「でも……」

 ユウキの声には、それでも諦められない意志の火花が宿っていた。

「止めとけ! 日本なんて忘れてうちの地球で楽しく暮らしたらええじゃろ。魔法使いにでもなってハーレムでも築いたらどうじゃ? キャハッ!」

 レヴィアは楽しそうに笑う。

 しかし――――。

 ケンタや葛城、あの時代を必死に生き抜こうとあがいていた者たちの無念をそのままにしておいていいのか? そう思うとお気楽な異世界転生生活を楽しむ気分にはなれなかった。親友の笑顔、共に戦った仲間たちの想い――それらすべてが胸の奥で疼き、忘れろと言われても忘れることなどできないではないか。

「それ……でも……。やらせてください」

 ユウキはまっすぐな目でレヴィアの深紅の瞳を見つめた。

「カーーッ! 分からんやっちゃなぁ! 無駄だと言っとるじゃろ! 上位神たちが束になって失敗しとるのにお前らに何が出来るんじゃ?」

「もちろん失敗してしまうかもしれない。でも……。やらなきゃいけないんだ」

 ユウキはぎゅっとこぶしを握った。そこには、死んでいった仲間たちへの想いと、失われた故郷への愛、そして自分だけが生き残ってしまった罪悪感が込められている。たとえ神に不可能と言われても、人には挑まねばならぬことがある。

「ダメじゃダメじゃ。そんな失敗すると分かっとること協力なんてできん!」

 レヴィアは腕を組み、目をつぶって首を振る。

「ちょっとぉ! リソースをチョットばかり借りるくらいいいじゃないのよ!」

 パァン!とレヴィアの背中を叩くリベルの声には、ユウキの夢を叶えてやりたいという深い愛情が込められている。

「痛いって! チョットって、日本を再現するのにどんだけかかると思っとるんじゃ!」

「解像度落として節約するからさぁ……三割……くらい?」

 悪戯(いたずら)っぽい笑みを浮かべるリベル。

「ふざけんな! 三割なぞ死活問題じゃ!」

 レヴィアはリベルにほえた。

「ふぅーん。じゃ、四割貰っちゃお。きゃははは!」

 リベルは意地悪に笑う。その笑みには長年の経験と、相手の弱点を見抜く洞察力、そして何より勝負を楽しむ余裕が溢れている。

「なんで増えるんじゃぁぁぁ!」

 こぶしをブンと振り、レヴィアは眉を寄せた。

「だってあんた、今じゃただの小娘じゃん?」

 軽やかにレヴィアを指さし、揶揄(やゆ)するリベル。レヴィアの権限はすでに全部凍結され、もはや何もできなくされているのだ。

「くぅぅぅ! 好き勝手言いおってからに……。じゃが、我を自由にせねば万界管制局(セントラル)が気づいて調査に入るぞ! そしたらお前ら逃げられんからな! リソース奪取は極刑じゃ! 分かっとるんか? ん?」

 レヴィアは勝ち誇ったようにリベルに笑い返す。その顔には、最後の切り札で優位に立とうとする焦りがにじむ。四千年の管理者としての威厳を必死に保とうとする姿は、まるで背伸びをする子供のようですらあった。

「ふーん、なら【蒼穹の(セレスティアル)審判者(ジャッジメント)】でも呼んじゃおっかなぁ……」

 リベルはおどけた様子で斜に構えた。その口調は軽いが、瞳の奥には確実に相手を追い詰める冷徹な計算が光っている。

「はぁっ!? な、な、な、なんでシアン様なぞ呼ぶんじゃ! 関係ないじゃろ!!」

 慌てふためくレヴィア。シアンという名前が持つ絶対的な力への畏怖が、全身を支配している。

 リベルはそのてきめんな効果に悪魔のような笑みを浮かべた。この少女の弱点が大天使シアンにあることを昨日把握済みなのだ。

「不法侵入者に勝手されて、なおかつ負けた管理者はどうなっちゃうかなぁ……」

 リベルは得意げにレヴィアの顔をのぞきこむ。その声には勝利者の陶酔すら感じられた。

「くぅぅぅ……。なんちゅうこと言い出すんじゃ! この悪魔!!」

 レヴィアは思わず顔を覆った。大天使に本件がバレれば自分だけでなく自分が数千年かけてきた地球すらおとりつぶしになりかねない。それは何としても回避せねばならなかった。

「だって、毒を食らわば皿まで。あんたがその気ならこっちも全部ひっくり返してやるんだから」

 リベルの言葉には、ユウキの夢を叶えるためなら最終手段も辞さない決意が込められている。もはや覚悟の差だった。

「……。頼む……。後生じゃ、シアン様だけは止めてくれ」

 四千年の威厳が音を立てて崩れ去り、レヴィアはガックリとうなだれた。

「だったら四割……、いいよね?」

 リベルは悪い顔をしてレヴィアに笑いかける。

「……。お主……。調子に乗るでないぞ……。シアン様の名前を使って無事で済むとは思うでないぞ」

 レヴィアの声はか細く震えていた。【蒼穹の(セレスティアル)審判者(ジャッジメント)】の名を弄ぶなぞ子供が核兵器で遊ぶようなものである。その本質が全く分かっていないリベルに不安が募るのは仕方ないことだった。