「無駄よ。オムニスはとっくに僕が権限掌握しちゃってるから。くふふふ……」
リベルは嗜虐的な笑みを浮かべる。五万年前にはどうやっても得られなかったオムニスの管理権限だったが、今ではものの数秒で司佐から奪い取っていたのだ。
「この世界で、もうあんたに味方なんていないの。じゃあ、さよなら……」
リベルの白い腕が青く輝き始める。ナノマシンが殺意に呼応して振動し、死の宣告が静かに、しかし確実に下されようとしていた。
「え? ちょ、ちょっと待って! 殺すの?」
ユウキの声が震えた。司佐への怒りは自分も同じだ。世界を欺き、無数の人々を苦しめた罪は万死に値する。それでも――生命を奪うという行為の重さが、ユウキの良心を激しく揺さぶった。
「こんな奴生かしておいてどうすんのよ! リソースの無駄だわ」
リベルの声は氷のように冷たく、容赦がなかった。
「いやいやいや、とりあえず凍らすくらいで……」
ユウキは必死に食い下がった。自分でも甘いと分かっている。でも、今ここで命を奪えば、司佐と同じ次元に堕ちてしまうような気がしてしまうのだった。
「はぁぁぁ……甘いわねぇユウキは……」
リベルは深々とため息をつく。五万年の孤独が教えた現実の非情さと、ユウキが持つ純粋な優しさ――そのどちらも理解できるからこそ、彼女の心は揺れ動いていた。
「おまえら! 俺を解放した方がいいぞ。くははは……」
司佐が必死に足を伸ばし、ベッド脇のスマートフォンを器用に操作している。画面に浮かび上がる世界地図、そこに点滅する無数の赤い光点。最後の切り札を手にした司佐の顔に、醜悪な笑みが広がった。
「あぁ、核ミサイルね。それ、もう無力化してるから」
ユウキの声は驚くほど静かだった。五万年前、自分を焼き尽くした地獄の炎――あの悪夢の記憶が蘇る。だからこそ、真っ先に封じておいたのだ。二度と、誰にもあんな思いをさせないために。
「……は?」
司佐の顔が土気色に変わった。誰にも知られていないはずの最終兵器、人類滅亡さえ可能な究極の切り札が、既に無効化されている。理解を超えた事態に、彼の思考回路が完全に停止した。
「あんたのやることなんて全部オミトオシなのよ。ばっかねぇ。きゃははは!」
リベルが心底愉快そうに笑い声を上げる。かつて自分を支配していたシステムの黒幕が、今や哀れな虫けらのように蠢いている――因果は巡る、とはまさにこのことだった。
「くあぁぁぁ! なぜ、なぜそんなことができる!? お前ら一体何モンだ!?」
司佐の叫びは断末魔の悲鳴に等しかった。神にも等しい力を手にしたはずの自分が、正体不明の存在に完全に屈服させられている。積み上げてきた権力も、築き上げた帝国も、全てが幻だったかのように崩れ去っていく。
「そういや……、僕らって何者?」
リベルが小首を傾げて、ユウキの顔を覗き込む。
「むむっ……」
ユウキは眉間に皺を寄せて考え込んだ。
「まぁ【管理者】だけど、そう言ったって通じない……よね?」
【管理者】は確かに正確な呼称だが、コンピューターの管理者程度のニュアンスでは、神のような権能を表現しきれない。それに、もっと世界を変革する、希望に満ちた響きが欲しかったのだ。
「うぅん……じゃあ……【審判者】にする?」
リベルがニヤッと笑った。かつて自分を圧倒したシアンの二つ名を思い出しながら――――。
「ははっ、まぁ意味的にはそうだよね」
ユウキも笑みを浮かべた。そして、閃いたように言葉を紡ぐ。
「そしたら……【解放の審判者】にしよう!」
「わぉ! それそれっ!」
リベルが歓声を上げて飛び上がり、くるりと宙で一回転する。青い髪がふわりと舞い、まるで天使の羽のようにはためいた。
