「どどど、どうするの!?」

 ユウキは真っ青になった。喉が乾いて声が掠れそうになる。ドラゴンにバレ、逃げ場もない。考えうる限り最悪の展開である。胸の奥で何かが冷たく凍りついていく。

「どうもこうもないわ。このトカゲを倒してこの地球を勝ち取るのよ!」

 リベルはニヤッと不敵に笑うと、こぶしにぐっと力を込め、青く鮮烈な光をまとわせた。人型殲滅兵器としての彼女の血が騒ぎ、その表情にはもはや恍惚とした興奮すら宿っている。

「いやいやいやいや、まずは話し合おうよ!」

 ユウキはそんなリベルに危険な臭いを感じ取る。可愛らしい少女の面影は完全に消え、そこには純粋な破壊への憧憬を抱く兵器がいた。

「何言ってんのよ! あんな爬虫類に話なんて通じないわ!」

 リベルはしがみついているユウキの腕を強引にブンと振り払うと、まるで獲物を狙う肉食獣のような瞳でドラゴンを鋭くにらんだ。

『グァッ! お前らか!? 何を勝手に人の庭でインスタンス起動してくれてんのじゃ? あぁ?』

 威圧とともに怒りのオーラを放つドラゴン。怒りに燃える支配者の威厳が、雷鳴のような重い声で二人を押し潰そうとしていた。

 くっ!

 禍々しいオーラに当てられながらもユウキは必死にドラゴンに対峙する。足が震えて今にも倒れそうになりながらも、ぐっと勇気を振り絞って踏ん張った。

「ご、ごめんなさい! こ、これには深い理由(わけ)があってですね……」

 ユウキは何とか落としどころを探るべく震え声を張り上げる。最後の希望にすがるような、必死の懇願だった。

『理由もヘチマもあるかい! この盗人が! 死ねぃ!!』

 ドラゴンは巨大な口をパカッと開き、小さな太陽のような恐ろしいエネルギーを喉の奥にのぞかせた――――。その鮮烈な輝きは美しくも恐ろしく、創造と破壊の象徴のように煌めいていた。

 へっ!?

 驚いた瞬間、ユウキはリベルによって強制転移させられ、石垣島一帯は眩いばかりの光の奔流に飲み込まれる――――。太陽をも凌駕するその輝きは世界を焼き尽くすかのような破壊力で現実そのものを白い光に消し飛ばしていく。美しかった楽園が一瞬にして灰燼(かいじん)と化していく光景は、まさに世界の終わりを告げる黙示録のようだった。

 グァッハッハァ!

 空間そのものが歪み、現実が崩壊していくような壮絶な光景の中で、ものともせず上機嫌に重低音の笑い声を響かせるドラゴン。その笑い声には、圧倒的な力への自信がみなぎっていた。これこそまさに【神】である。

 ゆったりと夕暮れの空に立ち上っていく空を覆い尽くさんばかりの巨大なきのこ雲――――。その雄大な光景は、まさに神罰の象徴のように見えた。

 爆心地には巨大なクレーターが広がり、砂浜など跡形もなくなっていた。美しかった南国の海岸線は完全に消失し、まるで隕石が落下したかのような荒廃した光景が広がっている。

『カッカッカ! 我を愚弄(ぐろう)した罪は死であがなえ!』

 ゆったりと巨大な翼を羽ばたかせながら満足げなドラゴンだったが――――。

 突如、ドラゴンの背後に青い光が煌めいた。その鮮やかな輝きはまるで流れ星のように美しく、同時に死神の鎌のように鋭い光だった。

「死ぬのはあんたよ!!」

 パァン!と、鱗の砕け散る激しい衝撃音とともに、リベルの鮮烈なかかと落としがドラゴンの漆黒の鱗にヒットした――――。

 戦闘用に開発され、五万年もの長きの間無数の経験を重ねてきたリベルの方が、ドラゴンよりも一枚上手だったのだ。その一撃には、計算し尽くされた精密な技術と神をも砕く圧倒的な破壊力が込められていた。

 グホォォォォ……。

 砕け散った鱗を残し、ドラゴンはものすごい勢いで青い海へと叩きこまれる。山のような巨体が海面に激突する衝撃は、天地を震わせた。まるで神話の時代に戻ったかのような、壮大で原始的な力の衝突そのものである。

 ズボオォォォン!!と、ものすごい巨大な水柱が上がり、海が辺り一面泡だった。津波のような巨大な波が四方に広がり、まるで海そのものが怒り狂ったかのようにすら見える。

 しかし――――。

 前触れもなくいきなり、バシュッ! バシュッ! バシュッ! と海中から次々と漆黒の柱がリベル目がけ、超音速で伸びていく。電車の車両サイズほどの太さの柱は衝撃波を放ちながら空を切り裂き、宇宙へ届かんばかりにどこまでも空をうがった。それは地獄の底から伸びる悪魔の腕のように禍々しく、まるで現代アートのようにすら見えた。

「おっとっと! 危なっ! 危ないって!!」

 リベルはまるで曲芸のように必死に柱をよけながら飛んで逃げていく。

 ありとあらゆる効果を重ねがけした渾身のかかと落としを受けてもなお、これだけの攻撃を仕掛けてくるとはやはりドラゴンは侮りがたい。

 リベルは一筋縄ではいかない【神】との戦いにギリッと奥歯を鳴らした。