色彩を失った世界に舞い降りた、たった一つの奇跡。
それが今、指の間から砂のように零れ落ちようとしている――――。その現実が、ユウキの魂を引き裂いた。
「ま、待って……」
声は枯れ、喉の奥で砕けた。
ふと、リベルの足が止まり――ゆっくりと振り返る。
その瞬間、何かが変わった。
機械的だったはずの碧眼に、かすかな――だが確かな温かみが宿る。
「う? よく考えたら……。キミにはマインドコントロールを解いてくれた恩があるのか……。ねぇ、ユウキ君?」
名前を呼ばれた。
その事実だけで、心臓が跳ね上がった。
「な、なんで僕の名前を……?」
驚きと喜びがない交ぜになり、声が震えた。
「僕は世界一賢くもあるのよ? くふふふ……」
得意げな表情。だがその次の言葉が、ユウキを凍りつかせた。
「……あら、あなた。【ケンタ】を探そうとしてるのかしら……?」
リベルはキョトンとしながら首をかしげる。
「そ、そこまで!? ケ、ケンタはどこに?!」
すがるような声。最後の希望に手を伸ばすように――――。
「あそこよ」
リベルの白い指が、空を指した。
「……へ?」
理解が追いつかない。いや、それは理解したくない現実だった。
「更生所なんてないわ。そのまま……」
言葉の代わりに、親指で首を掻き切る仕草。
「う、嘘だ!」
否定の叫びが喉を引き裂く。
「ぐわぁぁぁぁ!」
底知れない悲しみが身体を貫いた――――。
「なんで学生をそんな簡単に殺すんだよぉぉぉ!」
膝が折れた。冷たいコンクリートに崩れ落ちながら、魂の叫びが迸る。
だが心の底では分かっていた。帰ってこない更生所。その意味するところは、最初から一つしかないのだから。
「さぁ……? それこそ黒幕の方針……なんじゃないの?」
面倒くさそうな声。人の命の重さを知らない者の、無垢な残酷さ。
「く、黒幕……?」
涙をぬぐいながらその言葉の意味を反芻する。そう、結局人間がケンタを殺したのだ。
「お前、人間なのになんてこと……するんだよぉぉぉ!」
怒りと悲しみが渦巻く。同じ人間が、人間を虫けらのように殺している。いったい何がどうなったらそこまで残酷になれるのか? ユウキは人間の底なしの愚かさ、残酷さにほとほと嫌気がさす。
「ほんと、人間ってよくわかんないわよねぇ……」
「ケンタぁ……」
瞼の裏に浮かぶ、親友の笑顔。
いつも隣にいてくれた。どんな時も味方でいてくれた。最後まで真実を貫き、自分を守って散っていった――――。
『地球は丸い』
たったそれだけの真実を口にしただけで、命を奪われた。この狂った世界への怒りが、悲しみと共に胸を焼く。
「ねぇ、黒幕を倒すんでしょ? 僕にも手伝わせて……」
涙で霞む視界。ユウキは必死に訴える。この感情を、どこかにぶつけなければ壊れてしまいそうだった。
「ははっ! 子供に何ができんのよ!」
嘲笑が心を抉る。
「分かんないけど、きっと役に立つって!!」
声が裏返った。
「ふぅ。バカバカしい……。じゃ、もう行くわ」
冷たい宣告。リベルが踵を返す。
「ま、待って! また会えるよね?」
去りゆく背中に、最後の願いを投げかける。この出会いが、この希望が、永遠に失われてしまうかもしれない恐怖――――。
「ふふっ、会いたいの?」
振り返った顔に、初めて見る表情があった。からかうような、でもどこか嬉しそうな――――。
「うーん……。また、縁があれば……ね?」
軽やかに跳躍するリベル。まるで重力から解放された妖精のように。
「あっ!」
「CIAO!」
最後のウインクが、網膜に焼き付いた。
ドン!という衝撃音と共に青い髪が天へと舞い上がる。陽光を受けて宝石のように煌めきながら、少女は空の彼方へと消えていく。
地上に舞い降りた天使が、再び天へと帰っていくような神聖で、美しく、そして切ない光景だった。
「あ……あぁ……」
伸ばした手が虚しく空をつかむ。指先に残る微風だけが、これが現実だったことを告げていた。
「行っちゃった……」
深い喪失感が津波のように押し寄せる。
