「あら、私は五万年だわよ? ふふっ」

 リベルはそんなレヴィアを鼻で嗤う。その笑みには圧倒的な余裕が感じられた。

「ご、五万……年……?」

 レヴィアの瞳に畏敬の念と困惑が浮かぶ。たとえ神といえど、長く生き続けるのは難しい。長く生きればすべてに飽きてしまい、生きる活力がそがれていくからだ。悠久の時のもたらす孤独と倦怠(けんたい)感に打ち勝ち続けることの困難さを、たった四千年の彼女ですら身をもって知っている。

 一万年も生きている者などもはや特殊な上位神レベルなのだ。それが五万年だという。本当だとしたらとんでもない、神話級の存在と言える。

「五万年前、ここがどうだったか……知ってる?」

 ユウキは固まっているレヴィアに聞いてみた。

「ご、五万年……確か……【日本】があったとデータベースにはあったが……。ま、まさかお主ら日本人か!?」

 レヴィアは驚愕に震える。話に聞く伝説の存在が、まさか目の前にいるとは思ってもいなかったのだ。

「そうだよ? で、この地球に日本を復活させようかと……」

「はぁっ!? 一体何を考えとるんじゃ!」

 レヴィアは頭を抱えた。遥か昔に滅びた故郷を断りもなく勝手に再現しようとしている――――。もはや狂人にしか見えなかった。

「日本が滅んだのは僕のせいでもあるんだ。だからどうしてもやり直さないとならないんだよ」

 ユウキはまっすぐな目でレヴィアを見つめる。その瞳には深い後悔と贖罪(しょくざい)への願い、そして故郷を愛する純粋な心が宿っていた。

 レヴィアは眉を寄せながら、そんなユウキの澄んだ瞳をしばらく見つめる。

 しかし――――。

「はぁ……。無駄じゃよ。日本なら上位神が何度も滅亡回避を手掛けておったが……、全部失敗しておる」

 それは歴史を知る者の重い()め息だった。

「へっ? なんでそんなことになってるの!?」

 ユウキは驚いた。地球などそれこそ一万個以上あるのだ。その中の一つのさらに小さな島国に上位神が特別に目をかける。その理由が分からなかったのだ。

「ドラゴンボール、ワンピース、トトロにガンダム……。これらは古典としていまだに管理者たちの間では人気が高いんじゃよ」

 レヴィアの声には、五万年という途方もない時を超えてなお愛され続ける作品への、純粋な感動が滲んでいた。

「へ? 五万年前のアニメが? でも、神様たちなら……もっと面白い物いくらでも作れるでしょ?」

 ユウキの問いかけには故郷への誇らしさが入り混じる。

「そりゃぁアニメなどガンガン自動生成可能じゃからな。ドラゴンボールなんかよりあらゆる面で素晴らしいアニメはいくらでも作れる。じゃが……、それでもなぜかドラゴンボールの方が面白いと感じてしまうんじゃ」

 レヴィアの声には神の力をもってしても再現できない何かへの敬意が感じられる。

「えぇ? それはまた……、なんで?」

「分からん。多分、些細なところに作者の情熱や情念がこもってるんじゃろう。それはAIからしたら『捨てるべきノイズ』だから再現できない……のかもな。知らんけど」

 完璧を追求する神の技術では再現できない、不完全だからこそ美しい人間の営み――――。そこにはある種の真実が隠されているようだった。

「ふぅん……」

 ユウキは悠久の時を超え、いまだにあのアニメたちが愛されていることに驚きながらも、どこか誇らしい気分になった。それは失われた故郷への愛をより一層深める、温かく美しい誇りだった。

「じゃから日本再生計画というのが何度も計画され、もっとすごい作品を作らせようと考えたんじゃな。失敗じゃったが」

 レヴィアは肩をすくめる。

「ちょ、ちょっと待って。なんで失敗……したの?」

 ユウキには上位神が失敗するなんてことがあることが理解できなかった。自分が失敗したのは司佐の狡猾さに翻弄されたからだが、上位神たちはそんなことでは失敗する訳がない。

 そこに【本質】があるとユウキの直感がささやいていた。

「どこの地球でもそうなんじゃが、AIが進化した社会はそこで終わりなんじゃよ」

 レヴィアの言葉には、美しい文明が必然的に迎える黄昏(たそがれ)への、切ない憐れみが滲んでいた。

「終わり……って?」

「人間より優秀で優しくて安い存在。そんなものが出てきたら人間はもう何もやらなくなる。当たり前の話じゃ」

 それはまるで死刑宣告のように重く響く。レヴィアの瞳には、繁栄の頂点で自ら生み出したものによって堕ちていく人類への深い同情と、それを止められない神としての無力感が宿っていた。

「そ、そんな……」

「まぁ、子供も産まなくなるしな」

 レヴィアの淡々とした言葉が、ユウキの心に深い絶望の(くさび)を打ち込む。

 ユウキは大きく息をつき、うつむいた。確かにオムニスに支配された社会では皆やる気を失っていた。自分自身未来に何も希望を持てずに絶望していたことを思い出す。あの灰色の日々、生きる意味を見失った人々の虚ろな表情、そして自分もその一人だったという痛ましい現実が心を締め付ける。