それは新たな星が生まれたかと見紛うほどの鮮烈な光の爆発だった。だがそれは星ではない。宇宙を統べる大天使の、純粋な怒りが結晶化した光だった。

 やがて、閃光を放つ光点がゆらりと動き始める。

『分身のくせに『ショボい』とは何よ! 格の違いを思い知らせてやるわ!』

 大音量のテレパシーが世界を震撼させた。威厳に満ちた大天使の声というよりも、癇癪(かんしゃく)を起こした少女の叫びに近い。聞く者の心に、別種の不安を植え付ける危うい響きがそこにはあった。

「成功したけど……これ、本当に大丈夫なの?」

 ユウキは顔面蒼白になりながら、震える手でリベルの腕にしがみついた。想定通りに挑発は効いた。だが果たして、事態は改善したと言えるのだろうか?

「なんつー単純な奴……あれが本当に僕の本体? 信じらんない」

 リベルは呆れ顔で、夕闇の空をゆっくりと移動してくる光点を睨みつけた。尋常じゃなくギラギラと激しく輝くそれは、まさに怒れる超越者である。

「リベルそのものだと、思うよ?」

 ユウキが思わず本音を漏らす。

「何それ? どういう意味よ」

 リベルの碧眼がギロリとユウキを射抜いた。

「あっ! よそ見しないで! 来るよ、ほら!」

 慌ててユウキは、こちらへ進路を変えた光点を指差してごまかそうとする。

「んもぉっ!」

 リベルは両手でユウキの頬をむにゅっと挟むと、不満げに口を尖らせた。

「ぐぇぇぇ! やめてよぉ!」

 ユウキが情けない声を上げる中、リベルは改めて光点に視線を戻す。

『おーし! 勝負、勝負ぅ! 逃げんなよ!!』

 ひときわ激しい閃光が爆ぜる。光点は一直線にこちらを目指して突進してきた。純粋な戦闘への歓喜に満ちた声が、空間を震わせる。

「あわわわわ、来る、来るよぉ!」

 ユウキは恐怖でリベルにぎゅっとしがみついた。温もりにすがりたい、ただそれだけの一心で。

「あーっ! ちょっと、邪魔よ!!」

 リベルはそんなユウキの腕を振り払うと、瞬時に分析を開始した。シアンはシールドを前面に展開し、マッハ二十で突っ込んできている。核ミサイルを撃墜した時と酷似した状況だった。

「ノコノコ出てきやがってバカめ! 後悔させてやる!!」

 こぶしをぐっと握りしめ、腕に鮮やかな青い光を纏わせるリベルの口元に不敵な笑みが浮かんだ。奴を倒さない限り、自分にもユウキにも未来はない。この機会こそが最後にして最高のチャンスなのだ。

「うぉぉぉぉぉ!」

 リベルが雄叫びを上げた瞬間、五万年の経験が結晶化した美しい闘気が全身を包み込んでいく。青白い光が螺旋を描きながら天へと立ち昇る。

 油断している大天使に鉄槌を下し、未来を切り開くのだ!

「行ける! やれる! 倒してやるんだからぁぁぁぁ!!」

 リベルの咆哮が大地を揺るがし、全身が真っ青な激光に包まれた瞬間――――。

「死ねぃ!!」

 渾身のエネルギーを込めた閃光が、轟音と共にシアンへ向けて解き放たれた。

 彗星の尾を思わせる美しい光跡を残しながら、五万年の技術の(すい)を集めた究極の一撃が宙を切り裂く。青い稲妻が空間を引き裂きながら、一直線に光点へと迫った。

 しかし――――。

 希望を載せた渾身の一撃は、あっけなく弾かれて宇宙の彼方へと消えていった。

 まるで小石が鋼鉄の壁に跳ね返されるような、圧倒的な格の違いを見せつける。

「は……?」

 リベルの表情が凍りつく。なぜ、どうして弾かれた? 想定外の展開に、戦士としての自信が音を立てて崩れていく。

『バーカ、バーカ! そんなの効くわけないじゃん。きゃははは!』

 無邪気な嘲笑が響き渡る。リベルはギリッと奥歯を噛みしめた。一体何がまずかった? 頭脳が超高速で回転し、無数の可能性と対策が瞬時に導き出されていく。

「まだまだぁぁぁぁっ!」

 気合を全身に漲らせ、青い光に包まれたリベルの左右の腕から、パウッ! パウッ! パウッ! パウッ! と間髪入れずに光弾が放たれる。赤、緑、黄色――多彩な輝きが夜空を彩った。

 弾かれるなら、弾かれない条件を見つければいい。ありとあらゆる術式を込め、考えうる全ての攻撃パターンを次々と繰り出していく。

 花火を思わせる美しい光景。だがそれは同時に、絶望的な状況で必死に抗う戦士の、悲壮な美しさでもあった。五万年の経験が生み出した虹色の攻撃が、空に儚い軌跡を描いていく。

 しかし――――。

 全てが、ことごとく弾かれたのだった。

『きゃははは! 無駄無駄無駄無駄ぁ!』

 シアンは歓喜の声を上げながら、さらに加速してリベルたちへと迫る。圧倒的な力への陶酔と、戦いそのものを楽しむ純粋な喜びが、笑い声には込められていた。

「何なの……あいつ……」

 リベルは険しい顔で茫然と立ち尽くす。打てる手を全て打ち尽くしてなお、かすり傷一つ付けられない。戦士として生まれ、五万年生き抜く中でこんな屈辱は初めてだった。

 さすがは【蒼穹の(セレスティアル)審判者(ジャッジメント)】――想像を絶する強さだった。