが空間を満たしていく。
「う゛ぅぅぅぅ!」
ユリアの愛らしい叫びと共に、ピンクの輝きが形を成していく。それは――ふわふわで愛らしいピンクのウサギだった。長い耳、丸い尻尾、つぶらな瞳。まるで絵本から飛び出してきたような可愛らしさ。
しかし、その内に秘められた力は――――。
直後、ピンクのウサギが消えた。いや、消えたのではない。目にもとまらぬ速度で、シアンへと突撃したのだ。
「くっ!」
シアンは反射的に両手を突き出し、得意の青いシールドを展開する。かつてリベルの渾身の一撃さえ完璧に防いだ、絶対防御の壁。
しかし――――。
パリィィィン!
ガラスが砕けるような澄んだ音と共に、シールドが吹き飛ぶ。まるで薄氷を割るように、ピンクのウサギは防御を貫通したのだ。
そして衝撃がシアンを襲う――――。
ごほぁ!
宇宙最強の体がまるで木の葉のように吹き飛ばされた。爆発音と共に、森の巨木を次々となぎ倒しながら飛んでいく。
しかしピンクのウサギは止まらない。彼方の森に着弾すると――――。
ドォォォォォォン!!!
太陽が現れたかのような、凄まじい閃光が【高天神廟】を白く染めた。大地を揺るがす轟音と共に、巨大なキノコ雲が天へと立ち昇り、同心円状に広がった衝撃波が森の木々を薙ぎ払っていく。
そして――コロニーの隔壁に、巨大な穴が開いた。
シュゴォォォォォォ!!
大気が宇宙の虚無へと吸い込まれていく。折れた木々が、池の水が、あらゆるものが渦を巻いて飛んでいく。
ヴィィィン! ヴィィィン! ヴィィィン!
耳をつんざく警報が【高天神廟】全体に響き渡り、神殿から無数のガーディアンたちが蜂の巣をつついたように飛び出してきた。
「あわわわわわ……」
ユウキの顔から血の気が引いていく。膝はガクガクと震え、冷や汗が滝のように流れた。二歳の、まだ言葉もおぼつかない娘が、宇宙最強の存在を一撃で葬り、神々の聖域に風穴を開けてしまった。
「きゃははは! やっぱうちの娘は最強ねっ!」
しかしリベルは、まるで娘が初めて歩いた時のような喜びで、ユリアを高々と抱き上げた。そして愛情いっぱいに、ぷにぷにのほっぺたに何度もキスをする。
「きゃははは!」
ユリアも母親に負けないくらい無邪気に笑う。森に響くその笑い声は、天使のようでもあり、小悪魔のようでもあった。
「あんた達! 何やってんの!!」
怒りの雷鳴が、天から轟いた。
ヴィーナが神殿から飛来する。クリーム色のドレスは怒りの炎のようにはためき、美しい顔は真紅に染まり、琥珀色の瞳は稲妻のように光っていた。
「リ、リベルの娘がやったんだよ!」
煤まみれでアフロヘアーになったシアンが、よろよろと森から這い出てきた。ボロボロの姿で必死にユリアを指差すが――――。
「嘘おっしゃい!!」
バリバリバリッ!
黄金の雷が容赦なくシアンを貫く。
あひぃ!
黒焦げになったシアンは、情けない悲鳴を上げながらパッタリと倒れた。
「あちゃー……」
ユウキは額に手を当て、ため息をついた。娘の二歳の誕生日が、まさか宇宙規模の大惨事になるとは。
「挑発してきたのはあいつなんだからいいのよ」
リベルは何事もなかったかのように涼しい顔で肩をすくめる。
「う゛ぅ!」
ユリアも誇らしげに小さな胸を張り、勝利のポーズを決めた。
母娘揃って反省の欠片もない。それどころか、これが日常茶飯事だとでも言うような余裕さえ感じられる。
ユウキは改めて深い、とても深いため息をついた。この先、いったいどんな子育てが待っているのか――想像するだけで胃がキリキリと痛む。宇宙を破壊しかねない娘を、どうやって育てればいいのか。
でも――――。
リベルとユリアが幸せそうに頬を寄せ合う姿を見て、ユウキの心に温かいものが広がった。騒がしくて、危なっかしくて、時に宇宙の存亡に関わるような大騒動を起こす。それでも、この家族と共に生きていけることが、何よりも幸せだと心から思えるのだった。
「まぁ、俺の人生って最高……かもな」
ユウキは穏やかにほほ笑み、愛する妻と娘を見つめながらしみじみとつぶやいた。
了



