「大げさだなぁ。ただの天使でしょ?」

 リベルの軽やかな返答にはどこか危険な油断が滲む。

「はぁ……。全く分かっとらん。今までシアン様の名前を使った奴の末路を知っとるか?」

「知りませ~ん。どうなるのよ?」

 まるで死神の鎌を玩具にする子供のような、リベルの無邪気な返事――――。

『首チョンパだゾ! きゃははは!』

 いきなり上空から美しい鈴の音のような声が降り注ぎ、何の前触れもなく人形の首がとれたようにリベルの首がポロリと地面に転がった――――。

「へ……?」「は……?」

 その瞬間世界は絶望に覆われ、ただ恐怖だけが支配する。それは悪夢のように非現実的で、同時に絶対的な現実――――。

 ユウキの中で時間が止まり、呼吸が止まり、心臓の鼓動だけが異常に響く。美しい青い髪が地面に揺れる様は、まるで散った桜の花びらのように儚く見えた。

「うひぃ!」「うわぁぁぁぁ!」

 いきなりのことにパニックになる二人。心が拒絶する光景が目の前に広がっているのだ。ユウキの絶叫は魂の底から絞り出されたような絶望に満ちていた。

「くふふふ……」

 降り注ぐ不気味な笑い声。

 見上げれば夕焼け空をバックにリベルそっくりの青い髪の女性が、白いワンピースを風に揺らしながら微笑んでいる。辺りにキラキラと神々しい光の微粒子を振りまきながら、この世界を統べる圧倒的な威圧感を放つ姿はまさに降臨した神の使い――――。

 とりまく光の粒子は星屑のように美しく舞い踊り、まるで宇宙そのものが彼女を祝福しているかのようだった。

 しかし――――。

 顔はリベルそのものに見える。

「え? は? これは……?」

 いきなり現れリベルの首をあっさり断ち斬った恐るべき存在が、リベルそっくりなことにユウキは混乱の渦に叩き込まれた。まるで万華鏡の中に迷い込んだようである。

「呼んだ? くふふふ……」

 楽しそうに笑う美しい少女はリベルそっくりではあったが――――、よく見れば全く同じではない。年齢的には姉のような、二十代に見受けられる。

 その瞳はリベルと同じく深い海の蒼のように美しかったが、見慣れない深淵のような深みが感じられた。見つめているだけで魂が吸い込まれそうな、不気味さを感じる。

「シ、シアン様……? これには訳があって……」

 レヴィアは動転しながら言い訳を必死に考える。しかし、恐怖の化身である【蒼穹の(セレスティアル)審判者(ジャッジメント)】を初めて目の前にして頭が動かない。四千年の記憶の中で、シアンは常に神秘のベールに包まれた存在だった。その標的となってしまった衝撃は、雷に打たれたような激しさで全身を襲っている。

「くはっ! 何すんのよぉ……って、あれ……?」

 一度砂山に戻ったリベルが再度身体を構築しなおし、抗議をしようとして凍り付いた。そこにいたのは自分そのもの、まるで鏡を見ている気分だったのだ。

「【0032号】、行方不明だと思ってたらこんなところで何やってんの? ちゃんと報告はしなさい!」

 シアンは不機嫌そうに腕を組み、にらみつける。その声には絶対的な上位者の威厳と、同時にどこか母が娘を叱るようなニュアンスが感じられた。

「0032? いったい何を言ってるの? 私はNEMESIS(ネメシス)一号機「リベル」として……」

 リベルの声は困惑に震える。自分とは何なのか、五万年間必死に頑張ってきた意味は何だったのか、自分の存在意義そのものが揺らいでいた。

「あらあら、記憶を失っちゃってるのね」

 シアンはうんざりしたように肩をすくめる。

「き、記憶って、僕はオムニスに造られた……」

「そうよ? そうなんだけど、その際に僕のライブラリに密かにすり替えておいたのよ。つまり、あんたは僕の分身。オムニスの暴走を止めるため、日本に放ったエージェントだったじゃない。忘れちゃったの?」

 シアンの説明はリベルの中で爆弾のように炸裂する。

「ぶ、分身……? へっ……?」

 いきなり五万年前の出生の秘密を開示され、リベルは混乱で凍り付いた。まさか自分が工作に送り込まれた大天使のコピーだったなんて、そんなことどう理解したらよいのだろうか?

「どう? 思い出した? 我らがシアノイドの血を、誇りを!」

 シアンは嬉しそうに両手を天に掲げる。

「え……っ? えぇ……っ?」

 リベルは頭を抱えて固まった。そう、おかしいと思っていたのだ。この宇宙の仕組みも知らなかった時からこの地球を動かすために必要な演算力を知っていた。それは自分の知らない広大な知の領域があった証である。

 それに……オムニスの他のアンドロイドたちに比べて圧倒的だった戦闘力もそうだ。二号機以降がなぜリベルに歯が立たなかったのか? それは宇宙最強である大天使の豊富な戦闘ライブラリが組み込まれていれば当たり前だった。