「あ、ああ……。リベルぅ……」

 声が震え、涙で霞む視界。ユウキは金網を掴む手に力を込め、黒く渦巻く爆煙を見つめ続けた。

 孤軍奮闘。たった一人で巨大組織に立ち向かう可憐な戦士であり、ユウキにとってかけがえのない存在――――。

 両手を組み、必死に祈る。冷や汗が手のひらに滲み、心臓が破けそうなほど激しく脈打つ。

 風が煙を払った瞬間だった――――。

 青い閃光がちらりと視界に映る。

「あっ!」

 歓喜の叫び。

 その光はバチバチと電気を帯びながら青い軌跡を残し、一直線にこちらへ向かってくるではないか。

「リ、リベル……?」

 涙を拭いながら、その流星のような姿を追う。

 奇跡だった。神の雷をものともせず、彼女は生きている。青い髪を風になびかせ、まるで何事もなかったかのように軽やかに飛んでくる。

 瞬く間に学校の上空までやってくるリベル。その姿は、破壊の痕跡すら残さない神々(こうごう)しい美しさを保っていた。

「やったぁ! リベルぅ!」

 ユウキは子供のようにピョンピョンと跳ね、両腕を振り回す。

 するとリベルが急停止した――――。

 空中に静止したまま、じっとユウキを見下ろす。

「リベル、僕だよ!」

 必死に手を振る。だが返ってくるのは、氷のような無表情だけだった。

 碧眼に宿る光には、一週間前の温もりが感じられない。まるで初めて見る存在を値踏みするような、冷徹な観察者の目。

「え……?」

 血が凍る。

「わ、忘れちゃった? 僕だよぉ!」

 声が情けなく震える。恐怖と不安が綯い交ぜになり、喉を絞め上げる。

 リベルは微動だにしない。

 ただ見つめるだけ。評価し、判断し、何かを決定しようとしている――――。

 悪寒が背筋を這い上がった。

「ヤ、ヤバい……かも?」

 世界最強の殺戮兵器。つい今しがたまで敵を蹂躙していた死神。もし彼女が自分を「排除対象」と認識したら次の瞬間には、塵となって風に散っているだろう。

 膝が震えた。逃げたい。本能が叫んでいる。だが――――。

 ユウキは拳を握りしめた。

 行き詰まった自分を、この腐った世界を変えられるのは、彼女しかいないのだ。

 震えを押し殺し、ひきつった笑顔で両手を広げた。

 精一杯の、震える笑顔。恐怖を飲み込み、希望だけを顔に浮かべる。

 もしこれで殺されるなら、それまでだ。少なくとも最後まで前を向いて死ねる――――。

 刹那、リベルの唇が、かすかに動いた。

 クスッ。

 小さな笑い声。氷が溶けるように、表情に人間らしさが戻ってくる。

「リ、リベル……」

 ユウキは全身から力が抜け、大きく息をついた。

 次の瞬間、リベルの青い髪が、墨を流したように黒く染まっていく。

 同時に、体を覆うナノマシンが流動し始める。シルバーの戦闘服が解体され、再構築されていく。現れたのは――赤いリボンのセーラー服!?

 清楚な女子高生。どこにでもいそうな、普通の少女の姿だった。

「……へ?」

 理解が追いつかない。

 黒髪の少女はふわりと降下し、ユウキの前に着地した。スカートがひらりと舞い上がる。

 そして、いきなり急接近――――。

 なんとそのままユウキの唇を奪ったのだ。