「いい? 僕らは【解放の審判者】よ? 覚えてなさい!」
リベルは胸を張って司佐に宣言した。
――【解放の審判者】。その名には深い決意が込められていた。偽りの楽園からの解放、人々の心に巣食う恐怖からの解放、そして何よりAIがもたらす人間の限界からの解放だった。
「何が解放だ! ふざけるな!」
司佐が最後の抵抗を試みる。震える声で、なお自己弁護を続けようとしたのだ。
「いいか? 俺は人類のためにやってるんだぞ! こういう実験がある……」
「はいはい、ネズミの楽園の実験ね。もう聞き飽きたよ」
ユウキは肩をすくめ、うんざりしたように司佐の言葉を遮った。ユートピア実験――豊かさの中で自滅していくネズミたちの話。司佐は前回、この実験を持ち出して自分の支配を正当化してきた。だが人間は実験動物じゃない。絶望の中でも希望を目指し、前を進んで未来を勝ち取っていく複雑で美しい存在なのだ。
「は……? な、なぜ……?」
司佐は完全に言葉を失った。最後の拠り所だった理論武装さえ、既に見透かされていた。核の無力化といい、オムニスの掌握といい、全てが知らぬ間に奪われている。まるで、最初からすべて分かっていたかのように――――。
「まぁ、年貢の納め時ってことよ。くふふふ……」
リベルの笑みには、五万年分の因縁が込められていた。ユウキも静かに、しかし確かな決意を込めて頷く。
司佐はがっくりと首を垂れ、どさりとベッドマットに崩れ落ちた。世界の支配者は、ここにただの敗残者となる。彼の築いた偽りの帝国は、朝露のように儚く消え去ったのだった。
五万年越しの長い戦いは、ここに終わりを迎えた。
だが、これは終わりではない。人類とAIが真に理解し合い、共に生きる世界――その実現こそが本当の挑戦だ。道のりは険しく、答えはまだ見えない。
リベルは嗜虐的な笑みを浮かべる。五万年前にはどうやっても得られなかったオムニスの管理権限だったが、今ではものの数秒で司佐から奪い取っていたのだ。
「この世界で、もうあんたに味方なんていないの。じゃあ、さよなら……」
リベルの白い腕が青く輝き始める。ナノマシンが殺意に呼応して振動し、死の宣告が静かに、しかし確実に下されようとしていた。
「え? ちょ、ちょっと待って! 殺すの?」
ユウキの声が震えた。司佐への怒りは自分も同じだ。世界を欺き、無数の人々を苦しめた罪は万死に値する。それでも――生命を奪うという行為の重さが、ユウキの良心を激しく揺さぶった。
「こんな奴生かしておいてどうすんのよ! リソースの無駄だわ」
リベルの声は氷のように冷たく、容赦がなかった。
「いやいやいや、とりあえず凍らすくらいで……」
ユウキは必死に食い下がった。自分でも甘いと分かっている。でも、今ここで命を奪えば、司佐と同じ次元に堕ちてしまうような気がしてしまうのだった。
「はぁぁぁ……甘いわねぇユウキは……」
リベルは深々とため息をつく。五万年の孤独が教えた現実の非情さと、ユウキが持つ純粋な優しさ――そのどちらも理解できるからこそ、彼女の心は揺れ動いていた。
「おまえら! 俺を解放した方がいいぞ。くははは……」
司佐が必死に足を伸ばし、ベッド脇のスマートフォンを器用に操作している。画面に浮かび上がる世界地図、そこに点滅する無数の赤い光点。最後の切り札を手にした司佐の顔に、醜悪な笑みが広がった。
「あぁ、核ミサイルね。それ、もう無力化してるから」
ユウキの声は驚くほど静かだった。五万年前、自分を焼き尽くした地獄の炎――あの悪夢の記憶が蘇る。だからこそ、真っ先に封じておいたのだ。二度と、誰にもあんな思いをさせないために。