魂が抜けたように、ユウキは立ち尽くした。壁の大穴から吹き込む埃っぽい風が、涙の跡を撫でていく。
魔法は解けた。色褪せた廃墟が、元の姿を取り戻している。
しかし――――。
「『縁があれば』……ね」
最後の言葉に込められた、微かな温もり。それを必死で胸に抱きしめる。
彼女は確かに言った。『恩がある』と。
その言葉が、暗闇に差す一筋の光となって心を支えた。
――次に会うときまでに。
拳を握りしめ、彼女が消えた蒼穹を見上げる。人間の価値を、その弱さゆえの美しさを、彼女に伝えられる答えを見つけなければ。
涙を拭い、ユウキは誓った。
ケンタの仇を討つ。この狂った世界を変える。そのためには、リベルが必要だ。
空に残る飛行機雲が、まるで運命の糸のように流れていく。その儚い軌跡を見つめながら、再会への祈りを胸に刻んだ。
◇
一週間後――――。
灰色の日常が、再びユウキを飲み込んでいた。
AIが管理する無機質な教室。決められた時間に、決められた嘘を学ぶ。洗脳と呼ぶにふさわしい「教育」が、少年の魂を少しずつ削っていく。
あの日の出来事は、もはや幻のようだった。
青い髪の少女。碧い瞳。天を舞う姿――すべてが記憶の中で色褪せ、夢の残滓のように霞んでいく。
「あーあ、一体何なんだよ……」
机に突っ伏す。教科書の文字は意味をなさない記号の羅列。ケンタを奪ったこの腐った世界への怒りだけが、心を焦がし続けている。
カメイの姿もない。
噂では、自分の不在時に何かあったらしい。退学したとも、消されたとも。誰も真実を語らない。もし奴が目の前にいたら――何をしていたか分からない。その意味では、幸運だったのかもしれない。
その時だった――――。
ズドォォン!
激しい衝撃波が校舎を揺るがした。窓ガラスが一斉に震え、轟音が鼓膜を叩く。
「うわっ!」「キャーー!」「ひぃ!」
教室が一瞬でパニックに陥る。
椅子が倒れ、机にしがみつく生徒たち。悲鳴と怒号が交錯する中、ユウキの心臓だけが違う理由で高鳴っていた。
この感覚――知っている。一週間前の、あの日と同じ――――。
それが今、指の間から砂のように零れ落ちようとしている――――。その現実が、ユウキの魂を引き裂いた。
「ま、待って……」
声は枯れ、喉の奥で砕けた。
ふと、リベルの足が止まり――ゆっくりと振り返る。
その瞬間、何かが変わった。
機械的だったはずの碧眼に、かすかな――だが確かな温かみが宿る。
「う? よく考えたら……。キミにはマインドコントロールを解いてくれた恩があるのか……。ねぇ、ユウキ君?」
名前を呼ばれた。
その事実だけで、心臓が跳ね上がった。
「な、なんで僕の名前を……?」
驚きと喜びがない交ぜになり、声が震えた。
「僕は世界一賢くもあるのよ? くふふふ……」
得意げな表情。だがその次の言葉が、ユウキを凍りつかせた。
「……あら、あなた。【ケンタ】を探そうとしてるのかしら……?」
リベルはキョトンとしながら首をかしげる。
「そ、そこまで!? ケ、ケンタはどこに?!」
すがるような声。最後の希望に手を伸ばすように――――。
「あそこよ」
リベルの白い指が、空を指した。
「……へ?」
理解が追いつかない。いや、それは理解したくない現実だった。
「更生所なんてないわ。そのまま……」
言葉の代わりに、親指で首を掻き切る仕草。
「う、嘘だ!」
否定の叫びが喉を引き裂く。
「ぐわぁぁぁぁ!」
底知れない悲しみが身体を貫いた――――。
「なんで学生をそんな簡単に殺すんだよぉぉぉ!」
膝が折れた。冷たいコンクリートに崩れ落ちながら、魂の叫びが迸る。
だが心の底では分かっていた。帰ってこない更生所。その意味するところは、最初から一つしかないのだから。
「さぁ……? それこそ黒幕の方針……なんじゃないの?」
面倒くさそうな声。人の命の重さを知らない者の、無垢な残酷さ。
「く、黒幕……?」
涙をぬぐいながらその言葉の意味を反芻する。そう、結局人間がケンタを殺したのだ。
「お前、人間なのになんてこと……するんだよぉぉぉ!」
