オムニスタワーの屋上に戻ってきた二人――――。

「ちょっと、あれ何?!」

 ユウキはいきなり襲ってきたリベルの【本体】という大天使に混乱していた。

「そんなの僕の方が知りたいわよ!」

 リベルは奥歯をギリっと鳴らしながら険しい顔で辺りを見回す。啖呵は切ったものの宇宙最強相手にユウキを本当に守り抜けるのか――――? その表情には困惑と恐怖が刻まれていた。

 あれが自分の本体だとしたら、東京に逃げた程度であきらめるはずがない。自分の執念深さは自分がよく知っている。きっとどこまでも追ってくるだろう。自分の選択は間違ってない! と何度も思い直すものの、殺されてしまっては本末転倒なのだ。さて、どうしたら……?

 その時だった。リベルの背筋にゾッとするような殺意がかすめた――――。

「ヤバい!! こっち!」「うわぁぁぁ」

 リベルはユウキに飛びつくと、そのまま一気に隣のビルの方へと飛び出した。

 刹那、チュン! という何かが瞬時に蒸発したような音と共に、真っ青なレーザー光の鮮烈な輝きが無数宙を舞う――――。

 それは美しくも恐ろしく、そして絶対的だった。神の怒りが物理現象として現れたかのような、超越的な破壊の美学がそこにあった。

「ウッヒィ!」「来やがった……」

 直後、オムニスタワーの上部がゆったりと斜めにスライドしていく。見ればオムニスタワーは数万枚に斜めに薄くスライスされている。あのままいたら薄く裁断されていたに違いない。それは見たこともない恐ろしいほど精密で美しい破壊――――。

「ひぃぃぃ! な、何なんだよぉ!?」

 目の前で展開される異次元の攻撃にユウキは愕然とした。

「黙ってて! 舌噛むわよ!!」

 リベルはいやな予感に急に進路を変え、別のビルの方へと飛ぶ――――。

「おほっ……」

 その急激なGで息ができなくなるユウキ。まるで戦闘機のドッグファイトのような激しい機動に脳に血が行かず、意識が朦朧としてくる。

 刹那、チュン! と、二発目が隣のビルを薄切りにした。

 今度は縦に裁断され、ビルが本のページのようにバラバラと散らばっていく。その異様な光景はまるで神が都市をアートとして解体しているかのようだった。

「うはぁ!」「くぅっ!」

 次々と進路変更して活路を開こうとするリベルだったが、シアンの攻撃は執拗で正確だった。

 チュン! チュン! と、容赦ない攻撃が続く。

 次々とスライスされていく高層ビル群は、あちらこちらにスライドしながら柔らかくその姿を崩壊させていく。そのヒラヒラとなって落ちてくるビルの破片をかいくぐりながら必死に逃げ続ける二人。

 まるで雨のように降り注ぐ薄切りコンクリートの破片、ツララのように舞い散る棒状のガラス――オムニスシティが薄切りとなって解体されていく光景は、美しくも絶望的だった。リベルは大切な人を抱きしめながら、必死にこの終末アートの中をすっ飛んでいく。

 しかし――――。

 反撃の機会を伺っても、シアンがどこにいるかすら分からない。これだけ正確に攻撃をしてくる以上、近くにいるはずなのだが気配すら感じられなかった。

「らちが明かないわ……。仕切り直しよ!」

 リベルはそのまま空間の裂け目に飛び込んだ――――。


       ◇


「はふぅ……。一息つかせて……」

 ユウキが目を開けるとそこには赤レンガの瓦礫の山が広がっていた――――。

 それは夕焼け空に赤く浮かび上がる東京駅の瓦礫だった。

 そう、ここはレジスタンスのアジトを訪れる際に『日本を取り戻す』と誓った場所である。墓標(ぼひょう)のように静寂に包まれたその残骸を眺めながら、ユウキは大きく息をついた。

 ついこないだのように思ってしまうが、あの時とは状況も敵も全く違う。前回はあと一歩というところで殺されてしまったが、今回は――――?

 ユウキはキュッと口を結んだ。

「さて……どうしたもんかしらねぇ……」

 リベルは腕を組み、遥か彼方で柔らかく崩落していくオムニスシティの高層ビル群を見つめ、ため息をついた。その横顔にはいつもの自信に満ちた様子が見られない。

「に、逃げられないの?」

 ユウキはその深刻そうな様子に耐えられず、おずおずと聞いてみる。

「私なら逃がさないね。ましてや奴は上位神。いろんな権限を持っているし……逃げるのは不可能でしょうね」

 肩をすくめるリベルの冷静な分析には深い絶望が込められている。五万年の経験を持ってしても、【蒼穹の(セレスティアル)審判者(ジャッジメント)】という存在は別次元の脅威だった。

「じゃあ、倒すか、説得するか……ってこと?」

「あのバカを説得できるわけないじゃない。もう倒すしか……あれ?」

 その時、ズゥゥゥゥンという不気味な重低音とともに東京の夕焼け空がゆがんだ――――。

 それは世界の終わりを告げる警鐘のような音だった。夕焼けの美しい茜色(あかねいろ)が不自然に波打ち、まるで油絵が溶け出したような幻想的で恐ろしい光景が広がっていく。

「あわわわ……」「ウヒィ……」

 空間そのものが震え、現実が歪み、まるで宇宙の法則が書き換えられているかのような異常さに二人は思わず身を寄せ合った。

 刹那、上空に巨大な青く輝く円が描かれる。それは関東上空を覆い尽くす直径数百キロはあろうかという巨大な円で、中に不思議な幾何学模様が煌めいた。

 その光景は神話に出てくる終末の物語のように恐ろしい。サファイアのような青い輝きは、死の冷さを感じさせるほど美しかった。ものすごい速度で描かれていく幾何学模様は万華鏡のように緻密で、まるで宇宙の設計図のようにすら見える。