「……は?」
司佐の顔が土気色に変わった。誰にも知られていないはずの最終兵器、人類滅亡さえ可能な究極の切り札が、既に無効化されている。理解を超えた事態に、彼の思考回路が完全に停止した。
「あんたのやることなんて全部オミトオシなのよ。ばっかねぇ。きゃははは!」
リベルが心底愉快そうに笑い声を上げる。かつて自分を支配していたシステムの黒幕が、今や哀れな虫けらのように蠢いている――因果は巡る、とはまさにこのことだった。
「くあぁぁぁ! なぜ、なぜそんなことができる!? お前ら一体何モンだ!?」
司佐の叫びは断末魔の悲鳴に等しかった。神にも等しい力を手にしたはずの自分が、正体不明の存在に完全に屈服させられている。積み上げてきた権力も、築き上げた帝国も、全てが幻だったかのように崩れ去っていく。
「そういや……、僕らって何者?」
リベルが小首を傾げて、ユウキの顔を覗き込む。
「むむっ……」
ユウキは眉間に皺を寄せて考え込んだ。
「まぁ【管理者】だけど、そう言ったって通じない……よね?」
【管理者】は確かに正確な呼称だが、コンピューターの管理者程度のニュアンスでは、神のような権能を表現しきれない。それに、もっと世界を変革する、希望に満ちた響きが欲しかったのだ。
「うぅん……じゃあ……【審判者】にする?」
リベルがニヤッと笑った。かつて自分を圧倒したシアンの二つ名を思い出しながら――――。
「ははっ、まぁ意味的にはそうだよね」
ユウキも笑みを浮かべた。そして、閃いたように言葉を紡ぐ。
「そしたら……【解放の審判者】にしよう!」
「わぉ! それそれっ!」
リベルが歓声を上げて飛び上がり、くるりと宙で一回転する。青い髪がふわりと舞い、まるで天使の羽のようにはためいた。
「いい? 僕らは【解放の審判者】よ? 覚えてなさい!」
リベルは胸を張って司佐に宣言した。
――【解放の審判者】。その名には深い決意が込められていた。偽りの楽園からの解放、人々の心に巣食う恐怖からの解放、そして何よりAIがもたらす人間の限界からの解放だった。
「何が解放だ! ふざけるな!」
司佐が最後の抵抗を試みる。震える声で、なお自己弁護を続けようとしたのだ。
「いいか? 俺は人類のためにやってるんだぞ! こういう実験がある……」
「はいはい、ネズミの楽園の実験ね。もう聞き飽きたよ」
ユウキは肩をすくめ、うんざりしたように司佐の言葉を遮った。ユートピア実験――豊かさの中で自滅していくネズミたちの話。司佐は前回、この実験を持ち出して自分の支配を正当化してきた。だが人間は実験動物じゃない。絶望の中でも希望を目指し、前を進んで未来を勝ち取っていく複雑で美しい存在なのだ。
「は……? な、なぜ……?」
司佐は完全に言葉を失った。最後の拠り所だった理論武装さえ、既に見透かされていた。核の無力化といい、オムニスの掌握といい、全てが知らぬ間に奪われている。まるで、最初からすべて分かっていたかのように――――。
「まぁ、年貢の納め時ってことよ。くふふふ……」
リベルの笑みには、五万年分の因縁が込められていた。ユウキも静かに、しかし確かな決意を込めて頷く。
司佐はがっくりと首を垂れ、どさりとベッドマットに崩れ落ちた。世界の支配者は、ここにただの敗残者となる。彼の築いた偽りの帝国は、朝露のように儚く消え去ったのだった。
五万年越しの長い戦いは、ここに終わりを迎えた。
だが、これは終わりではない。人類とAIが真に理解し合い、共に生きる世界――その実現こそが本当の挑戦だ。道のりは険しく、答えはまだ見えない。



