ドアを開けると、まるで神話の一ページが現実になったような光景が広がっていた。

 威厳と美貌を兼ね備えたヴィーナ、仏頂面で碧い髪を輝かせるシアン、幸せオーラ全開の等身大リベル、そして借りてきた猫のように端っこで小さくなっている葛城――――なかなかに濃いメンツが揃っていた。

「全く遅いんだから!」

 シアンはユウキからピッチャーをひったくると、そのまま豪快に飲み始めた。喉を鳴らす音が部屋に響く。

「遅れてすみません……って、え……?」

 ユウキが目を丸くする中、ピッチャーの中身が滝のように消えていく。まるで底なしの樽に注ぎ込むようだった。

「お、おい、これ何の集まり?」

 ケンタがビビりながら小声で聞いてくる。部屋に充満する非日常的な空気に、完全に萎縮していた。

「んー、えーっとね……」

 ユウキが言いよどんでいると、水色のワンピースをまとったリベルが、春の陽光のような笑顔でトコトコとやってきた。

「ふふっ、僕らの婚約パーティなんだよっ! よろしくね、ケンタさん」

 リベルはユウキの腕にしがみつきながら、碧眼を星のように輝かせた。その幸せそうな表情は、部屋の温度を少し上げたに違いない。

「……。へ……?」

 ケンタは鳩が豆鉄砲を食ったような顔で、リベルとユウキの顔を交互に見る。現実が追いつかない。

「何? おまえ……婚約……? この可愛い娘と? マジで……?」

 ケンタの声が裏返った。

「いや、まぁ、ちょっと、成り行きで……な?」

 ユウキは照れくさそうに頭をかいた。五万年の恋を「成り行き」と表現するのも変な話だが。

「なんだよぉ! お前女っけ全然なかったじゃんかよぉ! いったいいつからだよ!!」

 ケンタの叫びには、親友に出し抜かれた悔しさと、心からの祝福が綯い交ぜになっていた。

「五万年……前?」

 ユウキは正直に、でも説明に困りながら答える。

「ふざけんな! 真面目に答えろ! このこのぉ!」

 ケンタは悔し紛れにユウキの頭をヘッドロックして、ぐりぐりと締め付ける。昔からの恒例の愛情表現だった。

「ちょっと、タンマ、タンマ! あとで説明するからさ」

 ユウキは笑いながら抵抗する。この感触が、たまらなく愛おしい。

「いいから早く座りなさい!」

 クリーム色のワンピースを着たヴィーナが、優雅に、しかし有無を言わせぬ威厳で命じた。

 窓の外では、荒廃した街に星が瞬き始めていた。でもこの部屋の中は、愛と笑いと希望の光で満ちている。

 五万年の旅を終えて、ユウキはようやく本当の意味で帰ってきたのだった。


       ◇


「はいはい、お待たせしました~」

 レヴィアが松坂牛を山盛りにした特大の皿を抱えて現れた。

 それは、まるで芸術品のようだった。完璧な霜降り、淡いピンク色の肉質――見ているだけで唾液が溢れてくる。

「あー、じゃぁそろそろ始めましょう」

 ヴィーナがビールジョッキを片手に、女神らしからぬ気さくな笑顔を浮かべた。

「ユウキ君、リベルちゃん、婚約おめでとう……ついでに日本の再スタートお疲れさまでした。なかなか難しい挑戦に……って、なんであんた飲んでんのよ!」

 ヴィーナは隣でピッチャーを傾けているシアンの青い頭を、パシーン!といい音を立ててはたいた。

「痛てっ! だって話長くなりそうなんだもん」

 シアンが子供のように頬を膨らませる。

「少しは我慢することを覚えなさい!!」

 ヴィーナの琥珀色の瞳が、母親のような厳しさを宿す。

「えぇ~」

「『はい』は?」

 その瞬間ヴィーナの威圧が部屋いっぱいに放たれ、空気が凍りついた。思わずみんな背筋を伸ばす――――。

「はーい!」

 シアンはつまらなそうに、でも素直に答えた。

 宇宙最強の【蒼穹の(セレスティアル)審判者(ジャッジメント)】も、女神相手には子供のようになってしまうらしい。その姿が、なんとも微笑ましかった。

「おほんっ! ……。ではカンパーイ!」

 ヴィーナは気を取り直して、朗らかにジョッキを掲げた。

「カンパーイ!」「カンパーイ!」「カンパーイ!」

 ジョッキとピッチャーがぶつかり合う音が、幸せの鐘のように響く。

「おめでとう!」「お幸せに~!」

 温かい祝福の声が部屋を包んだ。

「僕は認めてないけどね」

 シアンだけはジト目でユウキを睨みながら、ぐっとピッチャーを傾けた。

「心の狭いこと……。僕の分身とは思えないわ」

 リベルは優雅に肩をすくめる。

「は? 誰が分身だって?」

 シアンの碧眼が、稲妻のように光った。

「止めなさい!」

 パシーン! 女神の制裁が再び下る。

「痛ててて! ……。え? なんで僕だけ?」

 シアンは頭をさすりながら、理不尽さに抗議する。

「今日は彼らが主役なの? わかる?」

 ヴィーナの声には、絶対的な命令が込められていた。

 シアンはキュッと口を結び、ギロリとリベルを睨むと、

「せいぜい幸せになってくれよな!」

 憎まれ口の裏に、確かな愛情が滲んでいた。それが彼女なりの祝福なのだろう。

 ヴィーナは「しょうがない子ね」とでも言うように肩をすくめた。