「なぁ、あの美人さんって誰?」

 ケンタが震え声でユウキに聞いてくる。場を支配する圧倒的な存在感、この世のものとは思えない美貌――もはや芸能人なんてレベルじゃないのだ。

「あぁ……何というか……、女神さまだよ?」

 ユウキは困ったように微笑んだ。

「女神……? なに、コレ新興宗教なの?」

 ケンタの顔が青ざめる。

「何を言っとる! 宗教じゃない。このテーブルはいまや【神話】なのだ」

 葛城が緊張で声を震わせながら、真実を告げた。そしてジョッキを一気に傾ける。

「あれ? も、もしかして、葛城……様?」

 ケンタは昨日配信で見た、凛々しい人類代表監査役の姿を思い出して仰天した。

「ははっ! まぁ、ただのボランティアだよ」

 葛城は苦笑いを浮かべながら肩をすくめる。

「でも、地球で一番偉いんですよね?」

「馬鹿言っちゃいけない。一番偉いのはコイツ等だ」

 葛城は複雑な表情でユウキとリベルを指した。

「へ……? ユウキがなんで?」

 ケンタの思考回路が完全にショートした。ずっと一緒だった、ただの高校生が世界一偉いだなんてとても考えられない。

「まぁ、偉いというか、役回りがってことだね。でも一番偉いのは女神さまだよ。宇宙のトップだもん」

 ユウキは申し訳なさそうに説明する。

「ちょ、ちょ、ちょ、ちょっと待って……。地球で一番偉いのがお前で、宇宙で一番偉いのが……あのお方……」

 ケンタは現実を受け入れられず、恐る恐るヴィーナの方を向く。

 するとヴィーナはニコッと笑った。

「あぁ、ケンタ君、君の活躍も見せてもらったわよ。先生相手に『なんで教師なんてやってるんですか?』なんて、私ググっと来ちゃったわ。ふふっ」

 ヴィーナの琥珀色の瞳が、優しく細められる。

「……、へ?」

 ケンタは石像のように固まった。何の話か全く分からない。

「五万年前、お前はそう先生に啖呵切って殺されちゃったんだよ」

 ユウキは遠い目をして、あの日の記憶を辿った。

「五万年……? さっきから何なのそれ?」

 ケンタの混乱は頂点に達していた。

「まぁ、そのうちにゆっくり説明するよ。この世界は小説より奇なりだったんだ」

「はぁ……」

「でも、今思えばお前があそこで啖呵切ってくれなければ、僕も奮起することなく日本はあのまま滅んで終わりだったんだ。そういう意味で、お前の勇気が世界を救ったようなもんだぞ」

 ユウキは感慨深げにケンタの肩を叩いた。その手には、五万年分の感謝が込められていた。

「なんだかよく分からんが、俺はすごいってこと?」

 ケンタが恐る恐る確認する。

「おうよ! お前はすごい。かけがえのない親友だぜ」

 ユウキはニカッと笑った。

「ははっ! 親友よ!」

 二人は見つめ合い、ガシッと握手を交わす。その瞬間、五万年の時を超えた友情が、確かに確実に繋がった。

 レヴィアが次々と運んでくる極上の松坂牛は、炭火の上で香ばしい香りを立て、口の中でとろけるように消えていく。シアンとヴィーナの漫才のような掛け合い、リベルの幸せそうな笑顔、葛城の緊張と安堵が入り混じった表情、そしてケンタの混乱と喜びの表情――すべてが、この奇跡のような夜を彩っていた。

 その晩、愛と笑いと極上の肉に包まれた宴は、満月が高く上るまで続いた。

 新しい世界の夜明けは今、確かに始まったのだ――――。


        ◇


「ぱぱぁ……。ぱぱぁ……」

 ブラウンのおかっぱ頭がゆらゆらと揺れる。小さな幼女がベッドを芋虫のように這い進み、ぷにぷにの小さな手で寝ているユウキの赤毛を引っ張った。

「おわぁ! 痛たたた……ちょっと! ユリアちゃん、痛い、痛いって!」

 ユウキは寝ぼけ眼で抗議する。しかし、その声には隠しきれない愛情が滲んでいた。

「きゃははは!」

 ユリアは鈴を転がすような笑い声を上げて、嬉しそうに手を叩いた。朝日に照らされたその笑顔は、まるで天使のようだった。

「そろそろ起きたら? 朝よ?」

 リベルがキッチンで朝のコーヒーを淹れながらチラッと眺め、毛布に潜り込むユウキに釘を刺した。その声には、最愛の夫への優しい呆れが込められていた。

「うぅん、もうちょっと……」

 ユウキは毛布を頭まで引き上げ、何とかもうひと眠りしようと試みる。昨夜の仕事の疲れが、まだ体に残っているのだ。

 しかし――――。

「きゃははは!」

 ユリアは小さな体でユウキの上によじ登ると、容赦なくピョンピョンと飛び跳ねた。その重さはまだまだ軽いはずなのに、愛情の重みは確実にユウキを目覚めさせる。

「ぐはっ! ちょっ! 痛てっ! もう! ユリアちゃんはぁ……」

 ユウキはたまらずに起き上がると、ユリアを捕まえてプニプニのほっぺたにほおずりをした。娘の柔らかい頬の感触が、朝の幸せを運んでくる。

「いやぁ! パパあっち!」

 ジョリジョリのヒゲが痛かったユリアは、顔をしかめながらパシパシとユウキを叩いた。その小さな手の平打ちさえ、愛おしい。

「あらあら、悪いパパねぇ。おいで」

 リベルはツーっと優雅に飛んでくると、ユリアを抱き上げた。母と娘の姿は、まるで聖母子像のように美しかった。