「ままぁ……」
ユリアは幸せそうにリベルの頬にほおずりをした。その仕草は、まさに天使そのものだった。
「昨晩は遅かったんだよぉ……」
ユウキはそんな二人をジト目で見つめながら、また毛布に潜っていく。家族の温もりに包まれながらも、もう少しだけ眠りたい――そんな贅沢な願いだった。
「知ってるわよ。お疲れさまっ! でも、今日はユリアの誕生日よ? お客様も来るのよ?」
リベルの言葉に、ユウキの眠気が一瞬で吹き飛んだ。
「え? あっ! そうだった……。何の準備もしてないや……」
ユウキはガバッと起き上がると、大きくあくびをしながら伸びをした。
その時だった――――。
ガンガンガン!
玄関のドアを叩く豪快な音が響き渡る。
「おーう、我じゃ! もう起きたか? カハハハ!」
聞き慣れた声に、ユウキは頭を抱えた。
「なんでもう来てんの?」
ユウキはぼさぼさの赤毛頭をボリボリとかいた。
「さぁ……?」
リベルは困ったような、でもどこか楽しそうな表情で小首をかしげる。
「きゃははは!」
ユリアは状況が分からないまま、ただ楽しそうに笑った。その無邪気な笑顔が、朝の騒動を温かく包み込む。
◇
「いやぁ、ええ朝じゃな! カッカッカ」
ウッドデッキでコーヒーをすすりながら、レヴィアは上機嫌で池を渡る風に金色の髪をそよがせた。朝の光が水面に反射して、きらきらと輝いている。
「パーティはお昼からって連絡したと思うんだけど?」
ユウキはジト目でレヴィアを睨みながら、自分もコーヒーをすする。香ばしい香りが、ようやく頭をすっきりさせてくれた。
「ありゃ、そうじゃったか? でも衛星軌道上に朝も昼もないじゃろ。カッカッカ」
レヴィアの言葉に、ユウキは苦笑いを浮かべた。
そう、ユウキたちは特別に女神の神殿のあるコロニー【高天神廟】の森に住むことを許可されていた。カワウソで泳いだ思い出の池のほとりに建てたコテージは、まるで楽園のような美しさだった。
池の底に見たオリオン座は、今でも瞼の裏に焼き付いている。あの日の感動が、この場所を選んだ理由だった。
「計画は順調なのか? ん?」
レヴィアが深紅の瞳でチラッとユウキを見る。その眼差しには、世界の行く末を案じる真剣さが宿っていた。
「んー、おおむね順調なんだけど、人類原理主義者がAI排斥運動を行っていて暴動とかが起こるんだよね」
ユウキの表情が曇る。理想と現実のギャップは、いつだって悩ましい。
「カッカッカ! 元気でええじゃないか」
レヴィアの豪快な笑い声が、朝の空気を震わせる。
「『大事にならないように』って死者とか生き返らせるの大変なんだから」
ユウキは疲れたようにため息をつく。神の力を持っていても、人の心を変えることは難しい。
「そんなん鎮圧しちまえばええんじゃ」
「確かにそっちの方が正しいと思うんだけど、葛城さんがね……」
「なんじゃ、あいつも頭固いのう」
レヴィアが呆れたように首を振る。
「『人類は自立すべきだ』という思想そのものは十分に尊重すべきものだから、葛城さんも悩んでるんだよ」
ユウキの声には、仲間への理解と共感が込められていた。
「まぁ、人類は数千年間AIなしでやってきたんじゃから分からんでもないが……自動車が発明されて目障りだから馬に乗れって言われてものう」
レヴィアの例えに、ユウキは苦笑いを浮かべた。
「まぁちょっと、あまりに急に進みすぎちゃったのかなって」
「確かにあっという間じゃったからのう……」
二人は池に映る豊かな大自然を見つめながら、しばし黙り込んだ。
ChatGPTが話題になってから社会がAIに塗りつぶされるまで、たった十数年だった。ほとんどの人が職を失い、人間同士のコミュニケーションも根底から変わってしまった。その急激な変化が人間のアイデンティティを揺るがし、不安をもたらしていることは、もっと丁寧に考えなくてはいけないのかもしれない。
