荒れ果てた大地に、黄金色の輝きが立ち上がった。

 それは最初、地面から湧き出る陽炎(かげろう)のように儚く、やがて炎のように力強く()らめき始めた。神秘的な光は生き物のように脈動し、空中で複雑な紋様を描き始める。

 空気そのものが聖なる何かに満たされ、言葉を発することさえ、畏れ多く感じられてしまう。三人は顔を見合わせ、息をのみ、恐る恐る光に目を戻す。

 黄金の輝きは一層激しく、そして優雅に渦を巻いた。やがて中央部がまるで台風の目のように、そこだけが完璧に(なら)されていく――――。

 キラリと鏡のようになった面が光り輝く。それは単なる鏡ではない――別世界への扉、【高天神廟(アストラルセイクリッド)】の神殿と下界を繋ぐ聖なる門だった。

 次の瞬間鏡面が水面のように波打ち、スッと一人の美しい女性が優雅に歩み出る。

「ま、まさか……ヴィ、ヴィーナ……様?」

 レヴィアの巨大な瞳が驚愕に見開かれた。神殿の奥におわすと言われる最高神【女神ヴィーナ】は、話は聞けど四千年の生涯において目にする機会などなかったのだ。レヴィアは畏敬の念でその巨体を震えさせた。

 女性のチェストナットブラウンの豊かな髪が夜風に優しく揺れ、琥珀色(こはくいろ)の瞳が慈愛に満ちた光を放つ。それは紛れもなく、この宇宙の最高神、女神ヴィーナその人だった。

 彼女は月の光そのものを織り上げたような、透き通る白銀の長衣に身を包んでいる。裾は霧のように地面に溶け込み、歩むたびに星屑が散っていく。まるで天の川を纏って歩いているかのような、幻想的な姿だった。

 三人のそばまで歩み寄ったヴィーナは、ふっと表情を和らげ、温かい微笑みを浮かべた。神々しい気品と威厳を放ちながらも、たたえる微笑みはすべての生命の母のように不思議と親しみやすい雰囲気を醸し出している。

「うちの子が失礼したわね。大丈夫だった?」

 ヴィーナの声は鈴を転がすように美しく、心配そうな表情には真の慈愛が宿っていた。

 三人は一瞬、戸惑いの視線を交わした。

 最高神に対して、どのような態度で接すればよいのか分からなかったのだ。(ひざまず)くべきか、平伏すべきか、それとも――――。

 ユウキは意を決すると、背筋を伸ばして元気よく答えた。

「だ、大丈夫です。ありがとうございます!」

 恐れよりも、千載一遇のチャンスを逃せないという思いが勝ったのだ。神を前にしても物怖じしない――それがユウキという少年なのだ。

「そう、良かった……」

 ヴィーナは安堵の表情を浮かべ、優しく頷いた。

「それでですね……」

 ユウキは勇気を振り絞り、核心に踏み込もうとする。喉が渇き、心臓が早鐘を打つ。しかし、今言わなければならなかった。

「日本を復活させたいんだって?」

 ヴィーナが優しく先を促した。しかし次の瞬間、その美しい顔に陰りが差す。

「は、はい……」

「でも、残念ながら無駄よ?」

 女神は申し訳なさそうに眉を寄せた。その表情に浮かぶ憂いは、単なる拒絶ではない。もっと深い、百万年に及ぶ試行錯誤の上での無念を映していた。

「そうかもしれません」

 ユウキは一呼吸置いた。そして、まっすぐにヴィーナの琥珀色の瞳を見つめる。

「でも、僕は、僕にしかできないやり方があると信じています」

 ユウキはこぶしをぎゅっと握りしめ力説する。十五歳の少年とは思えない、確固たる信念がそこにあった。

「キミにしか……できない?」

 最高神である自分にグイグイくる、この怖いもの知らずの少年にヴィーナは苦笑する。

「そうです。この娘です」

 ユウキは手のひらの上でちょこんと座っているリベルを、宝物を扱うように大切に差し出した。

「あぁ、シアンの分身ね?」

 ヴィーナの言葉に、リベルの眉がピクリと動く。

「いえ、リベルです」

 ユウキははっきりと訂正した。

「リベルが勝ったので、これからはシアンさんが『リベルの分身』になります」

 ユウキはにっこりと笑い、宣言する。

「はっはっは! そうね、あなた面白い子ね」

 ヴィーナの笑い声は、春の陽光を思わせる温かさで、聞く者の心を明るくした。

「ふざけないで! そんなの認めないわ!」

 突如、怒声が夜空を切り裂く。

 頭をチリチリに焦がしたシアンが、等身大サイズに戻って猛スピードで飛んできた。顔は煤で真っ黒、美しかった青い髪はアフロのように爆発している。つい先ほどまで宇宙最強を誇っていた大天使は、もはや威厳のかけらもない、ただの駄々っ子と化していた。

「負けは負け、素直に認めなさいよ!」

 リベルは負けじと飛び立つと、シアンの鼻先でビシッと指を突きつけた。小さな体から発せられる気迫は、決して引けを取らなかった。

「たまたまラッキーパンチが当たっただけ! あんなのノーカウントだわ!」

 シアンの言い訳は見苦しかったが、今まで宇宙の秩序を必死に守ってきた矜持、大天使としての誇りが敗北を受け入れることを許さないのだ。