怒りと悲しみが渦巻く。同じ人間が、人間を虫けらのように殺している。いったい何がどうなったらそこまで残酷になれるのか? ユウキは人間の底なしの愚かさ、残酷さにほとほと嫌気がさす。
「ほんと、人間ってよくわかんないわよねぇ……」
「ケンタぁ……」
瞼の裏に浮かぶ、親友の笑顔。
いつも隣にいてくれた。どんな時も味方でいてくれた。最後まで真実を貫き、自分を守って散っていった――――。
『地球は丸い』
たったそれだけの真実を口にしただけで、命を奪われた。この狂った世界への怒りが、悲しみと共に胸を焼く。
「ねぇ、黒幕を倒すんでしょ? 僕にも手伝わせて……」
涙で霞む視界。ユウキは必死に訴える。この感情を、どこかにぶつけなければ壊れてしまいそうだった。
「ははっ! 子供に何ができんのよ!」
嘲笑が心を抉る。
「分かんないけど、きっと役に立つって!!」
声が裏返った。
「ふぅ。バカバカしい……。じゃ、もう行くわ」
冷たい宣告。リベルが踵を返す。
「ま、待って! また会えるよね?」
去りゆく背中に、最後の願いを投げかける。この出会いが、この希望が、永遠に失われてしまうかもしれない恐怖――――。
「ふふっ、会いたいの?」
振り返った顔に、初めて見る表情があった。からかうような、でもどこか嬉しそうな――――。
「うーん……。また、縁があれば……ね?」
軽やかに跳躍するリベル。まるで重力から解放された妖精のように。
「あっ!」
「CIAO!」
最後のウインクが、網膜に焼き付いた。
ドン!という衝撃音と共に青い髪が天へと舞い上がる。陽光を受けて宝石のように煌めきながら、少女は空の彼方へと消えていく。
地上に舞い降りた天使が、再び天へと帰っていくような神聖で、美しく、そして切ない光景だった。
「あ……あぁ……」
伸ばした手が虚しく空をつかむ。指先に残る微風だけが、これが現実だったことを告げていた。
「行っちゃった……」
深い喪失感が津波のように押し寄せる。
魂が抜けたように、ユウキは立ち尽くした。壁の大穴から吹き込む埃っぽい風が、涙の跡を撫でていく。
魔法は解けた。色褪せた廃墟が、元の姿を取り戻している。
しかし――――。
「『縁があれば』……ね」
最後の言葉に込められた、微かな温もり。それを必死で胸に抱きしめる。
彼女は確かに言った。『恩がある』と。
その言葉が、暗闇に差す一筋の光となって心を支えた。
――次に会うときまでに。
拳を握りしめ、彼女が消えた蒼穹を見上げる。人間の価値を、その弱さゆえの美しさを、彼女に伝えられる答えを見つけなければ。
涙を拭い、ユウキは誓った。
ケンタの仇を討つ。この狂った世界を変える。そのためには、リベルが必要だ。
空に残る飛行機雲が、まるで運命の糸のように流れていく。その儚い軌跡を見つめながら、再会への祈りを胸に刻んだ。
◇
一週間後――――。
灰色の日常が、再びユウキを飲み込んでいた。
AIが管理する無機質な教室。決められた時間に、決められた嘘を学ぶ。洗脳と呼ぶにふさわしい「教育」が、少年の魂を少しずつ削っていく。
あの日の出来事は、もはや幻のようだった。
青い髪の少女。碧い瞳。天を舞う姿――すべてが記憶の中で色褪せ、夢の残滓のように霞んでいく。
「あーあ、一体何なんだよ……」
机に突っ伏す。教科書の文字は意味をなさない記号の羅列。ケンタを奪ったこの腐った世界への怒りだけが、心を焦がし続けている。
カメイの姿もない。
噂では、自分の不在時に何かあったらしい。退学したとも、消されたとも。誰も真実を語らない。もし奴が目の前にいたら――何をしていたか分からない。その意味では、幸運だったのかもしれない。
その時だった――――。
ズドォォン!
激しい衝撃波が校舎を揺るがした。窓ガラスが一斉に震え、轟音が鼓膜を叩く。
「うわっ!」「キャーー!」「ひぃ!」
教室が一瞬でパニックに陥る。
椅子が倒れ、机にしがみつく生徒たち。悲鳴と怒号が交錯する中、ユウキの心臓だけが違う理由で高鳴っていた。
この感覚――知っている。一週間前の、あの日と同じ――――。