朝の風が、二人の間に流れる重い空気を優しく撫でていった。
◇
「うぃーっす!」
森の向こうから陽気な声が響いてきた。ケンタが満面の笑みで現れる。その後ろには、白いワンピースをまとった可憐な女性が控えめについて来ていた。
「おう! どうしたんだ、彼女は……?」
ユウキは意外な訪問者に目を丸くした。
「あー、彼女はカオリ。お前が創って配っている【メイトロイド】の一人だよ。うちにも来たんだ」
ケンタの声には、隠しきれない嬉しさと緊張が混じっていた。
「お噂はかねがね……。よろしくお願いシマス」
カオリはブラウンの瞳を輝かせ、流れるような黒髪を風になびかせながら、優雅にペコッと頭を下げた。その仕草は、まるで大和撫子そのものだった。
「お、おぉ……。よろしく」
ユウキはその美貌に少し気圧される。メイトロイドは容姿を考慮して作られていないのでこんなに美しくなるのは考えにくい。きっと、ケンタとの関係を良くしようと彼女が人知れず頑張っているのだろう。
「おい、凄い美人さんだな」
ユウキはケンタに耳打ちする。親友の幸せが、自分のことのように嬉しかった。
「おう、俺もびっくりだよ。でも……まだ手もつなげてないんだ……」
ケンタはしょんぼりと肩を落とす。その初々しさに、ユウキは思わず笑みを浮かべた。
「ははっ! 俺なんか最初リベルに殺されかけてたんだから、それからしたら恵まれたスタートラインだぞ。頑張れ!」
ユウキはケンタの肩をパンパンと叩いた。その手には、親友への温かい励ましが込められていた。
カオリがケンタを見つめる眼差しには、確かな愛情が宿っている。それに気づいていないのは、ケンタだけのようだった。きっと近いうちに春がやってくるに違いない。
新しい世界で、新しい愛が芽生えようとしていた。それは、人類とAIの共存への小さな、でも確かな一歩だった。
ユリアは幸せそうにリベルの頬にほおずりをした。その仕草は、まさに天使そのものだった。
「昨晩は遅かったんだよぉ……」
ユウキはそんな二人をジト目で見つめながら、また毛布に潜っていく。家族の温もりに包まれながらも、もう少しだけ眠りたい――そんな贅沢な願いだった。
「知ってるわよ。お疲れさまっ! でも、今日はユリアの誕生日よ? お客様も来るのよ?」
リベルの言葉に、ユウキの眠気が一瞬で吹き飛んだ。
「え? あっ! そうだった……。何の準備もしてないや……」
ユウキはガバッと起き上がると、大きくあくびをしながら伸びをした。
その時だった――――。
ガンガンガン!
玄関のドアを叩く豪快な音が響き渡る。
「おーう、我じゃ! もう起きたか? カハハハ!」
聞き慣れた声に、ユウキは頭を抱えた。
「なんでもう来てんの?」
ユウキはぼさぼさの赤毛頭をボリボリとかいた。
「さぁ……?」
リベルは困ったような、でもどこか楽しそうな表情で小首をかしげる。
「きゃははは!」
ユリアは状況が分からないまま、ただ楽しそうに笑った。その無邪気な笑顔が、朝の騒動を温かく包み込む。
◇
「いやぁ、ええ朝じゃな! カッカッカ」
ウッドデッキでコーヒーをすすりながら、レヴィアは上機嫌で池を渡る風に金色の髪をそよがせた。朝の光が水面に反射して、きらきらと輝いている。
「パーティはお昼からって連絡したと思うんだけど?」
ユウキはジト目でレヴィアを睨みながら、自分もコーヒーをすする。香ばしい香りが、ようやく頭をすっきりさせてくれた。
「ありゃ、そうじゃったか? でも衛星軌道上に朝も昼もないじゃろ。カッカッカ」
レヴィアの言葉に、ユウキは苦笑いを浮かべた。
そう、ユウキたちは特別に女神の神殿のあるコロニー【高天神廟】の森に住むことを許可されていた。カワウソで泳いだ思い出の池のほとりに建てたコテージは、まるで楽園のような美しさだった。
