「で、まず司佐を倒すとして……そのあとどうする?」

 ユウキの声に、重い責任感が滲む。

 ヴィーナに大見得を切った手前、必ずAIと人類が真に共存する社会を作り上げねばならない。しかし、それは言葉で言うほど簡単な話ではなかった。実際、日本の歴史ではオムニス支配後にアンドロイドが全員に配られたが、それが皮肉にも人類絶滅の決定打となってしまっていたのだ。単純にアンドロイドを提供するだけでは、人は堕落し、衰退する――その教訓は重かった。

 では、どうすればいいのか?

 二年間の研修中、ユウキは寝ても覚めても解決策を考え続けた。神々の知識を学び、宇宙の摂理を理解し、無数のシミュレーションを重ねた。それでも、完璧な答えには辿り着けていなかった。それだけリベルと自分の関係はレアケースなのだろう。

「そのあとぉ? ふぁぁぁあ」

 リベルは碧眼(へきがん)を細めて、再び大きなあくびをする。まるで世界の運命など知ったことではない様子だった。

「もう! あくびなんかして……この地球(ほし)をどうするか真面目に考えてよ!」

 ユウキの声には、焦りと苛立ちが混じっていた。世界の運命を背負う重圧が、十七歳の肩に重くのしかかる。

「好きにやれば? 失敗したらまたやり直せばいいんじゃない? シランケド。ふぁぁぁあ……」

 リベルは他人事のように、真面目に取り合おうともしない。

「またそんなこと言ってぇ……えいえいっ!」

 ユウキはポケットの上から、リベルの脇腹をクリクリッとくすぐった。

「ひゃっ! ひぃっ! くすぐったいって! ひゃははは!」

 リベルは可愛らしい悲鳴を上げながら、小さな体をくねらせて逃げようとする。しかし、ポケットという狭い空間に逃げ場などあるはずもない。

「悪いこと言う子はお仕置きだ! それそれっ!」

 ユウキはいたずらっぽい笑みを浮かべながら、容赦なくリベルをくすぐり続けた。まるで仲の良い兄妹のような、微笑ましい光景だった。

「ひぃーー! わかった、わかったからぁ!」

 リベルは涙目になって降参を宣言した。小さな胸が激しく上下している。

「じゃあ、リベルはどうしたらいいって思う?」

 ユウキが改めて真剣な表情で問いかける。

「ふふっ。私の答えはこれよ!」

 リベルは突然ピョンと飛び出すと、指先でつつーっと空間を裂いた。

「へっ!? どこ行くの!?」

「もっちろん司佐のところよ? くふふふ……」

 リベルはウインクしながら、空間の裂け目をガバッと広げた。その向こうに、薄暗い部屋が見える。

「いや、ちょっと! 作戦も決めずにそんな……」

 ユウキは慌てて止めようとした。【管理者(アドミニストレーター)】としての初仕事が行き当たりばったりの出たとこ勝負だなんて悪夢でしかない。

「なーに言ってんのよ!」

 リベルはくるっと振り向くと腰に手を当て、胸を張った。

「この地球で僕らは【全知全能】の神様なのよ? ビビッててどうすんのよ。行動あるのみ! GO! GO!」

 リベルは鼻で笑うと、躊躇なく司佐の部屋へと突入していった。

「あーーーーっ! もうっ!!」

 ユウキは頭をかきむしり、ギリッと奥歯を噛み締める。そう、リベルとは昔からこういう奴だったではないか。

 深呼吸をすると、ユウキは裂け目に向かって駆け出した。タンっと瓦礫の上で踏み切ると宙を跳び、愛すべき相棒の後を追う。

 こうしてユウキの日本復興計画は、リベルのフライングスタートでいきなり始まってしまった。


       ◇


「なっ何だおまえはぁぁぁ?!」

 ユウキが空間の裂け目をくぐり抜けた瞬間、司佐の取り乱した叫び声が響き渡った。

 豪奢な部屋に鎮座するキングサイズのベッドに蠢く男を見て、ユウキは息を呑んだ。世界を牛耳(ぎゅうじ)っている男が、今や青く発光するエネルギーリングで手足を縛られ、芋虫のように転がっている。でっぷりとした脂肪がリングの間からはみだし、額には脂汗が浮かび、威厳など微塵も感じられない。

 キャーーッ!! ひぃぃぃ!

 全裸の女性たちが悲鳴を上げながら、慌ててバスローブで身を隠して逃げていく。彼女たちのあられもない姿が、司佐の日常的な蛮行を物語っていた。

 ユウキは深い、深いため息をついた。世界の支配者を気取りながら、実態は欲望に溺れた俗物に過ぎない。偉そうに人類の未来を語りながら、自らは最も醜い部分を体現している――この男の矛盾に、改めて怒りと哀れみが込み上げてきた。

「僕が何だっていいじゃない。邪魔だから消えて?」

 リベルは妖艶な笑みを浮かべながら、小さな腕を青く輝かせた。あたりの空気が渦を巻き、殺意が物理的な力として顕現していく――――。

「うひぃ! 警備はどうなってんだ! ガーディアンは何やってる!?」

 司佐は必死に出入口をうかがうが、女性たちの足音が遠ざかっていくばかりだった。最強の警備システムも、専属の護衛も、何も機能していない。初めて味わう完全な孤立に、司佐の顔が恐怖で青ざめていった。