春の朝。蓮は担当区間のホームに立っていた。制服の袖に朝日が触れ、車掌マイクを握る手がいつもより少しだけ優しく見えた。

電車のドアが開いた瞬間、ベビーカーを押す若い母親が乗り込んでくる。その中には小さな赤ちゃんがいた。蓮はふと、その子と目が合う。

その瞳は、かつて自分が3歳のとき、窓の外に手を伸ばして「空を走ってる！」と言ったあの日と同じ輝きを持っていた。

蓮は、ほんの少しだけ会釈をして、手を振った。 赤ちゃんは、不思議そうにこちらを見て、ゆっくりと手をあげる。

母親は微笑みながら、「この子、電車が好きみたいで」と言った。蓮は、少し涙がにじむのをこらえながら、こう答える。 「いつか、案内してくれるかもしれませんね。この電車の、そのまた先の空を」

電車が動き出す。蓮は乗客の揺れに注意を払いながら、マイクを通してこう案内する。 「夢駅、発車です。乗り換えは自由。目的地は“あなたの未来”。ご乗車ありがとうございます」

窓の外には空が広がり、レールはまっすぐ遠くへ続いていた。その上を、見えない夢がそっと走っていく。 蓮は、もう迷っていなかった。夢は、自分ひとりで叶えるものじゃない。つないでいくもの、運ぶもの――そう信じて、ドアを閉じた。