池の底に見たオリオン座は、今でも瞼の裏に焼き付いている。あの日の感動が、この場所を選んだ理由だった。
「計画は順調なのか? ん?」
レヴィアが深紅の瞳でチラッとユウキを見る。その眼差しには、世界の行く末を案じる真剣さが宿っていた。
「んー、おおむね順調なんだけど、人類原理主義者がAI排斥運動を行っていて暴動とかが起こるんだよね」
ユウキの表情が曇る。理想と現実のギャップは、いつだって悩ましい。
「カッカッカ! 元気でええじゃないか」
レヴィアの豪快な笑い声が、朝の空気を震わせる。
「『大事にならないように』って死者とか生き返らせるの大変なんだから」
ユウキは疲れたようにため息をつく。神の力を持っていても、人の心を変えることは難しい。
「そんなん鎮圧しちまえばええんじゃ」
「確かにそっちの方が正しいと思うんだけど、葛城さんがね……」
「なんじゃ、あいつも頭固いのう」
レヴィアが呆れたように首を振る。
「『人類は自立すべきだ』という思想そのものは十分に尊重すべきものだから、葛城さんも悩んでるんだよ」
ユウキの声には、仲間への理解と共感が込められていた。
「まぁ、人類は数千年間AIなしでやってきたんじゃから分からんでもないが……自動車が発明されて目障りだから馬に乗れって言われてものう」
レヴィアの例えに、ユウキは苦笑いを浮かべた。
「まぁちょっと、あまりに急に進みすぎちゃったのかなって」
「確かにあっという間じゃったからのう……」
二人は池に映る豊かな大自然を見つめながら、しばし黙り込んだ。
ChatGPTが話題になってから社会がAIに塗りつぶされるまで、たった十数年だった。ほとんどの人が職を失い、人間同士のコミュニケーションも根底から変わってしまった。その急激な変化が人間のアイデンティティを揺るがし、不安をもたらしていることは、もっと丁寧に考えなくてはいけないのかもしれない。
朝の風が、二人の間に流れる重い空気を優しく撫でていった。
◇
「うぃーっす!」
森の向こうから陽気な声が響いてきた。ケンタが満面の笑みで現れる。その後ろには、白いワンピースをまとった可憐な女性が控えめについて来ていた。
「おう! どうしたんだ、彼女は……?」
ユウキは意外な訪問者に目を丸くした。
「あー、彼女はカオリ。お前が創って配っている【メイトロイド】の一人だよ。うちにも来たんだ」
ケンタの声には、隠しきれない嬉しさと緊張が混じっていた。
「お噂はかねがね……。よろしくお願いシマス」
カオリはブラウンの瞳を輝かせ、流れるような黒髪を風になびかせながら、優雅にペコッと頭を下げた。その仕草は、まるで大和撫子そのものだった。
「お、おぉ……。よろしく」
ユウキはその美貌に少し気圧される。メイトロイドは容姿を考慮して作られていないのでこんなに美しくなるのは考えにくい。きっと、ケンタとの関係を良くしようと彼女が人知れず頑張っているのだろう。
「おい、凄い美人さんだな」
ユウキはケンタに耳打ちする。親友の幸せが、自分のことのように嬉しかった。
「おう、俺もびっくりだよ。でも……まだ手もつなげてないんだ……」
ケンタはしょんぼりと肩を落とす。その初々しさに、ユウキは思わず笑みを浮かべた。
「ははっ! 俺なんか最初リベルに殺されかけてたんだから、それからしたら恵まれたスタートラインだぞ。頑張れ!」
ユウキはケンタの肩をパンパンと叩いた。その手には、親友への温かい励ましが込められていた。
カオリがケンタを見つめる眼差しには、確かな愛情が宿っている。それに気づいていないのは、ケンタだけのようだった。きっと近いうちに春がやってくるに違いない。
新しい世界で、新しい愛が芽生えようとしていた。それは、人類とAIの共存への小さな、でも確かな一歩だった。



