春。研修を終えた蓮は、ついに乗務員として初めての運行に立つ日を迎えた。制服の襟元を整える手がわずかに震える。車掌室のドアを開けると、そこには冷静な運転士が待っていた。 「初日、緊張するだろ。でも“乗客の時間”を運ぶって気持ちを忘れるな」

出発準備。蓮はマイクを握り、少し緊張した声でアナウンスを始める。 「次は○○、○○です……」 その言葉ひとつひとつに、幼い頃聞き慣れていた“魔法の響き”を宿らせるよう意識した。

停車駅でドアを開けると、ベビーカーの親子、小学生の遠足集団、仕事帰りの疲れた背中——乗客の一人ひとりに、“今日”という物語がある。それを乗せたまま電車は、静かに次の駅へと走り出す。

蓮は心の中で呟いた。 「ぼくが今、“誰かの今日”の一部になってる」